みんな真崎を愛してる

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 その後もマサキ選手はフィールドじゅうを駆け回り、イチカはマサキ選手から目が離せなくなった。すごく足が速いわけでも、体格が良いわけでもないのに、マサキ選手が関わるとハッとするような場面がいくつも生まれる。残り時間が一分を切ったところでマサキ選手はまたもやゴール前にパスを通し、エルカミナンテは追加得点した。試合はそのまま引き分けで終了した。  中継が終わると、イチカは単語ノートの隅に『20番マサキ』と書き付けた。その日覚えた英単語はやがて記憶から消えたが、マサキ選手の名前だけは残り続けた。  気づけば、イチカは真崎選手の情報を集めていた。  真崎選手のフルネームは真崎(まさき)智徳(ちとく)。出身は神奈川県横浜市。高校時代をサッカーの名門校で過ごし、卒業後は一部リーグのチームに入団した。だがケガがもとで出場機会が減り、現在は二部のエルカミナンテに移籍してミッドフィールダー(よくは知らないが、チームの真ん中あたりにいる人)をしている。SNSのアカウントを持っており、読んだ本や感銘を受けた言葉など、若いのに真面目な内容の投稿が多い。フォロワーは三〇七人。ただし昨年から更新が止まっている。飽きたのだろうか。  肝心の試合を見る機会だけは、いつまで経っても訪れなかった。それまで知らなかったが、テレビ中継自体がめったにないことらしい。それまでサッカー観戦など全く興味の無かったイチカはしばらく葛藤した。そして今日、とうとうエルカミナンテのホーム戦に足を運んだのである。  競技場内にアップテンポな曲が流れ出したかと思うと、メイン側の入場口から選手たちが走り出てきた。ドラムが打ち鳴らされ、拍手が湧き起こる。 「えっ、もう?」  イチカは場内の時計を確認した。キックオフまで一時間もある。 「いやこれ、ウォーミングアップだよ」  横から返答があった。席を一つ空けた隣に、同年代の少年が座っている。 「てか中野さんだよね。おれ、ハシモト。去年同じクラスだったハシモト」  イチカはマスクで半分隠れた顔を凝視した。こんな男子がいたような気もするし、いなかったような気もする。ハシモトは、イチカの微妙な反応にかまわず続けた。 「中野さんもエルサポなんだね」 「えるさぽ? あー、ううん」 「え、違うの?」  不思議そうなハシモトに、イチカはもごもごと答えた。 「えーと、実はサッカーはよくわからない。ただ真崎選手を見に来たっていうか……」  そのとたん、橋本は勢いよく立ち上がった。 「マジかあ! おれも! おれも真崎が好きなんだよ!」
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