第12話 第三夜 六番目の神様

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第12話 第三夜 六番目の神様

「暗号が解けたってどういうこと……?」 「そのままよ。この暗号が解けたと思うわ」  お母さんは驚く私たちに、これを見て欲しいの、と続けてスマホを見せる。  1あ 2か 3さ  4た 5な 6は  7ま 8や 9ら  *゛゜0わ  お母さんのスマホにはこのようなキーボードが表示されていた。 「最近、スマホではフリック入力ってのが流行ってるらしいんだけどね。お母さんはまだ携帯の入力方法と同じので入力してて」  そう言ってからお母さんは私たちに携帯電話での文字入力の方法を説明していく。 「数字と一緒に五十音表の一番上の文字が書かれてるでしょ?  例えば『う』だったら、『あ』が書かれた1を三回押すと『う』ってなるの。  小さい『や』だったら、『や』が書かれた8を四回押せばいい」  説明しながら、いくつかスマホで実際に打って見せてくれた。 「だから、この暗号のかけられる数がボタンを表していて、かける数が押す回数を表していると考えると、例えば、さっき言ってた3×2*はこうなる」  お母さんが3のボタンを二回押してから、*を一回押すとスマホの画面には『じ』という文字が表示された。 『8×3 9×3 1×2 4×2 3×2*  1×5 1×3 7×4 3×2* 0×3 3×2* 8×4 5×2  6×1 8×1 7×1 2×1 0×3 5×1 4×5  4×5 7×5 5×2 2×5 1×2』  今度は、暗号に書かれた通りに全部の文字を入力していく。 「よるいちじ  おうめじんじゃに  はやまかんなと  ともにこい」  朝三時 青梅神社に 葉山柑奈と 共に来い  現れた文章を読み上げて、鼓動が早くなる。不意に自分の名前が出たもんだから。青梅神社の神様は私のことを知っているのだろうか。お母さんと取引した神様は小夜であって、青梅神社の神様ではないのに。私になんの用があるというのだろう。私はもちろん今回も行くつもりだったけど、暗号で指示されると身構えてしまう。 「葉山さんと共に来い……」  とりまるが不安そうに横でつぶやく。 「行こうよ」 「葉山さん……」 「もともと行くつもりだったんだし、なにも困んないよ」 「そうかもしれないけど」  なにか言いたげなとりまるを遮り、お母さんに訊く。 「行っていいよね? お母さん」 「そうね。そのためにお母さんがついていくんだから。でも、約束してちょうだい」  お母さんはなんでもないように言ったかと思うと、真剣な顔に変わる。 「危険なことはしないって」 「わかった。約束するよ」  ◇◇◇  零時五十分。集合時間ぴったりに三人が集まった。とりまるのおばあちゃんは玄関までお見送りをしてくれた。 「じゃあ、行きますか」  とりまるは歩きながら、少し困ったようにお母さんに言う。 「あの、神様に会いに行くときにお面をかぶるんです。大烏の使いですよってわかるように」  そう言って、いつものお面を見せる。真っ黒のそれは、何度見ても不気味なほど黒かった。 「でも、このお面二つしかなくて。ばあちゃんにも手伝ってもらって、探したんですけど、どうしてもなくて。前に見たときは三つあったはずだったんですけど……」  なるほど。お面は二つ。今夜の人数は三人。誰かひとりのお面が足りなくなるわけだ。 「それなら、私がつけなければいいんじゃない?」 「葉山さん……?」 「だって、暗号に私と共に来いって書いてあったでしょ。神様は私が来ることを知っている、というか、求めている。なら、私は大烏の使いとして青梅神社に行く必要はなくない?」 「それは……」 「お母さんはいいわよ。柑奈が着けときなさい」  お面をつけないのは誰にするか。そんな会話をしていたときだった。  もう、あの角を曲がれば青梅神社に着くというときだった。 「それには及ばない。だって、君たちは再びふたりに戻るのだから」  体が思わず震えるような冷たい声がから聞こえた。目の前が真っ暗になった。それは、比喩なんかではなく文字通りに真っ暗で。  私たちを照らしていた街灯が消えた。  視界の端に見えていたコンビニの看板の灯りが消えた。  あらゆる光が消えた。  そう見えた。一瞬にして、色が失われた。黒しかなかった。なにが起きているのか知ろうと必死に耳をすませる。 「とりまる!? お母さん!?」  自分の鼓動がうるさい。邪魔だ。返事が聞こえないじゃないか。ふたりとも、どこにいるの? 怖い。真っ暗なのが。なにも聞こえないのが。 「君のお母さんは預かる。無事に返して欲しければこの件から手を引け。ふたりともだ。烏丸遥(からすまはるか)を助けようとするのを諦めろ」  お母さんを預かる……? 息が一瞬止まった。 「っ! お母さんっ!」  なんとか声を振り絞ってお母さんを呼ぶも返事がない。 「おばさん!」  とりまるの声が聞こえた。だが、それにも返事は聞こえない。  お母さん、どこにいるの? 無事なの? お願い、返事をして。  そのとき、ミャアっ、という場違いな鳴き声が聞こえた。街灯がぱっと点いた。突然の明るさに目がくらむ。薄っすらと目を開くと、そこにはぐったりとしたお母さんを抱えるフードをかぶった誰かとそれに対峙する猫。そして、その猫の背中に乗った少年がいた。猫は随分と大きいようだ。私と背丈のそう変わらなそうな少年を背中に乗せているのだから。 「行くよ」  少年が猫に声をかける。次の瞬間、猫が高く跳んだ。少年の髪が風を含む。猫は怪しい奴に向かって、一直線に飛び掛かる。 「おっと」  どこか余裕そうにそうつぶやきながら、そいつは猫をかわす。フードが少しずれて、その下からぼんやりとした白い光が漏れた。フード野郎は、ひらひらと私たちに手を振る。 「援軍が来るとはな。もう行かなきゃいけないみたいだ。……そうだな。三日間だけ猶予をやろう。決心する猶予だ。それまでに、どちらの母親を救うのかよく考えるように。では」 「待てっ!」  少年と猫が再び飛び掛かった先には虚空しかない。少年と猫に飛び掛かられる直前にフード野郎はお母さんを抱えたまますっと闇に消えたのだ。白い光がぱっと消えた。猶予だと……? ふざけんな。 「お母さん……!」  私の声は届かない。もういない。そうとわかっていても、お母さんが立っていた辺りに走り寄らずにはいられなかった。 「お母さんっ」  何もない。さっきまでいたのに、もういない。止めどもなく涙があふれてきた。 「葉山さん……」  とりまるの弱弱しい声が聞こえる。あいつの言葉が蘇る。  ――君のお母さんは預かる。無事に返して欲しければこの件から手を引け。ふたりともだ。烏丸遥を助けようとするのを諦めろ。  お母さんを返して。 「ねえ、泣き止んでよ。まだ終わってない」  肩を叩かれ、反射的に顔をあげる。 「君のお母さんを助けられなくて申し訳なかった。二度も君たちに迷惑をかけてしまった」  少年は私の頬に手を当てて、涙をぬぐいながら言った。 「でも、今度こそ必ず助けるから。だから、まずは涙を止めて、話をしよう」  ぼやけていた視界が段々と晴れてくる。目の前にいるのはさっきまで猫に乗っていた少年だった。さらさらとした髪の毛は灰色がかった黒色で、その瞳は緑色でとてもきれいだった。 「ね? (いつき)くんも」  少年は私から手を放し、とりまるの方を向いて続ける。 「大丈夫。君たちのお母さんのどちらか一方を選ぶ必要なんてないよ。助けるんだ」
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