第十二話

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第十二話

◆◇◆◇◆◇  お昼に会えたのに、夜にも会えるなんて幸せやの。髪結いさんに頼んで、ぼたんくずしに結うてもろた。お昼に貰った紅白の玉椿の簪も挿してもろた。桃色と赤色の桜の角飾りもつけてもろた。可愛いって言ってもらえたらえぇなぁ……。錦姉様と一緒に朝露屋へ向かって座敷にあがる。宗次郎様と小焼様は何か言い合いをしてたみたいやけど、ウチらが来たから止まった。相変わらず、親子仲が良いの。 「おおっ、今日は桃割れじゃないんだな?」 「うん。ぼたんくずしにしてもろたの……変やない?」 「可愛いぞ。なっ、小焼もそう思うだろ?」 「……そうですね。お染や桃割れより今の方が良いと思います」 「ありがとうございますやの。ウチ、嬉しい」  やった。小焼様に褒めてもろた。水揚の時の髪型まで覚えてくれてたんや……。ウチ、嬉しい。錦姉様は隣でけらけら笑ってた。 「宗次郎様、わっちを褒めてくれないのかい?」 「錦はいつでも美しいからなぁ!」 「あっはっはっは。それでも、お決まりの言葉として聞いておきたいものでありんす」  今日の硯蓋には、きざみするめ、白昆布、角形蒲鉾、搗栗が乗ってた。どれも美味しそう……。思わず唾を飲んだら、目の前に箸先が見えた。 「坊ちゃま。景一に食べさせてやりたいなら言ってからにしてやりなんし。目を突いちまうよ」 「っ、今のはたまたまです」 「素直じゃないねぇ」 「小焼はちょっと人との付き合い方をわかってなくてなぁ。景一、小焼が分けてやりたいそうだから、隣で口を開けてやってくれ」 「はい、やの。えっと……小焼様、頂戴?」  隣に座りなおして宗次郎様に言われたように口を開く。小焼様は搗栗を口に放り込んでくれた。ちょっと硬くて渋いけど、ほのかに甘いの。  祝い物が並んでるんは何でやろ? って思ったけど、もしかしたら残ってたから出してきたんかも……。ウチが口を開いたら小焼様は、ぽいぽいって何かを放り込んでくれる。ちょっと粗雑な扱いをされてるような気もするけど、慣れてないだけなんやと思う……。  しばらくお酒と料理を楽しんだところで、宗次郎様は傍らに置いてた風呂敷包みを開く。中には蝶が乱れ飛んでいる極彩色の着物があった。 「錦。この前言っていた反物が仕立てあがったから持って来たぞ」 「おおっ。こりゃあ良いねぇ。わっちによく似合うけばけばしさをしているよ」 「けばけばしいって褒め言葉ではなさそうですが」 「良いのさ。他の女と同じようじゃ絶世の美女の名が廃るってね! これだけ派手なら誰も文句の言い様が無いもんでありんす。それに、わっちぐらいしかこんな衣裳を着こなせないよ」 「喜んでもらえて良かった」  錦姉様は宗次郎様の頬にくちづけた。年の差はずぅっとあるけど、本当の夫婦のように仲睦まじい姿が羨ましいの。ウチも……なんて思ったらあかんの。期待したらあかんの。太腿をぎゅうっと握りしめる。じんわり生温かい感触がする。引っ掻いてしもたみたい……。裾除けを捲れば、太腿に赤い筋が入ってた。赤色……小焼様とお揃いの色……。首に巻いた布と同じ色……。 「景一にもあるぞー」 「え?」  宗次郎様の声で、はっ、と引き戻される。顔を上げたら、宗次郎様は小焼様と肩を組んでた。小焼様は嫌そうな顔をしてる。いつも仏頂面やけど、嫌がってる顔はよくわかる。 「な、小焼?」 「……何もありませんよ」 「坊ちゃま、後ろの巾着袋から飴が沢山見えてるよ。何も無いとは言えないねぇ?」 「いやあ、まさかこんなに飴を買ってくるなんて父様も思わなかったぞ。姉上に聞いたぞ。飴細工の店の前で困ってたらしいじゃないか」 「それは、違……わないですけど…………」 「小焼様?」 「っ、ほら……」 「あ、ありがとうございます、やの」  小焼様はそっぽを向きながら、ウチに桃色の縮緬の巾着袋を差し出した。ずっしりと重みがあるの。油紙を開いたら、金魚に、蝶々に、兎に、桜にって色んな飴細工があった。いつもの紅白のねじり棒とまぁるい飴玉も一緒やの。こんなに沢山買ってきてくれるなんて……ウチ、嬉しい。 「小焼様、こんなに沢山ありがとうございますやの。ウチ、嬉しいの……」 「喜んでくれたなら、良かったです」  小焼様はそっぽを向いたまま白昆布を食べてた。顔がちょっぴり赤くなってる。こっち向いて欲しいの。錦姉様と宗次郎様は笑ってた。見守ってくれてるみたい。  ウチはふと思いついて飴玉を口に放り込む。小焼様の袖を引き、こっちを向いたと同時に唇を押し当ててみた。驚いて少し開いた口に、舌で飴玉を押して移す。ころんっ、口の中を転がったから唇を離した。赤い瞳と目が合った。ちょっぴり赤くなった顔、とても綺麗やの。もっと口吸いをしたくなって、もっかい唇を重ねようとしたら、顎を掴まれた。 「やめてください。我慢できなくなる」 「あっはっはっは。坊ちゃまも男なんだねぇ。そんじゃ、向かうかい」 「我慢できるなんてさすが小焼だなぁ!」 「五月蠅い! 黙れ!」  錦姉様と宗次郎様にからかわれて小焼様は怒ってた。ウチが謝ろうとしたら「泣かないでください」って言われた。でも、その時には涙が頬を伝ってて、小焼様は苦虫を噛み潰したような顔をしながらウチの頬を撫でてくれた。涙を指で拭ってくれた。  それからともゑ屋へ向かう。お布団の準備が終わったところやったみたいで、「おしげりなさいまし」と言い残して廻し方の源兵衛さんは去っていった。ここでウチは大事やのに言い忘れてたのに気付いた。 「あの、小焼様……」 「何ですか?」 「ウチ、行水やの……。あ、えっと、その……月の経水で……さわり用事で……。で、でも、できるの! ちょっと汚れるけど、できるから……」 「…………」  小焼様は無言でウチの頭をぽんぽん軽く叩く。そんでから、呆れたような溜息を吐いてた。 「月役七日と言いますが……休まないんですか?」 「ウチ、そんなに休まれへんの。それに……小焼様来てくれたから…………」 「わかりましたから泣かないでください」 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」  ぽたぽた、太腿に涙が落ちる。また泣いてしもてる。小焼様が困るだけやのに、泣いてしもてる。ウチは悪い子やの。ウチの所為で小焼様は困ってるの。早く泣き止まな。泣き止まなあかんのに、どうしてか涙が止まらへん。小焼様はもっかい溜息を吐いてウチの涙を舐めとる。ざらりとした舌の感触に身震いをした。そのまま息があがるほどにくちづけを繰り返した。熱くて、柔らかい唇。ウチの紅が移ってほんのり赤く色づいてる。ウチは小焼様の頬を両手で包む。赤い瞳にウチが映ってる。綺麗な目やの。とても綺麗な赤色。 「何ですか?」 「小焼様の目、すごく綺麗やの……」 「はあ? 貴女の方が綺麗だと思いますよ」 「はうっ!」  小焼様は表情を変えずに言う。綺麗って言われて嬉しい。でも、なんか恥ずかしいし、ずるいの。  押し倒してくれてもええのに、今日はそんな素振りが無い。ウチの耳をくすぐったり、脚をゆるく撫でたりするくらいで、触って欲しい所に触ってくれへん。焦らしてるとかやなくて、まるで犬とじゃれてるような感じやの。自分でもわかるくらいに張った胸が尖ってる。触って欲しい……。 「小焼様、触って……」 「嫌です」 「え……」 「月の経水なのですから、絶えず血が出ているんでしょう? 私の母様はになると、とてもつらそうにしていました。だから無理しないでください」  小焼様はとても優しい事を言ってくれてると思う。他の女郎やったら喜んで休ませてもらってると思う。でも、それはどうでもいい客を相手にした時やと思うの。情夫(いろ)にそう言われたら……どうするんやろ。 「ウチなら平気やの。だから、気にせんといて」 「しかし……血が…………」 「大丈夫やの。心配せんといて……」  ウチは着物の帯を落として肌を見せる。他の客なら鼻息を荒くして押し倒してくるところやけど、小焼様は表情が全く変わらへん。手を取って、尖った胸に触れさせる。きゅうっと摘ままれて、吐息と共に小さく悲鳴をあげた。  くちづけを交わしながら布団に横になる。首に巻いた布が解かれて、横に置かれた。唇が離れたと思えば、耳たぶの下に押し当てられて、熱い吐息が首筋にあたる。舌が別の生き物のように身体を舐っていく。 「はっ、あっ……あ、ふっ、んッ……んんっ」 「……貴女は肌が白いから、傷や痣が目立ちますね」 「ごめっ……んなさ……いぃ、あぅっ、あ」 「いや、謝らなくて良いです」  ウチの身体についた傷や痣をなぞるように舌が這う。甘い痺れが身体中を駆け巡ってる。気持ち良くて、口をついて声が溢れていく。  小焼様は裾除けを捲って止まった。そうや……おうましたままやったの。外しておかな駄目やったのに。もう意味を成してないくらいには、御簾紙が血と蜜でぐしょぐしょになってるんが自分でもわかる。 「小焼様?」 「……」  表情は変わってへんけど、今までと少し違う雰囲気がするの。ウチの呼び掛けにも応えてくれへん。  ウチは小焼様の下腹に手を伸ばす。身体がビクッと跳ねた。まらは硬くなってきてるから、したくないとかやないみたい……。褌の横から手を入れて、逸物を取り出す。見慣れてきたけど直視するのは、やっぱりちょっと恥ずかしいの。手指で撫で擦ると、もっと熱く反り勃ってきた。 「こんなになってくれるなんて、ウチ、嬉しいの……」 「っ」  ぷいって、そっぽ向かれた。飴をくれた時と同じやの。もしかして、照れ隠し……?  口に含んで、舌を絡ませる。喉の奥まで咥えたら喜んでもらえるってわかったけど、ちょっと苦しい。  音をたてながら舐めたら、段々膨張してきた。ちょっと甘い味もしてきた。ウチは口を離す。  子宮(なか)に欲しい。 「小焼様。そろそろ……ウチ、欲しいの……」 「嫌です」 「え」 「っ、すみません。……血が……嫌で……」 「あ、あの、ごめんなさい! ウチ、そんな……その……ごめんなさい! ごめんなさい!」 「泣かないでください。困りますから。それに……貴女は悪くありませんし……」  小焼様はウチの目から溢れ出た涙を舐めとってくれた。  ウチの所為やの。ウチが行水なんてなるから。全部ウチが悪いんやの。小焼様は最初から血がどうのって言うてたのに……、ウチの所為やの……。だから、ウチがきちんと責任取らな……。 「うぅ、小焼様、寝て?」 「はぁ?」  小焼様は首を傾げたけど横になってくれたので、ウチは跨る。唾と先走りの精汁で陰茎(へのこ)は濡れてるから、きっと滑りは良いはず……。手を身体の後ろに回して、股の間からまらを握って、お尻の後ろの方に持ってって、ゆっくり腰を落とす。お尻の割れ目にまらが沿うようになって布越しやけど、とても熱く感じるの。 腰を前後に揺らしながら手で陰茎を扱く。湿っぽくなってきた。小焼様感じてくれてる……。気持ち良いって思ってくれてる……。ウチ、嬉しい。  最初はゆっくり動いて、少し激しく動いて、またゆっくり動いて……繰り返してると手がぐちょぐちょになってきた。まらの脈打つ感じが大きくなってきてる。雁を軽く引っ掻いたり、撫でまわしたりする度に、ぬちゅぬちゅ、水音が鳴る。荒い息に混じって、微かに呻く声が聞こえる。  やっぱり、ぼぼに入れて欲しい……。でも……小焼様は「血が嫌」って言うてた。勝手にそんな事したら、嫌われてまう? それは嫌やの。小焼様にもっと触ってもらいたいのに……どないしよ。  ウチは腰を浮かせて、まらを前に持って来る。今度は、空割で擦るようにする。布越しやのに、擦れる度にビリビリってなる。溢れ出た血と蜜が紙で吸い取りきれなくなって、布にしみを作り始めた。  小焼様はウチの腰を掴んで、下から突き上げるように空割を擦る。実頭を強く擦られて、脚に力が入らなくなってきた。 「ひぅっ……あっあっ……やっ、ん! 小焼様っ、ウチ、もう、イクッ……イクのっ!」 「――ッ!」  視界にお星様が飛んで、ウチは小焼様の胸に倒れる。ウチのお腹と小焼様のお腹に熱い精汁が散った。  ぼぼがきゅんきゅんしてる。入れてないのに、まるで入れてしたみたいやの……。  小焼様は荒い息を吐いてた。ウチは自分のお腹についた精汁を指に掬って舐め取る。小焼様のお腹についたのも舐め取る。 「小焼様、大丈夫?」 「何で貴女が私の心配をするんですか」 「ごめんなさい……」 「……謝らないでください。困りますから」  そう言って、小焼様はウチの髪にくちづけて、ぎゅーっと抱き締めてくれた。  あったかいの。とてもあったかいの。他のどの人よりもあったかいの。そういえば……雪次様が言うてた事がほんまか確かめとこ……。 「ねえ、小焼様って、船宿で客を取ってるってほんまやの?」 「は? 何ですかそれ?」 「雪次様が言うてたの。小焼様が港屋で坊主をお尻でよがらせてるって」 「…………」  小焼様黙ってしもたの。ほんまやったんかな? ウチがもう一回尋ねようとしたら、パキッと小さな音が鳴った。音のした方を見たら、小焼様は自分の爪をガジガジ噛んでた。 「小焼様、爪割れてるの!」 「っ!」 「血、出てるやの」  ウチは小焼様の右手の中指を口に含む。ちゅうっと吸うたら血の味が口いっぱいに広がる。  これが小焼様の血の味……ちょっと美味しい、かも。  血は止まったみたいやの。ウチは起きて、箪笥から端切れを引っ張り出す。文乃姉様に縫物を教えてもらった時の余りで、可愛い兎柄の布。これを小焼様の指に巻き付けて蝶々の形に結ぶ。  なんだかとっても可愛いの。 「ありがとうございます」 「どういたしまして、やの。……小焼様、噛み癖あるん?」 「……無意識に噛んでしまっているようです。貴女にも、その……すみません」 「ううん。ウチはええの。小焼様になら……何をされても……」 「何おかしな事を言ってるんですか」 「ウチ、ほんまに……小焼様になら……」 「それよりも訂正しておきますが、私は陰間ではありませんし、客も取ってません」  小焼様は眉間に皺を寄せながら言った。ほんまに違うみたいやの。後に続けて「今度雪次に会ったら二、三発殴ってやろう」って言うてたことは、雪次様に内緒にしとこ。殴られたら良いと思うの。  「私はもう寝ますから」と言って小焼様が布団にもぐった時分に、障子がすーっと開いた。屏風の向こうから廻し方の源兵衛さんが手招きをする。ああ、行かなあかんの……。源兵衛さんに「少し待ってて」と言うて、ウチは寝てる小焼様の頬にくちづける。ずっと一緒におりたいけど……駄目やの。  着物を整えて、ウチは立ち上がった。
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