ヴァンピオーネが笑う夜

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その日は、夕食の後外に出るときの服装、黒いローブに黒いワンピースを着たベニータとセレンナがエリザベッタの元を訪れていた。 「明日は遅くまで戻れないかもしれないわ」  ベニータは、心配そうにベットの上のエリザベッタの冷たい手を握った。 「街の人間が人さらいをかなり警戒してね。少し前に攫ってきた夫婦が結構街の重要人物だったみたいなの。このお屋敷のことは流石にバレてないみたいだけど、当分はここからちょっと離れた隣町の子供とかを捕まえてこようってベニータお姉様と話し合ったのよ」  セレンナも、いつものおちゃらけた様子とは違い、真剣な表情でエリザベッタを見つめた。  2人の様子を見たエリザベッタは、にっこりと笑顔を作った。 「いってらっしゃい、気をつけていってきてね」  2人に心配をかけまいと、エリザベッタは無理に明るい声を作ってみせた。 「こんなこと初めてね、一人にさせてごめんね」 「大丈夫よ。最近調子がいいの」  それは本心からだった。エリザベッタは、あの夫婦を食べた日からしばらくは非常に体の調子がよく、エネルギーがあったのだった。ぐっと拳を握って微笑むエリザベッタにベニータも安心したように微笑んだ。 「・・・そう、なるべくすぐに帰ってくるわ。お腹がすいたらさっき入れた作り置きが冷蔵庫にあるから食べてね」  そう言って、ベニータは、目でベット脇の小型冷蔵庫を示した。  ほとんどベットの上で過ごしているエリザベッタは、生活のほとんどを自室で行うことができ、基本的に扉の向こうに出ることはないのだった。 「それから」  ベニータは、すっと目を細めて射貫くようにエリザベッタの顔を見つめた。  その表情に、エリザベッタは背筋がすっと真っすぐになる。 「絶対に外に出てはだめよ。誰かが訪ねてきても出てはだめ」  エリザベッタの手をベニータは約束するようにしっかり握り、一言一言心に刻み込むようにはっきりといった。  エリザベッタは、目を少し見開いた後、またいつもの儚い笑顔を浮かべて微笑んだ。 「わかっているわ」  その様子に、2人も安心したようだった。 「無事に帰ってきてね。ベニータお姉様、セレンナ」  エリザベッタは、2人の温かい手を今度は握った。愛する姉妹が無事に帰ってくるように願いをこめて。 ***  翌日夜10時。  この日は生暖かい風がバラの花びらを散らすような日だった。 「じゃあ、いってきます」  2人は、出ていく前にエリザベッタの部屋を訪れた。  大きなリュックとキャリーケースは、エリザベッタの部屋の前に置いてある。 「いってらっしゃい、気を付けてね」 「ええ、明日の深夜2時には帰ってくるわ」  ベニータは、釘をさすようにエリザベッタをしっかり見つめて、それだけいって部屋を後にする。 「なるべく早く帰ってくるからね」  セレンナは、扉を出るときエリザベッタに小さく手を振った。  エリザベッタは、にっこりと微笑み、手を振り返した。 「いってらっしゃい」 ***  窓の外からは、2人の後ろ姿が森へと消えていくのがうっすらと見えた。闇の中だが、ヴァンピオーネは目がいいのだ。  エリザベッタは、ゆっくりと視線を動かし、闇に覆われた外を眺める。  外の世界はどんなものなのかしら。  2人の行く街とはどんなところなのかしら。  何度心に反復したかわからない言葉をまた繰り返す。  わたくしの世界はこのお屋敷の中と、窓から見えるあのバラのお庭だけ。  お父様とお母様の宝物のバラのお庭。  外の風は体に悪いからと一度も間近で見たことはないけれど、外のバラたちは本当に美しいわ。エリザベッタはうっとりと庭を眺めた。  エリザベッタは、ベニータが庭の手入れをしているのを窓の外から見るのが好きだった。  昔から、少しでも無茶すると倒れてしまうこの体を恨むわ。  エリザベッタは、何度も自分の虚弱体質を呪った。心臓のある右胸を握り、俯いた。  どうしてヴァンピオーネは死ぬことができないのかしら。  ドクン―――。  わたくしは不死身・・・。  じゃあ、一生外の世界を知らずに年老いて死ぬの?ずっとこの小さな世界のまま?  ベニータお姉様とセレンナに恋人ができて、このお屋敷から出て行ってしまったらどうしよう。  怖い・・・怖いわ。 『遅くまで戻らないかもしれないわ』  ドクン・・・! 「わたくしが何もできない穀つぶしの足手まといだから、2人は・・・そ、そんなわけないわ。わたくしはいつも、いつもそう、余計なことを考えて」  エリザベッタの世界は、この広い部屋と、窓から見える薔薇の庭と、愛する姉妹2人しかなかった。他に何もなかった。  不安になったら、すがれる人も、助けを求められる人も、ベニータとセレンナの2人以外いなかったのである。  エリザベッタは、不安になるとベットに横になって目を閉じるのが習慣だった。  運よくこのまま眠りにつくことができれば、ヴァンピオーネである不安と、大好きな2人への罪悪感、これから先の憂鬱さを忘れることができる。 「早く―――帰ってきて、2人共」 ***  エリザベッタがゆっくりと瞼を開くと、カーテンの向こう側は、変わらず闇に包まれていた。  それくらい寝ていたのかしらと、エリザベッタは視線を時計へと移した。 「夜の8時」  随分長いこと、いや本当に長いこと眠りについていたことにエリザベッタは驚きと共に少し自分に呆れ微笑した。 「お腹がすいたわ」  エリザベッタは、いつもなら2人が用意し、顔を見に来てくれる食事をその日は一人寂しくとった。冷蔵庫には、何日分かの作り置きがしてあり、エリザベッタは2人を思い出して余計に寂しくなった。  食器は、帰ってきてからまとめて洗うからカートの上にまとめて置いておいてといわれていたけれど、エリザベッタは流石にそこまで迷惑をかけるわけにはいかないわと、自信の洗面台に行って、食器を洗った。  食器を洗い終わってベットの上に戻ると、エリザベッタは一息ついて天井を見上げた。 「早く帰ってこないかしら、2人共」  エリザベッタの部屋には、いくつかの娯楽がある。ピアノ、ヴァイオリン、本、手芸道具、ぬいぐるみや人形などだが、どれもやりつくしてそれらをエリザベッタは楽しいと思えなくなっていた。  普段は恥ずかしいのでやらないが、一人で寂しいとき、エリザベッタは自分のベットの周りをぬいぐるみで埋める。そうすると少しだけ自分の周りがにぎやかになって寂しいのが紛れるような気がするからだった。  そして、いつものように何度も読んだ恋愛小説に手を伸ばす。  恋愛なんてエリザベッタにとっては物語の中にしかない空想の世界だ。  だから全く主人公の女性の気持ちがわからないし、感情移入なんでできないが、新しい娯楽を頼むには我儘な気がして何度も読んだ本に目を通すのだ。 「読み終わっても、全然暇はつぶせないわね」  エリザベッタの唯一の楽しみは2人とのお喋りだった。  外の世界の怖さ、人間の愚かさ、どういう人間がおいしいのか、最近食べた人間の話など、食事の話をするのは非常に楽しかった。  お風呂に入って体が温まったら眠れるかしらと、また眠ることを考え、エリザベッタは一人でまた寂しくお風呂に入った後、いつもなら髪を乾かしてくれる2人のことを考えながら、一人で時間をかけて髪を乾かした後、ベットに横になった。 「目を開けたら、2人が帰ってきてるん・・・だわ」  幸い、体がぽかぽかしていてお腹もいっぱいになっていた為、エリザベッタはすぐに深い眠りの世界に落ちていくことができた。  もうこんなに寂しいのは嫌だわ。  引っ張り出してきたうさぎのぬいぐるみを抱いて、また目を閉じる。運よく深く眠りにつけることを願って―――。
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