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第6話 新月の闇の中で(ジゼルside)
『――君の心は要らない』
アベル様は、ハッキリとそう言った。
貴方が私の運命の人だと思っていたのに。
共に時を過ごして、想いが通じ合ったと思っていたのに。
私はここで、永遠に幽霊として存在し続けるしかないのだろうか。
アベル様と過ごす時間は宝物のようにキラキラと輝いていたから、もう他の人を待つ気にはなれない。アベル様が運命の人じゃないのなら、いっそのこと、このまま消滅してしまいたい。
いつか運命の人が迎えにきて私を愛してくれたら、私は人間に戻って幸せに暮らせる――ずっと、そう信じていた。
アベル様は、色々調べるからこのままここで待っていて欲しいと言った。私の心を拒絶したくせに、一体何を調べて戻って来ようと言うの?
鏡をここに持ってきて、私を消滅させるの?
私の弱みを知っている彼なら、それができる。鏡を見たら私は消滅して無に戻るのだから。
(もう、それでもいいかもしれない。早く消滅したい)
涙でぐちゃぐちゃになった目をこすりながら、私は家の中をキョロキョロと見回した。しかし残念ながら、この家には鏡はない。
無になりたくても、なれない。
◇
夏至の日の夜、湖のほとり。
月を見ながら考えごとをしようと思ったのに、今日は残念ながら新月だったようだ。長い昼が終わってようやく夜を迎えたオルタナの森は、いつも以上に深く漆黒の闇に包まれている。
湖の中に両足を付け、岸にそのまま寝転んで夜空を見上げてみる。ジージーと鳴く虫の声だけが、あたりに小さく響いていた。
そんな静寂を、遠くで小枝を踏む小さな音が遮った。
(誰か、来たの? もしかしてアベル様?)
湖に足を付けたまま、私はその場で身をもたげる。
彼にはまだ私の姿が見えるだろうか。それとも、このサファイア色のオーラだけが見えるのだろうか。
月明かりのない今夜は、近付いて来る人がアベル様なのかどうか、すぐには確認できない。もしかしたら、また幽霊狩りが現れた可能性だってある。
念のため、石を積んである場所まで移動しよう。
そう思った瞬間。
「そこにいるのか?」
聞こえてきたのは、聞いたことのない男の声だった。
暗さで顔は見えないが、私たちの距離は人の背丈三人分くらい。大人の男性なら一瞬で詰められる至近距離だ。
(怖い……!)
剣を鞘から抜く金属音がして、私の青いオーラの光に照らされて盾らしきものが見える。盾には、何か布のようなものがかけられていた。
(……もしかして、鏡なの?)
男が布に手をかける。
私は湖から両足を上げ、濡れた裸足のまま無我夢中で走り始める。
(嫌よ、まだ消えたくない!)
「おい、待て!!」
背後から、大きな足音が私に追って来る。
体にまとうオーラが、目印になってしまっているのだ。
あの鏡で自分の姿を映して見れば、私は消滅する。無になる。
アベル様と過ごした大切な時間の思い出も、無くなってしまう。
最後にアベル様にもう一度会いたかった。ちゃんとお別れを言いたかった。
私は息を切らせながら、必死で男から逃れようと走った。
この幽霊狩りが私に直接触れられないのだとしても、あの剣は私の体を切り裂くだろう。
(とりあえず家の後ろ側に回って、この男からオーラを隠さなきゃ!)
そう思って角を曲がろうとしたその時、シャン! と空を切る音がして、小さなナイフが私の肩に刺さった。
突然の燃えるような痛みに、そのまま私は地面に倒れ込む。
「手間をかけさせやがって」
低く太い声の大男が私の側に近付いた。
大きな鏡らしきものを地面に置くと、私のオーラを目印にして、倒れた私の体のすぐ横に立った。
うつ伏せに倒れれば良かったのに、肩に刺さったナイフを咄嗟に抜いた勢いで、仰向けに倒れてしまった。このまま目の前で鏡を見せられたら、もう一貫の終わりだ。
男は両手で剣を下向きに握り、私の体を跨ぐように大股で立った。
「このオーラの中央あたりが心かな?」
剣先が心の場所を探るように、私の胸のあたりをゆらゆらと揺れる。湿った空気を割くように、金属音がヒュンヒュンと鳴った。
(大丈夫、私は幽霊なんだから。刺されたって死なない。痛みに耐えさえすれば大丈夫よ)
恐怖をごまかすように、私は何度も自分に言い聞かせる。
男は思い切り剣を両手で振り上げると、私の体の中心をめがけて、一気に突き下ろした。
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