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 シュリは、その音がだいぶおさまった頃、ようやくグレンのぼやきに返事をした。 「ああ、まったく」と眉間にしわを寄せながら。 「なぁ、毎度毎度やんなちゃうぜ。ところでさぁどうなの? 分かってんの?」  とても背の高いグレンはわりと小柄なシュリの肩に手を回しながら、またまた大きな声を出す。  シュリはその手を、鬱陶しいと言わんばかりに払い除けた。  実はジェット機が二人の頭上を通り過ぎるずっと前から、どうでもいいことを能天気にしゃべり続けるグレンの饒舌ぶりに、シュリは辟易していたから。 「うるせぇのはおまえだ。少し黙ってろよ」  苛立たし気にコメカミをぴくぴく痙攣させ出したシュリを傍目に、グレンは悪びれる様子もない。逆に「何が?」とすっとぼけて見せた。  ――ああ、昔からこういう奴だったな――  シュリは顔を背けながら舌打ちをした。  片道六車線づつを分け、中央の緑地帯に空港島から続くハイウェイの高架がある通りまで来ると、シュリはグレンに向かってアゴをしゃくる。  その先には路上生活者の人々の一団がいた。 「どいつだよ?」  グレンが目を細めて窺い見る。 「写真見て分かんないか? 帽子かぶってるおっちゃんだよ」  依頼人から預かった写真を、シュリは意地悪くグレンの鼻先で振ってやる。  グレンは少し忌々しそうに、その写真を引っ手繰った。 「写真とは別人じゃん、あのおっちゃん。だいたい俺はシュリのように覚えられねぇよ」  グレンがそう言うのは、シュリが昔から人並み外れて記憶力だけは良かったからだ。  ――俺みたいな中途半端な奴の、唯一の取り柄……だったはずだ――  自分の事なのに、突然シュリは違和感に襲われた。記憶の輪郭が曖昧にぼやけるような感覚が気持ち悪い。 「そ、そんなことは分かってるよ。さっさと行ってこい!」  シュリは去勢をはって声を荒げた。  グレンはチラッとそれを見遣って、微妙な表情で笑った。 「たまにはシュリが行ってみな。きっと面白いから」 「面白い?……おまえ、俺をおちょくってんのか!」  語尾があからさまに跳ね上がる。  グレンは首を竦めながら、 「ちがうさ。ほら、ああいう手合いとは、なるべく陽が高いうちに、お相手出来たらなって思うだろ?」  と、慌てて他意がないことを告げた。  昔からシュリは社交的とは言い難かった。というか、根本的に人が嫌いなんだとグレンは思っている。 「なに寝ぼけたこと言ってんだ。別にそのスジのおにーさんじゃないんだから、昼でも夜でも違わないだろう? だいたいおまえ、そんなタマじゃねぇじゃん」  そうだとしても、そんなシュリの物言いに、グレンも素直に返事をしたくない。 「ふふん、夢見が悪かったから機嫌が悪いんだ?」 「……?」  シュリは一瞬、眉根を寄せる。 「だって、うなされてたでしょ? 昨日」  流石に薄いパーテーションを挟んだだけでは遮音など望めやしない。   「か、関係ないだろ、おまえに」  グレンに気付かれていたことを知って、シュリは殊更ぶっきらぼうな言い方をした。 「ふぅーん?」  少し思案するような素振りを見せたグレンだったが、丁度信号が変わったこともあって、あっさりと中央の緑地帯へと渡って行った。 
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