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07)悲しい再会
蒼はフラフラとあてもなく街を彷徨い続けた。
見知らぬ場所で、蒼は多くの好奇の目に晒されていた。
布一枚を纏った少年を指差しては、指を指したりスマホ撮影する輩もいる。
怪しい奴として全世界に蒼の姿が拡散される事を、彼自身は知らない。
突然、蒼は腕を強い力で掴まれた。
「君!ここで何してんだ!」
警察官だった。
どうやら、通行人が通報したようだ。
蒼はその警察官を、悪い人を捕まえる人、と認識していたが、
(俺は何か悪い事したの?)
不安そうに表情を揺らす蒼に、警察官は厳しい表情を向ける。
「署まで来なさい!」
蒼はその警察官に詰め寄られた瞬間、一瞬のうちに身の危険を感じた。
(ご、ごめんなさ…)
声に出そうとするも、その音は出ずに虚しく宙を切る。
何をしても無駄だ、逃げるしかない!
蒼は直感的に思い、走り出した。
「おい待て!」
警察官も足が速かったが、蒼の足はもっと速かった。海で鍛えられた尾鰭の筋力は、人間の足にも反映されていた。
蒼は夢中で走り、気がつけば人気のない路地裏に逃げ込んでいた。
狭い路地の壁にもたれかかり、息を整えた瞬間、視界が真っ暗になった。
蒼は目覚めると、目の前は白い天井だった。
白く柔らかいものに寝かされている。
同時に傍から、優しそうな女性の声。
「気がついた、良かった…」
優しく微笑む姿は、まさに愛しい人。
(あ、茜さん!?)
蒼は声にならない声を、言葉にして叫ぶ。
(なんで、茜さんがここに…?)
「あなた、私のお店の前で倒れてたのよ…。
ここはその2階よ。救急車呼ぼうと思ったけど、止めた方がいいと思ったの」
蒼は話せなかったが、茜は彼の表情を読み取りながら話した。蒼は茜の気持ちを感じ、言葉がなくとも伝わる喜びを感じていた。
茜の表情は海で倒れていたときと違い、生き生きしていた。
(あの人が助けてくれたおかげだね…)
蒼は茜が元気になった事が嬉しい反面、少し寂しさも感じた。
茜は蒼の事は何も聞かなかった。蒼の体調もさる事ながら、心情も考慮して黙っていた。
蒼は茜の手首の複数の傷が気になった。海で助けたとき、深い傷は尾鰭を当てて治したが、明るい場所で見ると複数の傷が残っている。茜は蒼の視線に気づき、恥ずかしそうに話し始めた。
「そういえばあたし、数日前、仕事で大失敗してね、自信無くしたの…」
「あたし、小さい頃から不器用でね、いつも失敗したら人が離れていって…今回もそうだったの」
茜は悲しそうな表情を浮かべながら続ける。蒼の胸も痛みだした。
「もう、あたしなんかいなくなった方がいいのかな…何もしない方がいいのかもね…」
(そんな事ない…!!)
蒼は叫んだつもりだったが、声にならず茜には届かない。
「嫌になって手首切って…死ねなくて海に飛び込んだけど、彼氏が見つけてくれて元気になったんだよね」
(彼氏って…?あの男の人?)
(茜さん、俺のことは覚えてないの?)
茜は海岸で倒れていたとき、意識朦朧としていて、蒼の事は全く覚えていなかった。
駆けつけた彼に助けられたことは覚えていて、彼を命の恩人だと思っていたのだ。
「彼氏」の意味を、蒼は茜の様子から感じ取っていた。
茜にとっては、かけがえのない存在だ。
茜の気持ちを知ってしまった蒼。
一瞬のうちに絶望の淵に落とされた気がした。
「どうしたの?具合が悪いの?」
青ざめる蒼を心配そうに覗きこむ茜。
蒼は首を横に振った。
(これ以上、俺がここにいるわけにはいかないよね…)
蒼は起き上がり、ベッドから立ち上がった。
「あっ、ダメよ!あなたはもう少し横にならなきゃ…」
茜の静止も聞かず振り切り、急ぎ足で玄関に向かい、外に出た。
ドアが閉まる音が「さよなら」を告げる様に聞こえた。
蒼は再び街を歩き始めた。
体調がすぐれないせいか、身体がフラつく。
それでもひたすら歩き、人気のない場所を探す。
公園の木陰に身を潜めたり、人気のない物陰に隠れる日が続いた。
身体を休めては、茜の事を思い出していた。
(茜さん…せっかく逢えたのに…)
蒼は茜が自分の存在を覚えていない事に、悲しい気持ちでいっぱいになっていた。
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