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第4話 私を消すのなら(ジゼルside)
一枚しか持っていないドレスを着たまま、私は思い切り湖に飛び込んだ。
(幽霊なのに、こうして湖に飛び込めば、ちゃんと水しぶきが上がるのよね)
水面に顔を上げ、自分の周りに広がっていく水紋を不思議な気持ちで眺めてみる。
さて、普段は夕方近くまで眠っているけど、今日はそういうわけにはいかない。
昨日アベル様と一緒に過ごしていた時に、とんでもないことを尋ねられたからだ。
『――ジゼルは臭いを感じるのか?』
アベル様の質問が、花の香りのことを指しているのならいい。だけど、あの時のアベル様の表情は、とても苦しそうだった。
もしかして、遠回しに私のドレスや体がとても臭うと言いたかったのではないだろうか?
自分では臭いを感じることはできないから、知らず知らずのうちに悪臭を放っていたのかもしれない。私は恥ずかしさのあまり、もう一度湖に頭までぼちゃんと潜った。
水浴びをして、体を洗って。
一枚しか持ち合わせていないこのライトブルーのドレスも、ついでに一緒に洗ってしまおう。
ドレスを洗ったら、刺繍をしようと思う。
この前作った花冠の小花の色に合わせて、草花で染めた刺繍糸を使って。
◇
「アベル様、こんばんは!」
「ジゼル、どうした? すごく息が切れてるけど、大丈夫か?」
ドレスがなかなか乾かなくて、夕日の当たる山までひとっ走り持って行って乾かしていたのがバレたのだろうか。アベル様は私のことをなんでもお見通しだ。
私はその場でくるっとターンして、自分で刺繍をしたドレスをアベル様に披露する。
目を細めて、ドレスのことを「可愛い」と褒めてくれたアベル様。
私の運命の人であるはずの貴方は、変わらず私を愛してくれているかしら?
貴方が私の運命の人で、本当に間違いないかしら?
「そういえば最近、アベル様以外には誰もここにいらっしゃらないのです」
「そうだろうな。みんな君の石投げ攻撃に怖気づいてしまったんだろう」
「ふふ……! それなら良かったです! ところでアベル様、今日はお互いに弱点の披露をするっていうのはどうでしょうか? 私の嫌いなものを、アベル様にお伝えしようと思います」
「ああ、そうしよう。この前は君の好きなものを聞いたから、今夜は嫌いなものを聞かせてくれ」
そう言って、彼はいつもの椅子に腰を下ろす。
アベル様がここに来てくれるようになってから、一か月が経った。
アベル様は私の心を欲しいと言ったけど、二人で長く共に過ごすうちに、私も心を捧げたいという気持ちになった。
アベル様のことが大好きだと、確信した。
だから今夜は彼を信じて、私の嫌いなものを伝えようと思う。私が彼に心を捧げる前の、最後の関門だ。
「じゃあ俺が先に言おうか。俺の嫌いなものは、何を隠そう、酒だ」
「お酒? 騎士の皆様は、みんなで一緒に酒場に行って飲んだりしないのですか?」
「そこが問題なんだ。俺の仲間はみんな酒好きで、浴びるように飲んでも全然酔わない。でも俺は下戸なんだ。恥ずかしいから周りには言えないが」
この家には私とアベル様しかいないのに、なぜか小声になったアベル様が可愛らしい。
私たちは顔を見合わせて笑いあった。
さあ、次は私の番だ。
せっかくアベル様がこうして秘密を教えてくれたのだから、私も自分の弱点を伝えよう。
――私を、消し去る方法を。
「じゃあ次は私ですね」
「そうだな。俺がこんなに恥ずかしい話をしたんだから、ジゼルもちゃんと嫌いなものを言ってくれ」
「分かっていますよ」
(私は、貴方を信じているから。ちゃんと言うわ)
震える手を見られないように、私は両手をテーブルの下に隠した。
「私が嫌いなものは、鏡なんです」
「鏡? あの、自分の姿を映す鏡?」
「はい。幽霊は鏡で自分の姿を見ると、消滅してしまうのです」
「…………消滅……?」
アベル様が絶句している。
私を消し去る方法を、突然伝えたのだ。驚くのは当然。
さあ、貴方はこれを知って、私を消す?
それとも、私の捧げる心を受け入れて、私を人間に戻してくれる?
「ここに……この家には、鏡はないんだな? 湖の水面とか、窓のガラスとかは大丈夫なのか!?」
「ええ、それは大丈夫みたいです。私が怖いのは、あのハッキリと自分の姿が映る鏡です。この家にはありません」
「そうか、良かった……」
アベル様は椅子の背もたれにもたれかかって、力無く天井を仰いだ。
(貴方の気持ちを試すようなことをしてごめんなさい)
アベル様が私の心配をしてくれている姿を見て嬉しい気持ちになるなんて、私はなんてねじ曲がった性格をしているんだろう。
貴方が本当に私のことを愛してくれているのか、試すようなことをしてしまった。
「アベル様。初めにお約束した通り、私の心を貴方に捧げます。明日、夏至の夜。もう一度ここに来てくれますか?」
私は立ち上がり、アベル様の側に立つ。
苦しそうな顔をして私を見るアベル様に申し訳ない気持ちで、私はアベル様をぎゅっと抱き締めた。
私は幽霊だから、貴方に触れることはできない。
でも、私のサファイアのオーラの熱が、少しでも貴方に伝わりますように。
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