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第7話 ヘレナの交換条件(アベルside)
ジゼルの元からオルタナの街に戻り、その足で騎士団長の元に向かった。こんな深夜に屋敷を訪ねるのは失礼だということは重々分かっていたが、一刻も早く伝えたいことがあったからだ。
屋敷の使用人になんとか頼み込み、応接室で団長を待たせてもらった。ふと横を見ると、部屋の中にある大きな鏡が目に入り、ジゼルの言葉を思い出して顔が歪む。
「幽霊は、鏡で自分の姿を見ると消滅するだって……? ふざけるな!」
誰もいないのをいいことに、俺は目の前のテーブルの上に拳を叩きつけて苛立ちを抑える。
もう、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
とにかく時間が欲しい。彼女を救う手立てを調べる時間が。
そしてその間、俺以外の騎士がオルタナの森に入らないように止めておかなければならない。
俺が森に入るのを諦めたと見れば、我こそはと幽霊退治に向かう騎士が出てくるだろう。ジゼルが再び危険な目に合っているのではないかと心配しながら、書庫に篭って調べものなんてできるはずがない。
しばらくすると、バタバタと大きな足音と共に扉が大きく開いた。
「アベル! こんな時間に訪ねて来たということは、幽霊を退治したのか? サファイアが手に入ったのか!?」
「……団長、申し訳ありません。サファイアは手に入りません。今日は、幽霊退治をすぐにでも止めて頂きたいとお願いしに来ました」
頭を下げた俺に、訝し気な視線が注がれているのを感じる。
「一体どうした……? もしかしてお前、実はサファイアを手にいれたのに独り占めしたくなったのか? お前もヘレナとの結婚を真剣に考えているのだと思っていたんだが……違ったのか?」
「申し訳ありません、全て私の失態です。ヘレナ嬢にはきっと、他にふさわしい方がいらっしゃいます」
「ふざけるな!! ヘレナは、お前からサファイアを受け取ることを楽しみにしていたんだぞ。その気持ちを踏みにじるだけでは飽き足らず、他の騎士にも幽霊退治をやめさせろとはどういう了見だ!」
団長の怒りをかった俺は、朝方まで団長と言い合いを続けた。
最終的には団長が俺の粘りに根負けし、幽霊退治を辞めるように騎士団に周知することで決着した。
改めてヘレナにお詫びに来ると伝えて屋敷をあとにする頃には、もう東の空が白み始めていた。
「……アベル様!」
門に手をかけた俺の後ろから、ローブを羽織ったヘレナが駆け寄って来る。
「アベル様、お待ちください! 私、少し貴方の話を聞いてしまったの。ごめんなさい」
「……そうですか。ヘレナ嬢、申し訳ありません。私の行動が貴女に要らぬ期待をさせてしまった。今日はこの時間ですので、貴女には改めてお詫びに来ようと思っていました」
「いいえ、アベル様は私に婚約を申し込んだわけでも、私のことが好きだとも一言も言っていない。私が勝手に勘違いして期待してしまっただけなんです。だから気にしないで欲しくて、声をかけました」
ヘレナの瞳は潤んでいる。眠れなかったのだろうか、目の下にはクマのような影ができていた。
「申し訳ありませんでした。また、改めて伺います」
「いいのです、アベル様。でも、その代わり……一つだけお願いがあるんです。聞いて頂けますか?」
「お願いとは?」
ヘレナは俺に近付き、上目遣いでじっと見る。
「貴方への想いは諦めます。だから代わりに、今晩だけでいいから、私に時間を頂けないかしら? 夜会のエスコートをお願いしたいのです」
「それは……」
「お願い、一度だけでいいのです。それで私はきっぱりアベル様のことを諦めますから」
「今日は少し調べたいことがあって、時間がないのです。申し訳ないのですが、他のお願いでしたら……」
「あら、それなら今日の日中に調べ物をなさったらどうかしら。お父様が、アベル様は眠れなくて疲れているだろうから、今日の騎士団の訓練は休むように言っていました。日中は調べものをして、夜は私のエスコート。いかがですか?」
団長との根競べのあとは、ヘレナとの根競べだ。
眠さと疲れでこれ以上戦えないと思った俺は、しぶしぶ彼女の願いを受け入れた。
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