03)猛威のあとで

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03)猛威のあとで

蒼は15歳になり、人間界に出たり世界中の海で泳ぎわたる事を夢見ていた。 人魚の世界では、100年に1歳を取り、人間の歳で15歳になれば人間の世界に行けるのだ。 子供だと様々な危険が孕んでおり、人魚の世界では外の世界に行くことを禁じられている。 勿論、地上に出られるまでは、人間の世界について様々な習慣、文化なども学ぶ。 ただ、15歳になっても人間の好奇の目に晒され、時折命を落とす事もあり、二度と人魚の世界に還って来れない事もある。 そして「人間そのもの」にもなれる。 人魚の尾鰭ではなく、2本の足で地上に立つ事もできる。 ただし、 二度と声を出せないこと 愛した人が他の人と結ばれ成就できなければ、人間にも人魚にも戻れず 泡となり天に召される という事と引き換えに… 蒼は世界の海に出る準備を着々と進めていた。 彩りの魚と泳ぐ楽しみ 獰猛な生物からの防御 陽射し降り注ぐ、輝く海 荒れ狂う波を伴う、気性の荒い海 人魚の世界にはない、様々な彩りや欲望、光と闇。  人間界の海は、蒼にとっては未知の世界であり、楽しみでもあった。 出発の朝。 蒼は笑顔で見守る家族に手を振る。 祖母と母は心配そうに見守るが、祖父や父、兄弟達は大きく手を振る。 「蒼、行ってこい!気をつけるんだぞ!」 翠の励ましに、蒼は大きく頷いて手を振った。 ところが… 蒼が海に出た日は荒れ狂い、碧い海とは程遠い黒に近い灰色の海で、波に何度も呑まれる。 人魚の世界の穏やかな海とは違う、厳しい世界。 海も穏やかな日はあれど、今日はたまたま天候が悪い日になったようだ。 激しい風雨にうねる波に、蒼は何度も身を取られそうになるが、必死に全身でかき続けた。 腕が痛く、捥げそうだ。 どちらかといえば華奢だが力強い蒼の腕も敵わない。それでもなんとか抵抗しながら荒波に乗る。 下手すれば波に呑まれかねない恐怖とも戦っていた。 (お願いだ…どうか地上に辿り着いて…) 蒼はもがきながらも、強く念じながら荒れ狂う海と格闘していた。 やっと砂浜に辿り着いたときには嵐がおさまり、 暗闇に包まれた空からは月燈が海を照らしていた。 導かれるように、蒼は砂浜に打ち上げられた。 はぁ…はぁ… 渾身の力を振り絞り、やっと地上の海に辿り着いた頃には、全身の力はもはや残されておらず、砂浜に伏すしかできなかった。自然の猛威に打ちひしがれていたのだ。 ふと、少し離れたところに、横たわる影が見えた。 誰かが倒れているようだった。 体を懸命に動かそうとするが、極度の疲労で全身に力が入らず、中々動かない。 (こんな暗闇の中で…かわいそうに…) 蒼の優しさが身体を突き動かす。少しずつしなやかな力強い身体を這わせ、嫋やかな影に近づく。 やっと、指先に触れられた。 その瞬間 蒼の全身に、不思議な空気が流れた。
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