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21:坂田店長と杉村達也の場合【完】
「達也さん……、今日、嫌でしたか?」
「は……?」
「僕、男性の方と、しかもお客様にあんなことをしたのは初めてだったんです。どうしても衝動が抑えられなくて……」
申し訳なさそうに話す祐介に、俺は唖然とする。
慣れてる気がしたから、てっきり、客とこういうことをするのはよくあることなんだと、思っていた。
「……本当に、申し訳ありません」
そう低い声で言ったあと、深々と頭を下げられて、俺はぎょっとする。
「えっ、や、やめろよ、そんな……!」
慌てて両肩に手を置いて、頭を上げるように促すと、やつは世界の終わりがきたみたいな暗い顔をしていて。
明るくて、まるで歌のお兄さんでもしてそうな爽やか兄ちゃんが、そんな顔、似合わないって。
「……では、達也さん、また来てくれますか?」
「へ?」
「僕にもう一度、チャンスを下さい。変なことしない……とは、自信を持って断言出来ないですが、でも、善処します、だから」
正直すぎるだろ、ばか。
必死な兄ちゃんに、俺は何故か可笑しくなってきて、思わず笑ってしまった。
「ぶっ、ははっ」
「えっ! なんで笑うんですか!」
心外そうに言うこいつに、ごめんごめん、と謝るけど、ぶっちゃけまだ顔はニヤけてしまう。
だって、なんか、嬉しかったんだ。
性行為のためだけじゃなく、好意を向けられることに。
こんなに必死に言ってくるなんて、ばかかと思ったけど、嬉しかった。
所詮は身体からの付き合いかも知れない。
だけど、気になってるのは、お前だけじゃないんだよ。
「また来る、から」
「えっ、」
「今度はマッサージしに。ああいうことするのは、もっとお互いよく知ってから、な」
「達也さん……、」
ほっとしたような、そんな表情。
その顔を見送った俺はニッと笑って、やつに背を向けた。
晩飯も風呂もまだだし、そろそろ帰らないと明日の仕事に響く。
「達也さん、」
ノブに手をかけたところで名前を呼ばれて、振り向く。
柔らかい笑顔をした祐介が、そこには居て。
「またのご利用を……、お待ちしています」
「……あぁ、またな」
軽くお辞儀されて、やんわりと穏やかな笑顔に、俺も僅かに微笑む。
そして俺は、外に足を踏み出した。
ばたん、と背後で閉まる扉。
……後ろ髪を引かれるって、こういうことなのかな。
もっと話して、もっとあの笑顔を見ていたかった。
肌寒いのは、きっと薄着だからだ、と思うことにする。
俺は多分……、いや、絶対。
あの兄ちゃんが居る限り、またここのマッサージ店に来てしまうんだろうな、と心のなかで自嘲した。
fin.
111024~111204
220609 move
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