9月1日

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9月1日

 36年後、2022年9月1日、吉岡町の森琴という集落を1台のクラウンが走っている。その中には4人の中年の男性と1人の若者が乗っている。あの時の俊介と同じ49歳になった和夫と息子で大学生の和智(かずとも)、優太と智也と塚田だ。秋平に戻ってタイムカプセルを掘り起こしに来たようだ。  あれから36年、森琴は大きく変わった。吉岡線が廃止されたのはもちろん、森琴村が吉岡町と合併した。森琴という名前は集落を残すのみだ。人口はそれ以降も減り、ついに旧森琴村の部分だけでも200人を割り込んでしまったという。36年前と比べて民家が少なく、廃屋が更に目立つ。全く知らないが、おそらく秋平という集落はもうないだろう。4人は薄々感じている。  和夫はあれからまじめな性格になり、成績が上がった。名門私立校、名門私立大学を経て、父と同じ会社に入社した。それからは出世街道をひた走り、俊介以上の役職、常務になる事ができた。数年前に亡くなった俊介もそんな和夫を誇りに思っていたようだ。  車内の5人はみんなマスクをつけている。2019年の暮れに中国で起こった新型コロナウィルスは翌年に日本でも流行し始め、何度も波を繰り返しつつ全く収まる気配がない。外に出る時はマスクが手放せなくなった。度々彼らは思う。どうしてこんな時代になったんだろう。だが、生きる限り乗り越えなければならない。何度もワクチン接種してもその度に変異が現れる。いつになったらそのいたちごっこは終わるんだろう。  森琴は夕立で大雨が降っている。あと少しで秋平に着くというのに。それまでに止んでほしい。5人は着くまでに止む事を願っていた。  5人が乗ったクラウンが左折して、古びた橋を渡った。その先が秋平だ。あれから36年。どうなっているんだろうか? まだ家は残っているんだろうか? まだ人は住んでいるんだろうか?  橋を渡り、5人が乗ったクラウンが秋平にやって来た。秋平には田畑が広がっている。まだ誰かが農作業をしているようだ。だが、人の気配はない。もう誰も住んでいないようだ。シゲの家はすでに解体されて更地となっている。だが、地面はそのままだ。タイムカプセルを埋めたあたりにある木もそのままだ。残っている民家はここで農作業をしている人々が物置として使っているようだ。 「ここが、故郷?」  和智は辺りを見渡した。和智は秋平の事はあまり聞いた事がない。だが、ここに来たからこそ今の自分はあると聞かされた。  シゲの家があった更地で5人は車から降りた。その頃には雨が止んでいる。辺りは蒸し暑い。9月になったが、まだまだ8月のような暑い天気だ。ここに来たのは、ここに埋めたタイムカプセルを掘り起こすためだ。 「ここがおじいちゃんの家だよ」  和智はシゲの家を思い浮かべた。写真でしか見た事がない。だけど、確かにそこに茅葺き屋根の家があった。 「ふーん、でも、もう何もないよ」  和夫は寂しそうな表情だ。秋平は消え、思い出にしか残っていない。だけど、思い出はこれからも語り継がれていく。 「だけど、ここにあったんだ。集落すらも消えたけど」  と、和夫は庭があった所を掘り起こした。36年前、ここに埋めたタイムカプセルを掘り起こすようだ。優太と智也はその様子をじっと見ている。塚田と和智はその様子を不思議そうに見ている。 「どうしたの?」  塚田は度々この家に来たことがあるが、ここにタイムカプセルが埋められている事が知らなかったようだ。 「ここに埋めたものがあるんだ」  しばらく掘っていると、銀色の容器が出てきた。それがタイムカプセルのようだ。和夫は4人にタイムカプセルを見せた。タイムカプセルはステンレス製で、全く錆びていない。 「何これ?」 「タイムカプセルだよ」  4人はタイムカプセルをじっと見ている。優太と智也は真剣な目で、塚田と和智は興味津々だ。 「へぇ」 「36年前、ここに埋めたんだ」  和夫はシゲと過ごした夏休みを思い出した。あの夏が自分を大きく変えた。あの夏がなければ、自分は会社の常務になってなかっただろう。 「どうして?」 「今の自分に読んでもらうためにさ」  和夫はタイムカプセルを開き、中に入っていた紙切れを開いた。そこには36年前の自分が書いた36年後の自分へのメッセージだ。 「どうして?」 「36年前、僕はいけないことをしたんだ。だから、今の自分にいい子になってるか手紙を書いたんだ」  和夫は手紙をじっと見て、黙読している。和夫はいつの間にか涙を流していた。どうしてかわからない。 「そうだったんだ」 「おじいちゃん・・・」  和夫は空を見上げた。シゲは今も遠い空から和夫を見ているんだろうか? タイムカプセルを埋めていたことを知って、どんな反応をするんだろうか? 「こんな事があったんだね」 「おじいちゃん、僕、いい子になったよ」  和夫は笑みを浮かべた。すると、雲が切れて辺りが晴れてきた。今さっきまで曇っていたのに。和夫は驚いた。まるで和夫が秋平に帰ってきた事を喜んでいるようだ。ひょっとして、シゲが起こした奇跡だろうか? 「晴れてきた!」 「きっと天国で喜んでいるんだ」  その時、1人の少年がやって来た。ここに住んでいる子供のようだ。少年は5人の様子をじっと見ている。もう誰もいない集落なのに、農作業をする人じゃなさそうなのに、どうしてここにいるんだろう。 「ん?」  誰かの気配を感じ、和夫は振り向いた。そこには少年がいる。まさか、まだ森琴に子供がいたとは。 「おじちゃん、ここに何しに来たの?」 「36年前の自分に会いに来たんだよ」  和夫は笑みを浮かべた。少年は首をかしげた。36年後の自分に会いに来た、という意味がわからないようだ。  5人はクラウンに乗り、集落を後にした。少年はその様子を見ている。和夫は思った。この子はどんな大人になるんだろう。できればいい子に育ってほしいな。僕のように道を踏み外してでもいい。だけど、それがきっかけでいい子になってほしい。いつかこの町を離れる事があっても、ここで過ごした思い出を忘れないでほしい。  36年後の和夫へ  和夫、元気にしてるか? 36年後、お前はどんな大人になっているか?  13歳の頃、お前はいい子じゃなかった。あの時、みんなに迷惑をかけた。  だから、お前はおじいちゃんと約束したよな、いい子になるって。  その約束、今でも守っているか? 遠い空から、おじいちゃんが見ているぞ。頑張れよ!  思えば、あれから36年経つんだな。どんな時代になったか?  どんな仕事に就いていてもいい。いい大人になれよ。
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