第7話 暗号は一緒に解きたい

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第7話 暗号は一緒に解きたい

「……おはよー、葉山さん」 「えっ、とりまる。おはよう」  玄関を出るととりまるがいてびっくりした。さっきまでずっと話していたのに、顔を見るのは数時間ぶりだからなんだか恥ずかしい。 「これ、暗号のコピーなんだけど。一応渡しておこうと思って」  そう言われて渡されたのは一枚の紙だった。昨日のお昼に見たのと同じような感じの紙。 「夜に作戦会議で、それまでに各自考えておくってことで!」 「了解!」 「じゃあ俺、ちょっと約束してることがあるから先行くね」  それじゃあと私に手を振ると、とりまるは走って先に行ってしまった。渡された紙を広げてみる。そこにはこんな文字が書かれていた。 『よにはるしなにじびじんしはじたんゃい  ヒント:三』  ……なんじゃこりゃ。私は思わずため息をつく。さっぱりわからんね。にしてもさ、一緒に行ってくれてもいいのにな。  ◇◇◇  学校は昨日とそう変わらなかった。とりまるは相変わらずクラスの人気者だったし、話したい人でいっぱいだった。授業中はもちろんだけど、休み時間だって話しかけるタイミングがない。仕方なく、夜の作戦会議までにこの暗号を解けないかとひとり暗号とにらめっこしていた。 「ねえねえ、柑奈(かんな)ちゃーん!」  正面から自分を呼ぶ声が聞こえて、顔をあげると目の前には(りん)ちゃんと真琴(まこと)ちゃんがいた。慌てて暗号を次の授業の準備として出しておいた教科書の下に隠す。 「柑奈ちゃん、すごい怖い顔してるよ。なんかあった?」  心配そうに真琴ちゃんに尋ねられ、驚く。自分では全くそんなつもりなかったのに。 「え、そんなに私怖い顔してる?」 「うん、もう眉間にしわ寄ってたよ」  凜ちゃんが自分の眉間を指でさわりながら答えてみせる。 「まじかあ。全然気づかなかった。なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ。それより、どうかしたの?」 「ならいいんだけどさ。なんかあったら言ってね」 「そうそう! 柑奈ちゃんはよくひとりで悩みこむからなあ」 「……ふたりともありがとう!」  暗号のことはとりまるとの秘密だからふたりに話すわけにはいかないけど、そう言ってもらえるのはうれしい。 「あ、それでね。柑奈ちゃんに話したいことがあったんだよ」 「ん? なになに??」  真琴ちゃんと凜ちゃんは顔を私に近づけて、秘密の話をするようにひそひそと話し始めた。 「さっき、聞いたんだけどね。この学校、夜に出るんだって……!」 「出るってなにが……?」  私まで声を潜めてしまう。 「幽霊だよ。なんでも、校長先生が見たとか」 「ええー!」  本当かな……? 「ねえ、校長先生に訊きに行こうよ」  校長先生は早起きと話が短いことで有名な先生だ。毎朝校門で挨拶してるし、ちょっと話したこともある。優しい先生だった。だから、それなら校長先生に直接訊きに行ったら話してくれそうな気がする。 「えっ……校長先生に?」 「おー! いいね! 面白そう」  ふたりの反応は対照的だった。ノリノリで行く気の凜ちゃんと少し戸惑った様子の真琴ちゃん。嫌だったら別に大丈夫、と言おうとしたら、チャイムに先を越された。と、同時に伊藤先生が教室に入ってくる。 「おっと。もう六時間目が始まっちゃう。じゃあ、またね」  残念そうに凜ちゃんが言い、小走りでふたりは席に戻っていった。  全く、なんたって新学年二日目からしっかり授業があるんだか。もう、いやになっちゃうね。それにしても、あの噂はどこから立ったのだろう。まだ、学校始まって二日目なのに。まあ、校長先生に明日の朝にでも訊いてみればいいか。  そんなことを思いながら、教科書の下に隠した暗号をランドセルにしまいなおす。ヒントの三っていうのがさっぱりわからない。三。さん。サン……? 一体、何が三なのか。ふむ、わからんな。わかんないことだらけだ。  授業はそこそこに暗号のヒント三を考えているうちにチャイムがなり、今日の授業が終わりとなった。結局暗号は解けなかった。けど、まだ夜まで時間があるから、帰ったら図書館でも行ってみるか。昨日とりまるがしていたように、関係ありそうな本をいくつか読めば、なにかわかるかもしれない。  掃除を終え、ランドセルを背負う。凜ちゃんと真琴ちゃんが教室のドアで待っているのが見えて、急いで向かおうしたとき、とりまるとすれ違った。とりまるが私の耳元でこそっとつぶやく。 「帰ったらすぐ糸電話していい? 暗号一緒に考えたいんだけど」  私だって、ひとりで考えるよりふたりで考えたい。もちろん、と言いたかったのだけど、とっさのことで言葉が出ない。慌てて指でグッドサインを出したら、とりまるもピースで返してくれた。 「おまたせ!」 「よし、帰ろ~!」 「柑奈ちゃん、とりまるくんと仲良いね。いつの間に仲良くなったの?」  真琴ちゃんの言葉に心臓が飛び跳ねる。真琴ちゃんは責めてるわけでもなんでもないのに、こんなにも動揺してしまうのはどうしてだろう。  クラスの人気者の転校生と抜け駆けのように仲良くなったから? とりまると夜に神社に行くなんて、怒られること確定のことをしたのを思い出したから? それとも、ふたりの秘密がバレてしまうんじゃないかと思ったから?  私はあくまで平然を装って真琴ちゃんに答える。心臓がバクバク言っている。 「そんなに仲良いかな? わかんないけど、家が隣だったからかな?」 「えー! 隣の家なの!?」  凜ちゃんの少しオーバーなくらいのリアクションがありがたい。 「そうなんだよ。私もびっくりしちゃってさ――」  私は普通に出来ているかな。話すタイミングはたくさんあったはずなのに、ふたりにとりまるが隣の家だったと言わなかったのはどうしてなんだろう。自分でもよくわかんない。  階段を下って、昇降口を通って、凜ちゃんと真琴ちゃんと学校を出る。徐々に話題はとりまるのことから他愛ないことに変わっていく。さっき途中で終わってしまった幽霊騒ぎの話をするかと思ってたんだけど、真琴ちゃんがあまり話したくなさそうだったので止めておいた。怖い話、嫌いなのかな?  今日もあっという間にふたりと別れるところに来てしまった。また、明日とふたりと別れて、ひとりで歩く。でも、今日は自分でもわかるくらい速足になってしまう。走りたいくらいだけど、誰かに見られたら恥ずかしいからね。私ははやる気持ちを抑えながら、家に帰った。  手を洗って、お茶まで用意しちゃって。糸電話のそばでスタンバイしながら、暗号のコピーを眺める。話せるのはうれしいけど、なんせ、暗号がさっぱり解けてない。 『よにはるしなにじびじんしはじたんゃい  ヒント:三』  ヒントの三っていうのはなんなのか。三つずつ五十音をずらすとか? 適当なノートに五十音表を書き出し、とりあえず後ろに三つずつずらしてみた。  るのへわそねのぞぼぞうそへぞてうら……?  小さい「ら」なんてない。前に三つずらすのかな。  もてぬよけつてげね……?  「ね」に濁点がついたやつだって存在しない。  もうお手上げ状態だった。はあ。なんだよ、三って。そんなときだった。糸電話の紙コップが小さく揺れたのだ。慌てて窓を開けて、斜め下を見ると手を振るとりまるがいた。とりまるが耳に紙コップを当てたのを見て、私は紙コップに口を近づける。 「もしもーし、聞こえますか? どうぞ」 「もしもし、聞こえますよー。どうぞ」 「暗号なんかわかった? 私は少し試してみたんだけど、全然わかんなくて……。どうぞ」 「奇遇ですな。俺も全然わかんないんだよね」  だよねえ……。しばらく沈黙が続いたあと、再びコップから声がした。 「俺は後ろから二番目の小さい『や』がポイントだと思うんだよね。これが『ん』の後ろにあったんじゃ読めないじゃない」  とりまるの言葉に素直になるほどなと思う。ヒントにばかり気がとられて、暗号そのものをあまり考えられてなかった。 「近くにある文字だと、『ゃ』の三つ前の『じ』とならくっつけられるね」  ……三つ前? ヒントは三という文字とリンクする。 「ねえ、とりまる。三文字ごとに読んでみたらどうだろう?」  手元の暗号に目と落とす。 「「よるにじはん、にしじんじゃ、はなびしたい」」  夜二時半、西神社、花火したい……! 花火したいって、どんな神様なんだろう。  いつの間にか、交代のときにどうぞを言うのを忘れていたせいで、ふたりで紙コップに向かってしゃべったもんだから、声と声が凧糸の真ん中でショートしてしまった。急いで耳に当てると、今度はなにも聞こえない。どうしたのかと、窓からとりまるの方をうかがうと、同じように窓からこちらを見るとりまると目が合った。ふたりして耳に紙コップを当てているこのシュールな状況に思わず笑ってしまう。 「花火、買いに行こ!」  とりまるが私の方を見たまま、紙コップだけ口に当て直して私にそう言う。 「うん! 行こう」  ◇◇◇  近所のドラッグストアまでふたりで並んで歩いた。 「神様ってどんな花火がいいんだろ?」 「派手なやつとか? とりまるはどんなのが好き?」 「俺は線香花火一択だね」 「線香花火かあ。勝負するの楽しいよね!」  最後まで落ちなかったときの感動がすごい。  どんな花火にしようかとふたりで話していると、ドラッグストアが見えてきた。  店に入ると、冷えた空気が頬をなでた。レジ近くの花火コーナーには選べるほどの種類はなく、結局無難そうなバラエティパックにした。一番値段の安いやつ。二百円ずつ出し合って、店を出る。 「ねえ、葉山さん。西神社って家から近いよね?」 「うん。少なくても朝倉神社よりは」  昨日の朝倉神社は片道二十分以上歩いたけど、今日の西神社は結構近くの神社だから十五分も歩けば着くだろう。 「じゃあ集合は二時十分でいいかな」 「そうだね」 「あ、そうだ。今日神社に行く前にさ、お母さんにどこで神様にあったのか訊いといて」 「それなら聞いたことあるし、行ったこともあるよ!」  少し驚いた顔をしたとりまるがこちらを見る。 「まあそりゃそうか。えっと、その神社ってここから遠い?」 「いや、家のすぐそばだよ。西神社より近いと思う。ただ、西神社とは反対側だけど」  それを聞くと、もうすぐ家に着くというのに、とりまるは歩みを止めた。そして、私にこう提案する。 「今からその神社に行ってみない? もちろん神様には会えないと思うけど、看板とかでなんの神様を祀ってるかわかるかもしれないし」
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