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序幕
彼は不器用な子供だった。
幼い頃は、四方から指示が飛んできたり、色鮮やかな場所に来たりすると、うずくまって殻に閉じこもるのが常だった。
目を閉じ、耳をふさいで、ただ嵐が過ぎ去るのを待つ。静かになって、彼を害する者が一人もいなくなってから、それでも長い時間待ち続けて、彼はそっと目を開ける。
何を言われても口をつぐみ、丸くなっていれば、全てが自分を通り過ぎていった。その習慣は苦しさから彼を逃がすことはできても、喜びを新たに作り出すことはなかった。
そんな日々が終わったのは、彼女が手を引いてくれるようになってからだった。
「何してんの、こっちだってば!」
彼にとって、彼女の涼やかな声は灰色の世界に空いた風穴で、輝く瞳は星の色だった。
彼女は彼の消極性に呆れこそすれ、決して彼を置いていかない。いつまでも手を引っ張って、どこまでも連れて行ってくれる。
痛くて怖い毎日の中で、彼女と二人でいる瞬間だけが安らぎだった。いつかきっと、二人で逃げ出して、二人だけで暮らせる世界へ行くのだと思えば、腕が千切れるように痛くても、心が何度も嫌な音を立てて軋んでも、どうでもよかった。
彼にとって彼女が生きる意味だった。彼女が世界だった。
彼女こそが光だったのだ。
では彼女を失った時、彼には何が残ったのだろうか?
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