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きっかけは、二か月前に見た試合中継だった。
その日、イチカは居間で単語ノートを作っていた。来週から中学の期末テストが始まるのに、つづりが全く覚えられない。焦っているところに高校生の兄が来てテレビをつけた。
「ええー、勉強してるんですけど」
「ちょっと見るだけだって」
妹の冷たい視線を無視し、兄はチャンネルを次々に切り替える。やがて画面はローカル局のサッカー中継に落ち着いた。
「サッカーファンだっけ?」
「別に」
じゃあ見るなよ。イチカはため息をつく。案の定、兄はしばらくするとスマホをいじりだした。次にイチカが顔を上げたときにはどこかへ消えていた。
つけっぱなしのテレビの中で、芝生の上でいい年した大人たちが走り回っている。イチカはうんざりしてリモコンに手を伸ばしたが、残り時間を見て考えを変えた。終わりまで休憩しようかな。それは現実逃避だった。とにかく英単語が覚えられなさすぎるのだ。
後半残り十分、地元遠出市のエルカミナンテ遠出が0-2で負けていた。パスに失敗したり、ファウルを取られたりしてなかなか敵陣に攻め込めない選手たちが苦闘する様子に、イチカは妙な親近感を覚えた。
そこに、背番号20を背負った奇跡が現れたのだ。
『エルカミナンテ、ここでタサカからマサキに交代です!』
フィールドに駆け入る選手が映し出される。最近のスポーツ選手は日本人離れしてスタイルの良いイメージがあるが、その人は小柄で体つきもずんぐりしていた。髪型は坊主に近い短髪で、顔にはニキビ跡がある。
若手に経験を積ませてあげる気なのかな。イチカは思った。
試合が再開したとたん、エルカミナンテはまたしてもボールを奪われた。相手チームの選手が二人、ボールを守るように並走している。このまま守り切られてしまいそうな雰囲気だった。
そこに、マサキ選手が走り込んできた。
二人の間にひょっこり顔を出したかと思うと、マサキ選手はボールを持って前方に抜け出した。動きがあまりに滑らかなので、ボールがみずからマサキ選手について行ったようだった。マサキ選手の飛び出しを見てすぐに相手選手が集まってきたが、マサキ選手がボールを蹴り出すのが先だった。針の穴を通すようなパスは囲みを抜け、相手ゴール前に走り込んでいた味方がそのまま得点した。
『ゴーーール!』
実況が叫ぶ。イチカの持っていたペンが手から離れた。
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