後の従四位・丹羽正雄の雄弁

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後の従四位・丹羽正雄の雄弁

 座敷で純一郎は、義父と共に丹羽正雄と向かい合った。 「幸之助。お前に尋ねたいことがある」  正雄は純一郎の目を真っ直ぐに見て話しかけてくる。純一郎は正雄のこの態度がしごく苦手だった。 「お前はこれからどのように生きようとしているのか?」 「はっ?」 「つまりだ。(こころざし)は何かと聞いておる」  義父の若松が口をはさんだ。 「またそのような話をする。幸之助はこれから御殿の仕事を日々、とどこおりなく済ませていくのだ」  正雄が首を振った。 「伯父上、待たれよ。それが志ですか? 幸之助よ。あまりにも寂しすぎるのではないか」  正雄が身を乗り出してきた。若松はますます苦い顔になる。 「私は医師を志していた」  丹羽正雄は近江の出身である。京都に出て、丹羽家の養子となったのである。 「病となっても医師に見せる金がなく、そのまま命を落とす人たちが、私の回りに大勢いた。私の許嫁(いいなずけ)もそうだった。私は高い金を巻き上げる医師ではなく、貧しき者でも通える万民のための医師をめざしていたのだ」  正雄の声が大きくなる。若松は、何とかこの危険思想の親戚の言葉を終わらせたかったが、口をはさむ隙がない。 「そんなときに、このご時勢とあいなった。私は、徳川を倒し、天子様を中心に据えた新しい政治(まつりごと)が実現すれば、万民は救われると信じるようになった。  医師は医師でも、天下を治す医師をめざすことにした。三条公をお助けし、必ず万民が金の心配などせず病を治せる世をつくってみせる。徳川と戦うのだから危険な志かもしれぬ。だがそのために命を落とすことになるのなら、まさしく本望というものだ」  正雄の真剣な表情は、純一郎に尊敬と恐怖を感じさせた。丹羽正雄が立派な人物に違いない。だが純一郎はそれを真似ようとは少しも思わなかった。「命を落とす」という言葉を聞き、ますますそう思った。 「幸之助。お前はどう生きるつもりか。」  正雄の鋭い声が純一郎に投げかけられた。純一郎は内心、 「私にはそのような生き方は出来ません。いたって臆病な人間です」 と答えたかったが、到底、そんな雰囲気ではない。襟首をつかまれるかもしれない。有難いことに若松が純一郎の肩をつかみ、後ろに下がらせた。 「幸之助に、お前のような生き方をさせる気はない。お前も知っておろう。三条公を非難する人は多い。お前の云う天子様も、内心三条公を煙たがっていると聞く。お前も好き勝手話すのはよしにして、少しは用心深くすることだ」  正雄はニヤリと笑った。幸之助にとって、初めて見る笑顔だった。 「もちろん用心深くしますよ。私だって、新しい世になるまではなるべく生きていたい」  正雄は純一郎に顔を向けた。純一郎のことをにらみつけているように見えた。 「よいか、また来るからな」  正雄が屋敷を出ていくのを、純一郎は自分から見送った。若松は苦い顔でその様子を見つめていた。  門前には正雄の友人らしい武士が立っていた。温和な表情だった。正雄より少し年上だろうか? 「古高さん、待たせて申し訳ない」  正雄は幸之助の方を振り返った。
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