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『あんな親にはなるまい』。
母親の葬儀が終わったとき、僕の胸中にあったのはそれだけだった。結婚して子どもが生まれたときにも、それだけは心に誓ったものだ。
黄色いテント地で作られた店の庇から水滴がポタリポタリと落ちている。
週末の仕事帰り。雨は、まだ止みそうになかった。
梅雨時なんだし突然の雨は仕方あるまいが、鞄に折り畳み傘くらい入れておけばよかった。そうすればこんな雨宿りなぞしなくて済んだのに。
「……本か」
やむを得ず入ったのは個人経営の小ぢんまりとした書店だった。出版不況のご時世の割にはお客さんがいる方だろう。小さな子どもから白髪の目立つ人もいる。
最近は紙の本で字を追うこともずいぶんと減った気がする。仕事でもモニターだし、漫画や小説も全部ネットだ。紙の本はかさばるし、処分するのも大変なのだ。だったら、データだけあればいい。紙の本が絶滅危惧種や伝統工芸の仲間入りする日も、きっとそう遠くはあるまい。
「……ん?」
陳列の本棚を見ていて妙なことに気がついた。
「変だな? 週刊誌とか、雑誌の類が何もないぞ」
何気なくチラチラと見渡してみて、やっと分かった。何処も彼処も児童書だらけ。
「そうか。ここは本屋は本屋でも児童書の専門店だったというわけか」
中学生が読みそうな少し背伸びした硬い背表紙の本もあれば、乳幼児向けの絵本まで。ずらりと顔を揃える全てが児童書。そういえばネットのニュースで見た気がする。紙の出版が伸び悩む中、絵本だけは市場を伸ばしていると。
「和樹に……何か買ってやるかな。せっかくだし」
今月2歳なったばかりの愛息の笑顔がふと頭に浮かぶ。今ごろは妻とともに僕の帰りを待っていてくれることだろう。
子どもは、大事にしてやりたい。締め付けることなく伸々と育ててやりたい。少なくとも、僕はあの母親のようにはなりたくない。
「でもなぁ……」
躊躇が無くもない。和樹が何を好むか分からないからだ。何しろ子どものオモチャほど難しいものはないのだ。ちょっと奮発して高いものを買ったところで気に入ってくれるとは限らない。そうかと思えば荷物を発送するつもりで組立てた、ただのダンボール箱をいたく気に入って『入ったっきり出て来ない』こともある。
果たして紙の本に興味を示してくれるだろうか。
漫然と眺めていると。
「何かお探しでしょうか? プレゼントとか? よろしければお見繕いいたしましょうか」
店の主らしき初老の女性が笑顔で声を掛けてきた。
「え? ああ……そうですね。僕の子どもなんですが、2歳の」
ここはプロに頼った方がいいかも知れない。その方が間違いがないというか。あとで不評だったときに妻から「何でこういうチョイスを?」と睨まれるリスクだってあるだろう。そうなったときに「だってお店の人が『これがいい』って勧めてくれたんだもん』と言えば言い訳にもなるだろうし。
「そうですか。では、こちらへ。絵本をご紹介いたしましょう」
そう言って、店主は奥にある絵本コーナーへと僕を連れて行った。
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