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「なんですかこれ、なんなんですか……」
絞り出すように聞くのが精一杯だった。怒涛の展開に必死で喰らいついてきたが無理はもうとっくに通り越していた。
正気度がガリガリ削られてゆく。
でもこれ慣れちゃいけないやつだ。慣れたら人として駄目なやつだ。
「『呪い』だよ?」
「『呪い』だな」
「そんなの分かってますよお!」
「んんー、『呪いの人形』にも二通りあってね。人形自身が意思を宿すものと容れ物として他者の魂を宿すものがあるんだよ」
包んだTシャツ越しに先生が人形の頭を撫でる。
「この子は後者だね。悪意は篭ってないから吸い寄せちゃったんだろうねえ」
「呪いなのに悪意がない??」
「『願い』は『呪い』になるって事さ」
先生の人形を見る目つきが変わる。
憐んでいるような、蔑んでいるような、そしてどこか突き放したような冷めた目。
視線は人形ではなく何か違うものを見ているようだった。
しかしそれもほんの一瞬の事で、すぐにいつもの締まりの無い表情に戻った。
「この子の経緯は分からないけどね、そんなとこじゃないかなあ。まあ害もなにもない、呪いとしては面白みのないものだ」
「機械仕掛けで動く人形の電池が入れ替わる、くらいのつまんねえ芸当だわ。このままじゃな」
イシノモリさんが含みをもたせた言い方をした。口の端が上がってなんかちょっと、いやすごく悪い顔になってる。
「害ありまくりじゃないですか……」
「なあ、ところでよ。どうすんだこれ」
これ、とイシノモリさんが指差したのは気を失ったままの七海と葵だった。
「ああ、思わず出しちゃったねえ」
やれやれ、と言った感じで先生はわざとらしく頭に手を置いた。
「なに言ってるんですか、神隠しから救ったんですよ! しかも二回も!」
「怪しそうなんじゃなくてホントに怪しかったんですね、先生!!」
「キミ、どさくさに紛れて本音吐露しすぎじゃないかい?」
先生にジト目で睨まれてしまった。しまった、つい正直になりすぎた。
「え、あれ? と、とにかく見直しました先生!!」
「あ、でもこの状況ってマズくないですか、こんなの誰も信じてくれませんよ。誘拐だ、これじゃあ誘拐そのものだ」
そうだ、こんなの誰も信じない、理解できる訳がない。
行方不明だった女の子たちは呪いの人形に閉じ込められてました、けど助けたから大丈夫でーすとか言ったところで「はいはい、詳しくは署で聴こうか」って連れて行かれるに決まってる。
理不尽だ、報われない。世の中は不条理に囲まれている。
先生やイシノモリさんなんてもう出てこれないんじゃないだろうか。
そしたら店は潰れて僕は無職。
ん?
ん??
もしかして解放されるチャンス?
「出たよ、『鈍感力』」
「かなりのものだね、まったく」
突然のチャンス到来に水を差され、思わず怪訝な表情を二人に向ける。
白けた様子の二人はそんな視線を気にする様子もなかった。
「それじゃあ、後始末しようか」
「止めてください、何考えてるんですか」
僕を一瞥した後、先生は面倒くさそうな足取りで七海と葵の頭側に回り込む。
そしてゆっくりしゃがむと二人に囁いた。
「『七海』さん、『葵』さん、『帰りなさい』」
忽ち女の子たちの姿が薄くなっていき、そのまま消えていく。
「なんですかこれ! なんなんですか?!」
「語彙力なし男か、オメエ」
「そりゃ彼女たちに身体はないからね」
よっこいしょ、と大袈裟な掛け声と共に先生が立ち上がった。
「幽霊ってこった」
イシノモリさんが信じられない一言を付け足す。
「いやまさかそんな、『幽霊』とか、そんな、呪いよりもっとあり得ない!」
「そうだ、さっき触れましたし!」
「幽霊は触れないってあれ嘘だよ。視えるのなら触れる。視えないのなら触れない。単純な話さ」
「そもそもこんな異様な雰囲気の店に惹かれる奴は、ソイツ自身にもなんかあんだよ。健康な奴は病院に来ねえってな」
「じゃあ先生は初めから……」
「稀によくあるって言ったろう?」
「今は7月、衣替えはとうに終わってるよ」
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