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「そういえば先生って、いっつもどこ徘徊……じゃなくて、出掛けてるんですか?」
団扇で仰ぎながら、ふと頭に浮かんだ疑問がうかつにも口を滑った。
温暖化の影響だか何だか知らないが、初夏だというのにすでに暑い。
骨董品屋の店内には一応クーラーがあるにはあるのだが、古いためすこぶる利きが悪い上に物が無造作に置かれているため、空気の通りが滅茶苦茶悪い。
そこに加えて通り雨の湿気のせいで店内は異常に蒸し暑いのだ。
そしてやはりというか相変わらずというか、お客さんはまったく来ない。
まったく来ないのだから相変わらずやることが無い。
やることが無いからこのうだるような暑さを紛らわせる事も出来ない。
だからつい、魔が差してしまった。
ああ、聞いてしまった――。
先生の仕事はろくなもんじゃない。
骨董品屋を隠れ蓑に呪いの品の収集売買、それが先生の仕事だ。
以前危うく……殺人鬼になるところだった。
本当に本当に本当に、ろくなもんじゃない。
関わりたくないから、先生の仕事については、かなり、気を付けて、触れないようにしていたのだが聞いてしまった。
聞き流してくれるのを祈りながら先生を横目で見る。
先生はカウンターで売り物の昭和期の古い扇風機に当たりながらうな垂れていたが、僕の言葉を聞くや跳ねるように顔を上げた。
「聞きたい? ねえ聞きたいかい?」
満面の笑みで子犬のように目を輝かせる先生。
もう嫌な予感しかしない。
「あ、やっぱいいです」
「なんだいなんだい、焦らさないでくれたまえ。本当は聞きたいんだろう? まったく仕方がないなあ」
普通焦らすのは話し手側なのでは、と思ったが口を挟む間も無く先生は話を続けようとする。
「あそこに――」
先生が意気揚々と話し始めようとしたタイミングで店の扉が開いた。
「うっわーなにここ、ヤバくない?」
「なんか色々あるねー」
学校帰りだろうブレザーの制服姿でショートヘアとセミロングの女子高生二人組が店内を見渡しながら入ってきた。
「いらっしゃぃま、せー!」
間一髪、先生の話から逃れられた安堵と嬉しさで思わず上擦った変な声が出てしまい、慌てて言い直す。
怪しい雰囲気の中、妖しい声色で不意に声をかけられたからか、二人は軽く悲鳴を上げた。
「お、お邪魔しまーす……」
バツが悪そうにショートヘアの娘が返事する。小声で「ビックリしたー」「そりゃ店員さんいるよね」とか喋っている。
冷やかしなのは一目瞭然だったが、なんと来客はバイトを始めて二回目だった。前のヤクザ者は関係者だったので実質初めてのお客さんだ。
「珍しいですね」
釣られてこちらも小声で話す。
「ん、稀によくあるよ」
話を中断されて再び扇風機に顔を向けた先生が矛盾したことを言う。
つまり、客は稀だが来るのはもっぱら好奇心旺盛な女子高生くらい、ということだろうか。
「んっふふふー」
粘り気のある嫌な笑みをこぼす先生。
「好奇心、猫を殺す」
口角がいやらしく上がる。
「やめて下さい、先生」
興味本位で店内を見回っていた二人だったが、セミロングの娘が古いフランス人形が並ぶ前で魅入られたかのように立ち止まった。釣られてショートヘアの娘も立ち止まる。
「どうしたの、七海?」
七海と呼ばれた娘はしばらくそのままだったが
「葵……私この子、お迎えする」
そう言うと濃い青緑色の服を着たフランス人形を抱えた。
「ええ、マジ? 止めときなよ、なんか怖いよ」
慌てて葵が待ったをかける。
「可愛いよ、なんか吸い込まれそうな瞳してるし」
「ますますヤバくない?」
七海は制止の声が聞こえていないかのようにこちらを振り返った。
「すいませーん、この子幾らですか?」
「あ、はーい……え、えっーと、先生、幾らですか?」
今までお客さんが来なかったから気付かなかった。なんてことだ、僕は品物の値段を知らない。
扇風機に当たったまま目線を動かさず先生が答える。
「それはねえ、19世紀フランスのビスクドールだから」
「ヤバ、絶対高いヤツじゃん」
葵が即座に反応する。
「千円」
「え?」
「千円でいいよ」
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