第4話 烏丸樹の秘密

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第4話 烏丸樹の秘密

 心臓が口から飛び出かけた。思わず足を止める。 「なんで……?」  すぐに否定しとけばよかったのに。そう言うのが精一杯だった。 「神様から聞いたんだ」  神様から、聞いた……? おい、神様。人の個人情報を勝手に漏らすな。というか、烏丸(からすま)くん。君はどこまで知ってるの?  なんてことないように言った彼は、固まっている私を見て慌てだす。 「ごめんごめん。そんなに驚かせるつもりはなかったんだ。……安心してよ。知られたくないなら誰にも言わない。ね? 俺、口固いから! ほら、約束するし」  そう言って、烏丸くんが小指を立てて私の方に出す。  真夜中に出会った転校生。さっき話したばかりで、そのせいで怒られて。怪しい暗号を神様からの宿題なんて言って誤魔化された。そんな人を信用する? いつもの私だったら信用しない。でも、返事に迷う私に向けられた眼差しがあまりに真っすぐだったから。ふたりで暗号を考えたあの時間が楽しかったから。ちょっとだけ信じてみたいと思ってしまったんだ。 「……約束だからね? というか、烏丸くんの秘密も話してよね?」 「もちろん。ふたりだけの秘密にしとくよ」  その言葉を聞いて、私は烏丸くんの小指にそっと自分の小指を重ねた。指切りなんて子供だましみたいなものなのに、不思議と彼を信じれる気がしてくる。 「でさ、烏丸くんはどこまで知ってるの? 私の秘密知ってるなら、もう話すことなんてないじゃん」  少しだけ恨みを込めた視線を烏丸くんに送ると、烏丸くんはこともなげに話してみせる。 「いや、俺はさっきまで本当に知らなかったよ。カマかけただけだから」  カマかけただけだと……。 「僕と同じように神様と取引した人がいて、その人は娘の眠りを引き換えに娘を授かったって。で、その子がたぶん僕と同い年くらいで、引っ越してなければ近くに住んでるっていうのだけ聞いたの。神様も誰かは教えてくれなかったよ。昨日の夜に会ったからさ。あんな夜遅くにいるなんて、その子は葉山(はやま)さんなんじゃないかなーって思っただけだよ」  なるほど。私は見事に引っかかったわけですね。なんか腹立つ……。まあ、そんなこと言ってもバレてしまったことはどうしようもないし、烏丸くんは誰にも言わないって約束してくれたわけで。 「あ、怒った? ごめんって」 「いや、まあ、烏丸くんが話してくれるならいいよ」 「それならいいんだけど。……ねえ、葉山さん。その前にさ、美味しい団子の店知らない?」 「団子?」 「そう。俺、お昼食べてないんだよね。お腹空いちゃってさ。だから、団子でも食べながら話すよ。どうせ団子買わなきゃいけないし」  ああ、そういえば暗号にあったね。 「群森堂(ぐんしんどう)」 「え?」 「学校のすぐそばにある和菓子屋さんだよ。美味しい団子も売ってるはず」 「じゃあ、そこに行こう。葉山さん、ちょっと自転車にランドセル置かせて」 「いいけど……」 「それから、ちょっと自転車貸して」  そう言うと、烏丸くんは自分のランドセルを空の自転車の前かごに入れてから自転車にまたがった。え、それ、私の自転車なんでだけど……。 「後ろ乗って。ふたり乗りしよ? 自転車の方が速いし。学校のそばなんでしょ? 俺がこぐから」  ほら、と後ろをぽんぽんと叩き、私が乗るのを待っている。 「安全運転してよね?」 「もちろん。じゃあ、行きますー。しっかりつかまっててね」  だから、なんで乗ってしまうのか。烏丸くんに会ってからどこか変だ。  ふたりで通った桜並木は、桜が散ってしまったところから青々とした葉が出ているのが見えて、初夏の訪れを予感させる。群森堂には十分くらいで着いた。ちょっと買ってくると言って、烏丸くんは店の中に入っていく。図書館で本を返して借りる予定しかなかったものだから、お金を持って来てない私は店の外でひとり、烏丸くんを待った。  群森堂はここら辺では有名なお店で、大人気の豆大福はお昼過ぎには売り切れてしまう。現に今も「本日の豆大福は終了しました」という看板が出ていた。烏丸くんはおいしい団子を買えただろうか。紹介したのに買えなかったとなったら申し訳ない。 「お待たせ! ありがとう、買えました!」  三分とかからずに出てきた烏丸くんは白いビニール袋を持っていた。団子はまだ売り切れてなかったみたいで、ほっとする。烏丸くんが、そこで食べよう、と店の横に設置されたベンチを指差した。 「はい、これあげる。ここまで案内してもらったお礼と、自転車貸してくれたお礼と、暗号解くの手伝ってくれたお礼!」  私たちはふたりでベンチに腰かけた。烏丸くんは、ビニール袋からパックを一つ取り出すと、私に団子を一本差し出す。 「いや、そんな、いいよ。申し訳ない。私お昼食べたし」  そう言って断ろうとしたのに、タイミングが最悪だ。私のお腹がぐうっと鳴った。  ふふっと笑いながら団子を差し出し続ける烏丸くんから、団子を受け取る。 「……ありがとう」 「どういたしまして」  みたらし団子はみたらしのとこが少ししょっぱくって、でも、団子はほのかに甘くて。つまりは、本当に美味しかった。 「俺はね、ある神様に会いたいんだ」  私と同じように隣で団子を頬張った烏丸くんは、団子を食べながら唐突に話し始めた。 「これ、美味しいね。葉山さん、ナイス! それでね、その神様は大烏(おおからす)っていうんだけどね。願い事を一つだけ叶えてくれるらしいんだ。そもそもこれは家に代々伝わる伝説みたいなものなんだよね。おばあちゃんちで見つけたの」  願い事を叶えてくれる。家に代々伝わる伝説。心が踊る言葉でとりまるの話に惹きつけられる。 「でも、願いを叶えてもらうためには、その神様が手掛かりとして残した暗号を解いて、いろんな神社を巡って、そこの神社の神様が預かってくれてる家宝を全部集めなきゃいけないらしくて」 「じゃあ、さっきの暗号もそうなの?」 「そう。だから、葉山さんが解いてくれて助かったよ」  ラッキーだけどね。たぶんこの暗号、そんなに難しいやつじゃなかったし。でも、やっぱりそう言われるとちょっとうれしくて、ちょっと照れくさい。 「たまたまだよ」 「じゃあ、葉山さんが十月生まれで助かった」 「十月生まれ? いや、私は四月生まれだけど……」  烏丸くんは団子を食べるのを止め、驚いたようにこちらを見る。いや、驚いているのはこっちも同じなんだけど……。そもそも、なんで十月だと思ったの? 「え、なんで? 十月に生まれたから、神無月から柑奈(かんな)になったんじゃないの?」 「違う違う。お母さんが神様と取引したのが十月だからそこからとったんだよ」  お母さんとお父さんからなんども聞いた話だ。 「……それっておかしくない?」  烏丸くんが少しためらいながらそんなことを言った。 「おかしいってどこが?」 「だって、葉山さんのお母さんが十月に神様にあったんでしょ? 神様がいない、神無月であるはずの十月に」  十月は神様がでかけてしまう月。さっき自分でそう説明したばかりじゃないか。正直、考えたこともなかった。言われてみれば確かに不思議だ。 「でも、たまたまお母さんが取引した神様が出雲に行かない神様だったのかもよ」 「出雲に行かない神様なんているの?」 「いや、わかんないけど……」  言葉が続かなくなり、気を紛らわそうとふたりで団子を頬張る。 「……葉山さん、知りたくない?」  沈黙を破ったのは烏丸くんだった。知りたくないかと問われれば、そりゃあ言うまでもない。 「知りたいけど……」 「でしょでしょ! そんな葉山さんに俺から提案があります」  私の答えを聞いて、いたずらっ子みたいに烏丸くんがにやりと笑う。 「――葉山さん、俺が暗号解いて、神様に会いに行くのを手伝って欲しい。代わりに、俺が葉山さんの謎を解くのを手伝うよ」  烏丸くんは話を続ける。これから会いに行く神様たちに聞き込みをすればいい。そしたら私の眠りを得た神様のこともわかるだろうと。でも段々と、自信満々だった彼の顔が暗くなってきた。 「本当は、葉山さんの願いも叶えられればいいんだけど。叶えてもらえる願いは一つだけだから……。ごめん、この権利だけは譲れないから。俺にはそのくらいしかできないけど、どうかな? ――葉山さんに一緒に探して欲しいんだ」  一緒に探して欲しい。その言葉がすとんと胸の中に落ちた。  いつも一人で過ごしていた夜を、一緒に過ごす仲間ができる。  単調な毎日に刺激が訪れるかもしれない。  なにより、烏丸くんと一緒に過ごしたこの時間は楽しかった。 「うん、一緒に探したい」  気づいたときにはそう口に出していた。不安そうだった彼の顔がぱっと明るくなる。 「葉山さん、ありがとう!」 「別に……私がしたいだけだよ」  感謝されるようなことをしたわけじゃない。自分がしたいことをしただけなんだから。残っていたラストの団子を食べ終えてから、烏丸くんの方を向く。 「そうだ、私も約束するよ。烏丸くんの秘密は誰にも言わない。だから、ほら」  小指を立てて、彼の方へ向ける。烏丸くんは少し驚いたような顔をしてから、小指を合わせてきた。 「葉山さん、もしかして気に入ったの? 指切りげんまん」 「違うから! 私の決意の表明だから!」 「ほお」 「なによ」 「いやあ。これからよろしくね」 「……うん!」  食べ終わった団子の串をベンチの横にあったゴミ箱に捨てて、自転車を止めておいたところへ向かう。烏丸くんがランドセルに大事そうに残りの団子をしまったのを見て、訊いてみる。 「帰りもふたり乗りする?」 「葉山さん、顔赤いよ」 「夕焼けのせいだよ」 「……まだ、日落ちてないじゃん」 「そういうのは黙っとくもんだよ」  烏丸くんは私の抗議に、ふふっと笑う。 「ごめんごめん。そうだね、俺も葉山さんとふたり乗りしたいところなんだけど……」  そういうのいいから。からかってるのバレバレだから。 「ちょっと寄りたい場所があるから葉山さん先帰ってて」 「そうなの? わかった」 「んじゃ、夜三時に家の下集合で」  それじゃあ、と烏丸くんと別れてから一人で自転車をこいでいると日が段々と落ちてきた。空が向こうの方から、ピンク色になってきたのが見える。  遅いんだよ、太陽。もっと早く来い。  思わず口からこぼれた言葉は、風にさらわれてどこかへ飛んで行った。
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