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「来る! 来るよ! お兄ちゃん!」
青が広がる樹林の中、僕らの家はあった。都会から引っ越してきて3ヶ月。僕はまだ慣れない。
学校帰りに寄るゲームセンターもない。お菓子を買えるスーパーもない。テレビゲームを持っている友達もいない。つまらない。
ただただ広がる青。青しかない。一色の世界。
繁る木の葉は錆納戸。樹木は藍海松茶の表皮が覆う。花浅葱の草が生い茂り、白縹の花が咲き乱れる。
僕はそんな世界に背を向けゲームに打ち込む。妹が隣で窓の外を眺めながらぴょんぴょんと跳ねている。
「お兄ちゃん、しー」
ゲームを両手で覆われ、音を消せとせがまれる。仕方なく電源を切り、一色だけの世界に視線を移す。
妹が上を見るものだから、僕もつられて空を見上げる。また青だ。空を覆う分厚い雲は藍鼠色。
音までもがなくなった世界に嫌気がさした僕の耳に、空から音が迫ってきた。なんだこのスノーノイズ。どんどん大きくなる。近づいてくる。それが僕の頭上まで迫った刹那。
「――雨音だ」
僕の声を聞くや否や、妹が裸足のまま外へ飛び出す。
霧を含んだ荒梅雨の驟雨。
雨と草と泥のにおいが立ち込め、青葉や木々が露を纏う。
雑草の絨毯の上を妹が舞う。白いワンピースが翻り、それはまるでモンシロチョウ。
色のないと思っていた世界がみるみる色づく。それは生命の色。音と色とにおいが五感に刺さる。
気づけば僕の目に涙があふれる。
蝶のように舞っていた妹が僕に気づく。
「ママー!お兄ちゃんが泣いてるー」
「もう、喧嘩はしないでよ。やだ、どろどろじゃない」
全ては青だと決めつけていた僕が初めて美しさに涙した日。
僕は思い切って青かった世界に踏み出した。
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