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朝だ。
朝が来てしまった。
窓から差し込む爽やかすぎる朝日を恨めしく思いながら、渋々とベッドから這い出す。
呪いのビスクドール。
常に視線を感じるとか憑いてくるとか、先生は価値がないって言ってたけど十分過ぎるほど、怖い。
しかも話に影響されたからか、ずっと誰かに見られているような気がしてあまり眠れなかった。
ようやく寝れたのは空も明け始めた頃だったが、アラームをかけてる訳でもないのに、いつからか決まった時間に目が覚めるようになっていた。
バイト行きたくない……。
そしてそう思っていても何故だか店に足が向いてしまうのだ。
「おはようござまーす……」
恐る恐る店の扉を開けて中の様子を伺う。
いつもの乱雑な店内、先生はカウンター向こうの扇風機前に座って頬杖をついている。
明らかにつまらなさそうな顔だ。
その表情に少し安堵し、念のため店内を見回す。
右よし、左よし、一瞬考えてそっと上を見る。
上、よし。
よし、何も居ない!
ほっと胸を撫で下ろす。
「おやおや、同伴出勤てやつかい?」
店内に入ろうと踏み出した左足に何か当たって、先生の謎な台詞の意味が分かった。
視界の端に人形の金髪が見え、る。
居た。
「せせせせせ先生」
「居なくてガッカリしてたんだよ、嫉妬しちゃうなあ」
震えて青ざめる僕とは正反対に笑顔の花が咲く先生。
「先生ぇ……」
恐怖心から涙声で懇願する僕に、先生は呆れた様子で肩をすくめると手招きした。
「やれやれ。おっと、レディは丁重にね」
僕は必死で人形と目を合わせないようにしながら、怖々と両手で丁寧に抱きかかえてカウンターに座らせた。先生の方へ向けて。
「おかえり」
先生が優しく人形に微笑んで、いるが僕はそれどころじゃない。血の気がひいているのがわかる。
「い、いつから……」
「さあて、聞いてみるかい?」
先生が人形をこちらへ向けようとする。
「いえ! いいです、いいんです!」
僕は慌てて、手が飛んでいきそうな勢いで思い切り両手を伸ばして押し返すように制止した。
「『鈍感力』仕事してるねえ」
人形を撫でながら先生が愉快そうに笑う。
「しかしあれだね」
「負けてないと思うんだがなあ」
「なにがですか……」
「うん、大人の魅力がね、若さには敵わないのかなって話さ」
心底どうでもいい事を割と真剣に悔しがっている。
「負けてないよね?」
聞かれても困るし本当にどうでもいい。
「そうだ! 昨日の女子高生! 人形が居なくなって今頃大騒ぎしてるんじゃないですか!」
考えがとめど無く流れ四方八方に飛び散ってショート寸前の僕が発した言葉は、自分でも意外なことに人の心配だった。
しかし能天気な先生の声がそれに被さった。
「なるほどなるほど、そういう事かあ」
「分かったよ、負けた理由」
どうしてこうも会話が嚙み合わないんだろう。拍子抜けして逆に落ち着くしかない。
「なにがですか……」
人形を凝視しながら、先生が不気味なひと言を言い放った。
「また新しくなってる」
「しかも今度はふたつ、だ」
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