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「? 足元が消えていたなら、それは幽霊ではないのか?」
「えぇ、そうでしょう、彼女はおそらく幽霊だったのだと思います。……ですがね、お客さん。私は確かに後ろのドアを開け、中に入ってきた子を店まで連れて、シュークリームをご馳走しました。けど、私の車に入ってきたのが幽霊だったかどうかは、その時確認していなかったんですよ、姿も見えませんでしたしね」
マスターの言葉に、男は怪訝な顔をする。
「なんだマスター、それではまるで、ここにいるのは幽霊ではない、とでも言いたげじゃないか」
男の言葉にマスターは何も言わず、黒いタイルを指さす。怪訝な表情のまま男がタイルをじっと見つめてみると……。
ギョッと、身を勢いよく反らせた。黒いタイルの中には、めり込むように足跡が付いていた。人の力では到底つかないような足跡。しかもそれは指が三本に、まるで水かきでもついているかのようにペタリと広い、おおよそ人や、この世の生き物とは思えぬ代物だったのだ。
「放っておくとあちこちで地団太を踏みかねないので、そうやってそこだけを踏むように誘導しているんです。今のところは上手くいっていますね」
男はゆっくりと、固まった首を無理矢理ほぐすように、テーブル席を見直す。既にシュークリームはなくなっていた。あれだけの量を、女の子一人が食べきったのだろうか。
「多分、あそこにたまたまいたんでしょうね。言葉が分かったのかは知りませんが、ドアを開けた私の車にまんまと乗り込んで来た。そしてシュークリームを食べて、味を占めてしまったのでしょう。
それ以来、この店にずっと居ついてしまって、出ていってくれないんです……それに、悩みはもう一つありまして」
「も、もう一つ……?」
この上まだあるのか、と思うと同時に、男はマスターの言葉に違和感を持った。
出ていってくれない、と言うが、先ほど三時丁度に店に入ってきていたではないか。それまでは外にいたということではないのか。
男の疑問に、マスターは深いため息とともに答える。
「新しく入ってくるんですよ。どうやって呼んでいるのか知りませんが、雨の日の午後三時になると、仲間が一匹ずつ増えているようなんです。どれも帰った形跡はありませんから、多分今は十匹ほど、部屋の中にいると思うのですが……」
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