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『夕飯と朝食のおかずは、冷蔵庫に入ってます。赤いタッパーにはおひたし、青いタッパーには卵とじ、あと餃子も、作り置きが冷凍庫にありますから』
出発前、苦虫を噛み潰したように不機嫌な義父母に頭を下げながら、しっかりと念を押してきた。この人達は、自分達で料理などしない。私を手に入れてからは、嫌味や文句を言いながらも、私の作った料理だけを食べてきたのだ。
義父母に許可を取り付けた“架空の同窓会”の日付は、早春の3月26日。昨年泊まった温泉旅館に、私だけ1泊2日で宿泊の予約を入れた。今はスマホがあるから、義父母に知られず、指先1つで色々出来た。全く、便利な世の中になったものだ。
ル、ルルルルル……ルルルルル……
スマホに、見知らぬ番号からの着信があってから、約5分。
床の間の端に置かれた茶箪笥の上、オフホワイトの電話機が色気のないデジタル音を連呼する。
ルルルルル……ル
切れた。私は窓際のソファからゆっくりと立ち上がり、座卓の前に正座する。湯呑みを手に取ると、備え付けの電気ポットの湯を七分目まで注ぐ。茶筒の茶葉を少し多めに急須に入れ、湯呑みが温まったのを確かめてから、中の湯を急須に移す。おおよそ1分間。この蒸らしが、茶葉から深みと甘味を引き出し、美味しくする。
昨年秋に工藤先生が亡くなったことを、義父母は知らない。若い頃なら、人を使って調べていただろうが、最近はそんな覇気も見られない。然もありなん、彼らは今年80歳を超える。口だけは、いつまでも達者だけれど。
ルルルルル……ルルルルル……
1度切れた呼び出し音が、再び静寂を奪う。
真夜中にかかる電話は、ロクな内容ではない。
例えば――庭に生えていた有毒のスイセンの葉を、うっかりニラと間違えて調理した料理を食べて、食中毒で病院に運ばれたとか……症状が重く、亡くなったとか。
ルルルルル……ルルルルル……
急須から、数回に分けて湯呑みにお茶を注ぐ。一口飲んで、呼び出し音が切れなかったら、そろそろ出てやろう。こんな真夜中に、一体どんな朗報かしら。
私は、高鳴る鼓動を感じながら湯呑みを傾けた。
【了】
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