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その日は、雨が降っていた。
いつも通り最寄駅始発の電車に乗るために、少し早めに家を出た。雨だといつもより歩くのが遅くなってしまうから。
駅に着くと、ホームには人人人…。どうやら、電車が異音のため安全確認を行っているとのこと。
始発電車もホームに現れない。増えていく始発電車を待つ人の列。
始発ではない電車が隣ホームに現れたが、せっかくの始発を逃す気にもなれない人は隣ホームに見向きもしない。私もそんな一人であった。
SNSの検索で、路線の運行情報を調べようとしたら、次々つぶやかれる路線に対する罵詈雑言。
「こんなにトラブルで遅れるなんて、発展途上国の列車じゃあるまいし」
のような発言もあったが、そもそも発展途上国は列車が本当に動いているかも危ういんじゃないかなぁなんて思ったりもした。
そうこうしていたら駅のアナウンス。
「本日に限り、当駅始発の電車は運転を取りやめます」
そのアナウンスが聞こえた途端、私の両隣にいたサラリーマンが同時に舌打ちをした。あまりにも息が合っていたのが清々しいくらいだった。
朝から怒りに血圧を上げていた人がそのホームにはそれなりの人数いたということか。
隣のホームに電車が入ってくる。既に満員だ。けれどどうやらこちらの電車のほうが先発らしい。そろそろ私も出発しないと遅刻するのでおとなしく隣のホームに移動し乗車する。
乗車して振り返ると、なんとそこには運転取りやめになったはずの始発電車が入ってきているではないか。
それを見た先ほど舌打ちをしたサラリーマンはまた舌打ちをして始発電車に向かって行った。けれど、もう座れないだろう。
私は先に出発する満員電車に揺られながら最寄駅を出発したのだった。
次の問題が起きたのは、最寄駅から2駅先のターミナル駅であった。
「後続の電車を先に通します」
なんと、あの始発電車におとなしく乗っていたほうがよかったのである。
しかし、今度はその電車に急いでいる人々が集中する。
「混雑緩和のため、分散乗車にご協力ください」
もう遅刻してもまっとうな理由があるからよいと思い、私はアナウンスに従うことにした。
満員電車ではなくなったが、それでもそれなりに混み合っている。
私の乗った電車は先ほどの始発の他、もう一本違う路線から乗り入れた電車を先に通し、やっと出発した。
電車に揺られている間、私はぼんやり窓の外の景色を見ていた。どんよりとした空から雨がしとしとと降っている。
車内は沈黙が保たれているが、ピリピリした空気をまとう人と、もう諦めてどうにでもなれという人に二分されていた。ちなみに私は後者である。
駅に到着すると「降ります!」とわめきながら人を押し退けて降りようとする女性の声がした。
そんな無駄な労力を使わなくても静かに「降ります」と言って、あとは前の人に着いて行けばいいものを、と呆れてしまった。ちなみにその駅は乗降客が多いターミナル駅である。
そんなに職場に急いで行きたいのだろうか。別に仕事が大好きというわけでもなかろうに。
私は一分一秒でも遅く出勤したいので、そういった行動が本当に信じられなかった。
しばらくして、私の目の前の人が降車した。それなりに満員電車で疲れていたのでラッキーと思い、すかさず座ったはいいものの、私の目の前に推定八十代のおじいさんが現れた。
なぜそのくらいの年代のおじいさんがこの時間帯の満員電車に乗っているか不明である。病院にでも行こうとしているのだろうか。立っている姿もどこか心もとない。
せっかく座れたのも束の間「よろしければどうぞ」と、私はおじいさんに席を譲った。
「ありがとう」と、おじいさんは笑顔で席に座った。
その瞬間だけは、殺伐としていた車内を少し和ませることができたかもしれない。その後おじいさんは一分もしない間に熟睡した。よっぽど疲れていたのだろう。
結局私は職場の最寄駅まで座ることができなかった。
そしてやや早歩きで職場に向かい、出勤を出勤時刻ちょうどに押した。
朝礼にはやや遅れたが、別に遅刻もしなかった。
総合的に見て、問題ない朝であった。
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