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「めっちゃ叩き売りましたね」
破格の値段を提示された七海は人形を抱えて嬉しそうに、葵は諦めた様子で帰っていった。
「そうかい? あんなもんじゃないかなあ」
先生は扇風機の前から全く動かない。どころか勝手に首を振りだした扇風機の頭を掴んで自分の方へ固定している。非道い。
「いやいやいや、アンティークのフランス人形なんですよね? そういうのって高いもんじゃないんですか、よく知らないですけど」
「どうなんだろうね、興味ないからなあ」
「いや、先生骨董品屋……」
問題発言だ、骨董品屋が骨董品に興味がないってどういう事だ。
なんにせよ、正真正銘初めてのお客さんだった。
感慨深いものが沸き起こるかと思ったけど、なんか案外普通だ。
少し拍子抜けしてカウンターに身体を預ける。
「あの、一応聞きますけど、さっきの人形変なものじゃないですよね?」
「フランス人形=呪いとか、ベタだねえキミは」
呆れた様子の先生。
「で、ですよねえ、ははは」
よかった、まさかいくらなんでもそんな物を売るわけが――。
「ちょっと常に視線を感じるだけさ」
「売ったらダメなヤツじゃないですか!」
「まあ呪いとしては価値がないからね、千円」
「基準! 物差しがおかしいです、先生!!」
思わずカウンターを勢いよく叩く、乾いた大きな音が店内に響き渡った。
はっとして店内を見渡す。
「え、ちょっと待ってください。店に並んでるのって普通のガラクタじゃないんですか?!」
「どさくさに紛れてストレートだな、キミ」
「言っただろう? 『少し』『不思議な』骨董品屋だって」
「ここにあるのは全て曰くつきの呪いの品さ」
「は……?」
思考が停止する。
わかってた筈じゃないか、ここは普通じゃないって。
落ち着け、大丈夫、僕の認識を書き変えればいい。
骨董品屋は隠れ蓑でもなんでもなくて、ただただ嘘。
『非常に』
『危険な』
『呪物屋』
と。
ああ、眩暈がする。
僕は堪えきれずカウンターに突っ伏した。
「呪いの品に骨董品もあるよ?」
僕の狼狽を尻目に先生がうそぶく。
「大体キミさ」
「呪いの効かない体質、『鈍感力』でなんともないだろうに」
自分にそんな力があるとは認めたくなかった、だが前に殺人鬼にならなかったのはそのおかげらしい。
現に呪いの品に囲まれて何の影響もないのもやはりそういう事なんだろう。
「でね、この間どこに行ってたのかと言うとだねえ」
「唐突ですね……」
「お待ちかねだったろ?」
明らかにお待ちかねだったのは先生の方だ。
けど突っ伏した身体を起こす気力もない、これ以上は情報過多だ。このまま聞き流そう。
「さっきの人形、この間あるアンティークショップで見かけたんだよ」
「見かけたというか見られてたんだけどね」
「で、随分新しいものだなあって」
また矛盾したことを言う。少し気になって顔を上げた。
「え、あれって19世紀フランスのビス?ドールなんですよね」
「ビスクドール。まあそうなんだけど」
「呪いの品としては面白みのないものだったけど、あんまり見つめてくるから去り際に手を振ったんだ」
「先生……」
「レディに見つめられたら挨拶するのがエチケットだろう?」
「そしたらさ、次の日いたね。店の中に」
「めっちゃ気に入られてるじゃないですか!!」
たまらず反射的にカウンターから上半身を起こす。
「じゃあ明日戻ってきてたり……」
悪寒が走る。
「どうだろうねえ、楽しみだねえ」
先生は心底楽しそうに笑っている。とても眩しい。
どうしたら30代後半のおっさんがこんな無垢な笑顔を出来るんだろうか。
気が抜けて再びカウンターにうな垂れる。
「ところで最近この辺りで何かあったかい?」
先生は僕の向こう、扉の方を見ていた。真顔で。
話題を変えようとしてるのだろうがそうはいかない。
「あの人形と関係があるんですか?」
「ふむ、キミの『鈍感力』は相当なものだねえ」
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