戦乱の聖王 悲願の天獣5

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「戦乱の聖王 悲願の天獣」 第5話「覇王の子」  シャンルメは出産のために、トヨウキツの屋敷に籠った。その山の中に聳える大きな屋敷が、シャンルメの1人目の妻の屋敷であると、知る者は少ない。  もとい、そこにそのような屋敷があると言う事を、そもそも知る者が少ないのだ。  だから、身重のシャンルメが身を隠すには、絶好の場所と言えるだろう。  そうして、病に伏してどこかに身を隠しているらしいと言うシャンルメに代わり、ショーク自らがイナオーバリのキョス城の守りに着いた。  まさか同盟国とは言えども、隣国の領主その人が守りに来てくれようとは。そう、人々は驚いた。 ギンミノウのナヤーマ城は、鉄壁の守りの城。  攻め入ろうとして、攻め落とせる城では無い。  近隣諸国にも、そう思われている。  だからこそ、ショークはその城を持つギンミノウを国盗りに選んだのである。彼がそこを居城としてからは、さらに、その守りがとても強固になっている。  自分がいなくとも、ギンミノウは守れる。  ショークはそう思っていた。  その城に、シャンルメの元からジュウギョクが赴いた。ナヤーマ城を守る、タカリュウの補佐に着いたのである。久しぶりに会った幼馴染は 「よく来てくれたな、ジュウギョク!」  と、とても喜んでいた。  むろん、実はジュウギョクがイナオーバリのカズサヌテラスに仕えてからも、ちょくちょくとまでいかずとも、2人は会っていた。  会ってはいたが、今までお互いに口にしていなかった事を、ジュウギョクは口にした。 「今更、互いに黙っているのもおかしいと思う。カズサヌテラス様が、女性だとは分かっているだろう」  そう言われてタカリュウは 「ああ。俺が気付くのだ。ジュウギョクが気付かぬ訳が無いと思っていた」  と言った。 「実は、身ごもられている」  そう言ったジュウギョクに 「そうか!父上の子を!それはめでたいな!」  とタカリュウは笑った。 「めでたいのか?」  とジュウギョクは返す。 「俺は貴方の父上が憎くて敵わぬ。何故、戦い続ける道に導いておきながら、子が宿るような事をするのだ。あの方は戦場で、つわりに苦しみながら、敵陣の中を駆けたのだ。下手したらお子が流れるぞ。お子を宿した時は、お喜びに泣いておられたと言うのに、何故、何故、戦場にいなければならぬ間は、お子など作らぬとは思わぬのだ!」 「いや……それは分かるが……愛し合う2人に、子を作るような事は一切するなとは、無理な話だろう」 「俺なら我慢する!我慢をするし、万が一そのような行為をするなら、出来る限りお子が出来ぬような、工夫をするだろう!貴方の父上は、それさえしていないような気がする!」 「ジュウギョク……お前、まさか……」  そう言い、タカリュウは親友をジッと見つめ 「カズサヌテラスの事が、好きなのか?」  と聞いた。それに対しジュウギョクは 「ま、まさか!俺がそんな、横恋慕のような思いなど……!」  と返したのだが、その顔が真っ赤になっていたので、正直、何の説得力も無い。 「そうか……確かに美しいし、とても優しい女性なのだそうだな。好きになってしまうのも、無理はないと思うが……」 「き、聞いているのか!俺はそんな……!」 「父と親友と、どちらを応援すればいいのか。うむ。でも、カズサヌテラスはどう見ても、父上が好きだな」 「そんな事は俺も分かっている!いや、そんな問題では無く……!」 「ジュウギョク、お前も大変だなあ。いつまでも報われない相手を想っていないで、いい加減嫁でも……などと言うのは、俺が言っても説得力が無いなあ。俺もいつまでも嫁を貰わん男だからなあ」  そう言って、タカリュウは笑う。 「付き合うような娘は、それなりにいるのだがなあ。嫁となると話が別だ」 「何!貴方は付き合っている娘がいるのか!」 「何?ジュウギョクには、それすらいないのか?」  そう言われて、ジュウギョクは再び赤くなった。 「一途なのはいいが、報われない相手を想うのは……」 そう言われ 「ああっ、もう、放っておいてくれ!いや、そういう問題では無い!俺はけっして、横恋慕のような事は……!」 「分かった分かった。お前が他の男の女性を、口説くような男じゃ無い事は分かっているよ。しかし、俺は驚いたぞ。父上が憎いだなどと。お前は誰かを憎いだなんて、言うような男じゃ無かった。そこまで言わせると言うのは、相当惚れ込んでいると言う事なのだな」 「だから……ああ、もう、俺の話は忘れてくれ!」  仲の良い幼馴染ではあるが、それ以上にジュウギョクは、この機にタカリュウを育てておこうと思った。  舞を舞って神の力を召喚するような能力は、持っていなくとも、それでも戦の仕方はある。  戦略戦術、そのような事を彼に学ばせた。国を治めるための術のような物も、よくよく伝えた。 「お前はさすがに、教師の父を持つ男だなあ。とても分かりやすいぞ」  とタカリュウは言う。  そして、ジュウギョクは思う。  タカリュウは自身を凡庸な者だと思っているが、しかして召喚の能力は無くとも、けっして愚鈍な者では無い。このギンミノウの主が、務まるだろう男だ。  期待をかけられて潰れてしまう跡継ぎもいるので、良し悪しかも知れぬが、何故ショーコーハバリは今まで彼を跡継ぎとして、ちゃんと育てようとしなかったのか。  女性であり、戦の似合わぬカズサヌテラスばかりを跡継ぎと定め、彼女に重荷を負わせていたのか。  タカリュウにも、カズサヌテラスにも、悪いとは思わなかったのか。  それを、また憎いなどと言ってしまうと、そんなに報われない相手を想っているのかと、タカリュウには言われてしまうので、黙っていた。  そんなある時シャンルメの元に、ヤシャケイから、同盟の証でもあり同盟をより強い物にするためにも、娘を娶ってもらえぬかと言う文が届いた。  ヤシャケイには男の子は、亡くなった嫡男しかいないのだが、女の子が3人いたのである。  そのうちの1人が嫁ぎ先の夫が亡くなり、ヤシャケイの元に帰って来たのだ。25歳だと言う。  ヤシャケイの申し出に対し、わたしにはすでに正室がいて、貴方のお子を側室になどする訳にはいかない。とシャンルメは断った。それに対して、確かにそれはそうだ。そなたの元に、俺の娘を娶れるような者はいないものか、と言われた。  すると、ミカライがそれに名乗りを上げた。  もとい、シャンルメがミカライに事情を話した文を送ると、承諾してくれたのだ。  年若い彼は、独身だったのである。  そして、代々続くサンガイチの領主の嫡男。  今は、俺はただのカズサヌテラス様の部下と言ってはいるが、しかし、内実は代々続くサンガイチの若君に変わり無いのである。  さらに、実を言うと先日、シズルガーの領主を務めていたヤツカミモトの血縁者が亡くなった。  ヤツカミモトは衆道家なためか、子がいない。  結局、シズルガーの中央に聳える、その立派な城と領地を誰が守るかと言う事で、多くの者が口を揃え、ミカライが良いと言ったのだ。  そこでミカライは、サンガイチの城を部下に任せ、シズルガーへと住居を移していた。  だから、彼は今、かつて中部東一と言われた城下町の城を治める男でもある訳だ。  ヤシャケイは、その男なら良いだろう。申し分ない。娘も喜ぶ。と言った。  ミカライはヤシャケイの娘と結婚をする事になった。  さすがにそんな、大切な結婚の儀に顔を出さない訳にいかないと、シャンルメはお腹の目立たぬゆったりした装いで、ミカライに礼を言いに行き、ヤシャケイやその娘にも顔を合わせた。  お腹が目立つようになってからは、そう言えばあんなに苦しんだつわりは、収まっている。  でも、無事に出産が出来るまでは油断が出来ない。必要最低限の場にだけ、顔を出した。 「病に優れず、あまり姿をお見せ出来ず申し訳ない」  と言いながら、ミカライと2人で何とか、滞りなく花嫁をシズルガーに迎え入れた。  ヤシャケイは、シャンルメの姿を見れた事を喜び 「病と聞いていたが、以前よりも顔色が良いようだ。早く良くなれ。また会おうぞ」  と言ってくれた。  花嫁はヤシャケイに少し似た、ヤシャケイより気の強そうな顔をした女性だった。  彼女はシャンルメを見て 「お噂に聞いた通りの美貌ですね。嫁ぎ先が貴方では無くて良かったわ」  などと言っていた。そして 「どうぞよろしく」  と、頭を下げずにミカライを見つめていた。  花嫁が嫁いで来て、2カ月の時が流れた。  とても気位の高い気の強い奥方様で、ミカライ殿は大変に苦労をしているらしい。と言う噂は、あっと言う間に広がっていた。  その噂を聞き、トーキャネは思う。  ミカライ殿のお気持ちを聞いた事は無い。  だけど、おれ程じゃなくとも、ミカライ殿もお館様に惹かれていたんじゃないだろうか。  それなのに、そんな政略結婚をさせられて、おれならとても耐えられない。そう思った。  そして、シャンルメに対して、ミカライ殿は苦労をしているから、何かお声をかけてあげてくれないか、と言った。  シャンルメは、もちろん礼は言いたい。でも、さすがにお腹が隠せなくなって来ていて、こんな身重の姿はとても見せられない。と言ったのだが、いや実は、ジュウギョク殿とミカライ殿は、お館様が女性だと気が付いている。と言われ、それにとても驚いた。驚く反面、この3人がそれを理解してくれているのは、本当にありがたいとも思った。  そこでシャンルメは、ミカライと会う事にした。  お腹が随分大きくなった、普通の娘のような、女性の姿をしたシャンルメに、ミカライはしばし呆けたように見入っていた。そして 「トーキャネ殿に聞いてはいたが……病では無く、ご懐妊だと。確かに、お腹がふくらんでらっしゃるなあ。俺も本当に、とても嬉しい」  と微笑んだ。  貴方にはいつも苦労をかけている。そう頭をさげ、ヤシャケイの元から娘を娶ってくれた事に、改めて礼を言ったのだが、そんなのは当たり前だ。俺の身分に生まれたら、妻と言うのは政略で貰うものだ。お役に立てて何よりだ。と彼は言ってくれた。 そこに事件が起こった。  もちろん、カズサヌテラスが病のために、どこかに静養に行き、身重の妻シオジョウもそれに付き添ったと言う事は、国中の者が知る事となっていた。  だが、半年を過ぎた頃から、人々の間でよからぬ噂が流れたのである。  毒蛇であるショーコーハバリが、イナオーバリの中央の城、キョス城を守っていていいのか。  このまま、奴はキョス城とイナオーバリを奪おうと思っているのでは無いか。  いや、もしやと思うがお館様は、奴に毒を盛られたのでは無いだろうか。  などと言う噂がたったのだ。 真に受けた民達が一揆を起こした。  シャンルメは……カズサヌテラスは、民から愛されている国主であった。  その一揆を制圧してしまったら、余計に噂が良からぬものになる。余計に疑いをかけられるだろう。  ショークは、どうして良いか分からぬが、俺は今キョス城にいるべきでは無いと言い、そもそも国防のために赴いたのだと、カイシの国境とほど近い、ナコの城に身を移した。  キョス城にはナコの城からカツンロクがやって来た。キョス城に来たカツンロクは、シャンルメに付き添ってトヨウキツの屋敷に赴いていたトーキャネに、俺の補佐をしに来てくれ。と頼んだ。  そう頼まれては、行かざるを得ない。  トーキャネはしぶしぶキョス城に移ったが、その時のシャンルメの取り乱しようは、本当に心配になる程だった。  いや……当たり前だが、トーキャネが傍にいなくなる事に対し、取り乱してくれたのでは無い。  ショークが自身に毒を盛ったなどと言う、あらぬ疑いをかけられ、キョス城から追い出された事が、彼女にはとてもショックだったのだ。  泣いて悲しみ、民と部下達に全て報告する。  わたしは女で、彼の子を身ごもっているのだと言う。とまで言い出した。 「いずれはシャンルメ様は、自身が女だと公表するかも知れません。でも、それは今では無い。どれだけの混乱に人々が陥るか、少しはお考えなさい!」  そう言って、シオジョウは彼女の頬を叩いた。  シャンルメは泣きながら 「ショークに申し訳ない……」  と言った。 「申し訳なくなど無い!これは、父が自らまいた種。イナオーバリの民に信じてもらえぬのは、今までの悪行の報いです!そもそも父は、さほど気にはしていないのです。貴方がお気になさる事では無い!」  そんな話をしている時に、そのショークがやって来た。キョス城にいる時もナコの城に移ってからも、彼はちょくちょくシャンルメの元、トヨウキツの屋敷に来ていたのだ。  ショークの顔を見てボロボロ泣くシャンルメを、しばし彼と2人にさせた後、シオジョウは 「シャンルメ様が御無事な姿を見せれば、民達も安心しましょう。なんと、あの毒蛇は、イナオーバリのカズサヌテラス様だけは、大切にしているようだと、そのようにも思ってくれる筈。とにかく今は無事にお子を産み、元気な姿を人々に見せるのが先決です。今は耐える時です」  そうシャンルメに言い、父を見て 「少しは、今までの悪行を反省してください」  と言った。  その様子を見ながらトーキャネは屋敷を出て、キョス城へと移って行った。  シャンルメの出産が近づいたなら、ちょくちょく屋敷に向かわせて欲しい。そうカツンロクには頼もう。そう思っていた。  そこに何と、再びカイシのハルスサが攻め入って来たのだ。シャンルメの出産も、いよいよ間近に近付いていた時だった。  乱取りをしてくる憎い敵。  村を焼き払おうとする男。  それを覚えていた人々は、山城にとっさに逃げ込むのでは無く、戦おうとしてしまった。  勿論、女子供の弱き者達は山城に逃げ込んだのだが、多くの男達が剣を持ち槍を持ち、ハルスサの兵士達と戦ったのだ。  そのために、1度目の戦いの時よりも、ずっと数の多い、408名が捉えられてしまった。殺されてしまった者の数は、もっと多い。  その事をトヨウキツの屋敷で報告を受けたシャンルメは、じきに子供が生まれる身重の身であると言うのに、自分も戦うと言って立ち上がり、トヨウキツとシオジョウとに、強引に止められた。 「そんな体で行って、どうしようと言うのです!」  シオジョウに頬を叩かれ、涙を流した。 「父がこの敵を殲滅します。シャンルメ様、惚れた男を、子供の父親を、信じたらどうなのです!」  そう言われて、シャンルメは納得し 「うん……その通りだ……」  と小さく言った。  ハルスサは驚いていた。  実はこたびの乱取りは、おそらく1人も攫えぬだろうと覚悟をしていたのだ。  まさか、前回よりも数の多い者を攫えられるとは思わなかった。  しかし、攫ってきた408人が全員男とは。  売るのであれば、まずは若い女。そうして子供だ。  男の値段など、たかが知れている。  だが、カズサヌテラスは絶対に身代金に応じる。  売る時の心配はせずとも良い。  しかし、女子供は徹底して守る領主なのだな、と顔を良く覚えていないカズサヌテラスの事を思った。  今回、再びイナオーバリを攻め行ったのは、そのカズサヌテラスが病のためにどこかに身を隠していて、その国防を、なんとショーコーハバリその人が担っていたからである。  そう、キョス城に入ったと聞いていた頃から、出陣したい出陣したいと思っていた。  ショーコーハバリと戦いたい。  ずっとそう思っていた。  彼の守るギンミノウのナヤーマ城は、まさに鉄壁の守りの城。攻め入るには勝機が無さすぎる。  攻め入るのならば、同盟国のイナオーバリだ。  再び、イナオーバリを攻め入るか。  しかし前回、あれだけしか乱取りの成果をあげられなかった国だ。  駄目元でとても高額な身代金をふっかけたら、半値にされたとは言えど、随分な額の身代金を払ってくれたが……次に攻め入ったなら、下手すれば1人も捉えられぬかも知れない。  ただ、ショーコーハバリと戦いたいからなどと、そのような戦を兵士達にさせるのはどうなのか。  そう思い、なかなか出陣出来ずにいた。  そこに届いたカズサヌテラスが病で不在なために、彼が、直々に城を守っていると言う報告。  その時も、一度は耐えた。  だが何と、そのショーコーハバリが、疑いをかけられ、キョス城からカイシの国境の程近く、ナコの城に身を移したのだ。  すぐ身近にあの男がいる。  その事に闘志をかき立てられた。  何よりも、この混乱に乗じて国を攻め込むと言う、民と部下に対する大義名分も得てしまった。  行かずにいられるか!  戦わずにおれるか!  そう、ハルスサは思ったのである。  ついに再び、宿敵と定めたその男との、戦いの決意をしたのであった。  偵察隊。その声をショーク達は聞いた。  ハルスサが連れている能力者は、今回も3人である。  シャンルメはいない。だが彼女の部下の、トーキャネ、ジュウギョク、ミカライは戦場にいた。  彼らは名乗り出る。自分達に行かせて欲しいと。  彼らに3人の能力者を任せて、ショークはハルスサに直に切り込みに行く事にした。  1人は爆破の神。  そう、ミカライと同じだ。  それを風に乗せて攻撃する。  いわば、爆風の神である。  爆風がどのような威力を持つのかは分からぬが、おれはこの敵とは相性が悪い気がする。そうトーキャネは言った。互いに、互いの攻撃力を増してしまうような予感がする、と。  ミカライが自身が行くと言った。  爆破と爆破の戦いだ。必ず勝利する。と言った。  あとの2人の能力者は、戦ってみるより、その能力が分からなかった。  ミカライはその、爆破の男と対峙した。  ミカライが爆破で攻撃を与えようとすると、向こうは爆風により、その威力を蹴散らして来る。ミカライが切りつけて爆破させると、爆風がミカライを襲って来る。ミカライはまさに敵だけで無く、自分の能力でダメージを負ってしまっていた。 「お前の能力では対抗できぬ、降伏しろ」  そう言われた言葉に 「いや、俺の能力は、切りつけて爆破させるだけでは無い!」  そう、ミカライは叫ぶ。  地面に転がっている岩に、刀を突き刺し、爆弾に変える。それを投げつけるが、しかし爆風により、やはりそれは届かない。 「無力だな。降伏をしろ。さもなくば死ね!」  その言葉に 「降伏はせぬ。お前を倒す方法はある。これだ!」  木々を切って爆弾に変えて、それを投げつける。  敵は上に手を上げて、大爆発を起こす。  その音に紛れて、まるで、爆破の威力に乗るようにして、彼は敵の前に飛び込んで行った。相手の体に刃を刺す。 「これで、お前自身が爆弾になった。降伏しろ。死にたくないのならな」  刺された男は驚き、ミカライを見入った。 「だ、誰が降伏などするか。ば……爆弾だと……お、おれが……」  ミカライは再び、後方に逃げるように飛び去った。自らの手から爆破の力を出し、それに乗るように後方に去ったのだ。ハルスサの瞬間移動に比べれば遅いが、それでもなかなかのスピードであった。  その時、男は粉々に爆発した。  その爆破に巻き込まれ、幾人かの男達が死して行く。こちらの戦死者は少ない。ほとんどがハルスサの部下だった。  ミカライはホッと息をつく。  今回は、武功を立てたと言えるのでは無いか。  そんな風に思っていた。  その能力者は美しい少年だった。  美丈夫であるジュウギョクと、美しい少年とが互いに向かいあった。  少年は笑む。  彼の前後左右に4つの水晶が立っている。  能力者は護符を持たない。  影を射って、気絶させてしまうより無い。  ジュウギョクはそう思っていた。  影に向かい矢を射るが、水晶が光り、影を無くしてしまう。  そして攻撃の水晶も、彼は持っていた。  水晶が光り、矢のように飛んで来る。  その攻撃を受けながら、ジュウギョクは肩や腕に傷を負って行った。  ジュウギョクは傷を負いながらも、少年に近づき、手のひらを地面に押し当てる。  自身の影に触れていると言う訳だ。  自身の影から標的の影に向かい、攻撃が出来る……筈だった。 「そう来ると思っていましたよ」  少年は笑う。  水晶を手に足下を照らす少年。  すると、その影が無くなってしまう。  何とか大きな槍を少年に向かい、投げる。  だが、その槍は届かない。届かず、少年に周囲に槍が落ちていく。だが、それでいい。 「皆、次々に彼の周囲に向かい、槍を投げてくれ!」  彼は自身の連れていた兵士達に向かい、そう言った。 「彼の背後にも、槍や弓を立たせてくれ!」  そう言われ、兵士達は賢明に少年に周囲に槍や弓を次々に投げて行く。  水晶により壊された投げられた多くの槍は、分裂し、少年を取り囲むように地面に刺された。そう、それが狙いだった。  ジュウギョクが再び、地面に手のひらを押し当てる。すると、槍の影が少年を包むこんだ。  その影を無くそうと、少年は賢明に水晶を光らせるが、刺された槍の数が多く、完全にそれを消せないまま、影が包み込み、少年を影ごと宙に浮かせた。  すさかず、浮いた大地に矢を放つ。  そう、動かなくなった彼に向かい、光の矢を放ったのだ。そのまま彼は気絶し、意識を失った。  倒れ行く少年を、周囲のハルスサの兵士達は何とか抱え込み、救うようにして逃げた。  それでいい。年端もいかない若者に見えた。  殺すつもりは無い。  ジュウギョクはそう思っていた。  その男は、自らの神は一角獣だと名乗った。  一角獣とは、角を持つ空飛ぶ馬だ。  とても小さい、顔にアザのある男で、その一見頼りなげな醜さが、自分に似ているような気がトーキャネにはした。 「おれは熱の神だ」  そう、トーキャネは返す。  それを隠していて騙し討ちをするような事を、何故だか、この男にはしたくなかった。 「行くぞ!」  男がそう叫ぶと、風を切って何者かが空を飛ぶ。  空中から次々に、その角がトーキャネと、仲間の兵士達に向かい飛んで来た。  血を流し、倒れ込む者が多くいた。  神と言うものは、同時にいくらでも存在が出来る。  獅子王の神と契約をしているハルスサの、虎の全てが炎を吹けるのは、獅子王がいくらでも存在が出来るからである。  1柱と契約をする。  だが、1柱は1柱でありながら、幾人もの相手をめがけて攻撃が出来るのだ。  しかし、当たり前の事かも知れぬ。  風が世界中にあるように。  熱も世界中にあるように。  トーキャネは角による攻撃を受け、肩や腕から血を流し、これをどうやって倒すかを考えた。  熱を強く強く生み出す事で、炎も生み出せる。  炎を作るなどと言うと、簡単な事のように思う方もいるだろうが、この世界、ライターやマッチは無い。  炎を作るのも、能力者以外には労力がいる。そして、能力者は作り出した炎を消す事も出来るのだ。うっかり山火事にしてしまう、などと言う心配も少ない。  炎を空中の、辺り一面に巻いた。  すると、お姿が見えぬ筈の神が、一角獣の神が、赤く赤くその姿を表した。赤い馬の姿を表したのだ。  鋭い角も見える。  見えたらこっちの物だ。攻撃を避ければいい。 「皆、おれの作った炎を木の板にでも、いらない槍にでも灯して、攻撃してくる一角獣に備えろ!」  トーキャネは炎を兵士達に渡した。  攻撃してくるその存在に、炎を纏わせる。  その事により、兵士達の命を救った。 炎を纏わせれば、盾をそれに翳すのも、その攻撃を避けるのも容易に出来た。この一角獣、それほど早くは無い。トーキャネは、攻撃を避けながら炎を纏わせた火の弓を、一角獣の男に向かって射た。  男は何とそれを素手で掴む。手を燃やし顔を歪めながらも、次々とトーキャネが射る火の弓に向かって行った。だが、すぐに男は火だるまになった。 「降伏してくれ!おれは貴方を殺したくない!」  何故だが、そんな言葉が口をついた。  男の側にいた兵士達が、水を次々に男にかけた。  男はやがて、トーキャネを見つめ 「悔しいが、俺の負けだ。だが、お前達の元に下る気は無いぞ」  火傷を負いながらも、そう笑って言った。 顔のアザが、さらにその上から火傷を負っている。 「ああ。だが、負けを認めて退いてくれ。それだけでいい」  トーキャネがそう言うと、男は深くうなずいた。 ショークはミカライやジュウギョクが戦う中、一直線にハルスサの元へと向かっていた。ハルスサを守る兵士達を、次々に闇の波動で焼き殺し、巨大な虎の背に乗るハルスサに向かって行った。 その姿をハルスサは見入っていた。  あの男が空中に逃げる前に、炸裂したその刃で傷つけてしまうより他に無い。そして、出来れば生け捕りにしたい。  ハルスサはそう思っていた。  ハルスサとショークは、互いがその目で確認できる位置に来た。  大地でその化石を踏み、翼竜を呼んだ時、出現した翼竜が宙に浮く前に、ハルスサはその炸裂した刃で切り刻んで来た。  ショーコーハバリはならばと、巨象を出現させる。大地で踏み、その背に乗った。巨象も当然切り刻むが、巨象の高い背にいる彼には、刃は届かない。  巨象が切り刻まれ倒れる前に、その高い背にいる間に翼竜を召喚させ、その背に空中で飛び乗った。  下手すれば落ちて命を失う程の、荒技をショークは使ったのである。  切り刻まれた巨象を手の中に戻し、懐にしまうと、再び別の巨象を2頭、空中から大地に向かって、召喚させた。  そして、空中には自らが乗る翼竜の他、翼竜を3頭出現させた。  恐竜達を出現させる前に、ショークはすでに大地に手を置き、ハルスサを守っていた兵士達の多くの命を、闇の波動により奪っていた。  闇の波動により多くの兵士の命が奪われていたハルスサの軍隊は、さらに巨象により踏み潰されて行った。そして、翼竜は炎を吐く虎と果敢に戦った。  空の上にいる彼には、炸裂した名刀は届かない。  だが、必ず自分の元へ切り込んで来る筈だ。  そこを狙うしかない。  そう思いながらも、この男の持つこの技は何なのかと、ハルスサは感じ入るしか無かった。  強敵と戦う事に、喜びを感じてしまう。  巨象と翼竜とは、賢明に炎を吹く虎が戦った。  獣達が入り乱れ、戦場が大変な混戦となっている。  翼竜の背に乗り、ショークは向かって来た。 炸裂させていた刃。それを再び向けるしか無い。 「名刀炸裂!」  とハルスサは叫んだ。  今まで以上に鋭く細かく、その刃は砕け、光る。  すると、 「黒き穴、跳ね返し!」  そうショークは叫び、その刃を全て、その渦の中に入れ、それをハルスサにめがけて来た。  以前も、虎の咆哮を跳ね返した技だ。 自らの刃に、切り刻まれる訳になどいかぬ。  ハルスサは瞬時に、後方へと移動する。  その後方で、自身が乗っていた、そして、その場にいた虎達に 「虎の咆哮!」  と叫び、その炎を吐かせた。  まるで大きな炎の龍のように、その炎はショークへと向かって行った。 わずかに火傷を負いながら、ショークはハルスサのその、粉々に砕かれた剣で虎達を切り刻む。  自身の技で自身の虎達を傷つけさせるのは、この男なりの、攻め入って来た自分への仕返しであろうと、ハルスサは思った。  普段なら、ここで瞬間移動して去っている。  だが、能力者の勘なのか。この男はここで倒さねば、手中に収められぬ気がした。 「剣よ!戻れ!」  そう叫ぶと、そのこちらに向かって来た粉々の剣は、1つの大きな剣へと戻った。  やはりだ。剣に戻った物までは、相手は操れぬようだ。その大きな剣を、ハルスサは振るった。  かつてシャンルメ達が戦った、檄を飛ばす男のように、ハルスサの剣は振るうと、大きな攻撃をこちらに向けて来た。シャンルメの風の刃に近い。  ショークは 「闇の刃!」  と叫び、その攻撃をハルスサに向ける。  空中で、大剣の檄と闇の刃がぶつかり合う。  自らは遠く離れたまま、2人は刃をぶつけ合い戦った。ショークは未だ、翼竜の背に乗ったままだ。  やがてショークは、天にバッと手を翳した。  来る……!この男は自分を殺す気だ。  それがありありと分かり、ハルスサは叫んだ。 「皆の者、逃げよ!退散せよ!」  そう叫び、ハルスサはその姿を消した。  その叫びと重なるようにショークも叫んでいた。 「闇の波動!」  叫んだ途端、辺りは暗闇に覆われた。  宙に掲げた手を、今度は、虎も含むハルスサの軍隊に向けた。  護符を持っている者達も、皆、闇に焼かれるようにして死して行く。  闇の波動は本来、大地から闇を導く技だ。  上空の闇を使う事は滅多に無い。  だが、名刀からその身を避けるために、上空にいる必要があったので、新たな使い方をしたのだ。  焼けるような闇。そのようにしか表現がしようのない、深い燃えるような闇に、辺りは包まれ、多くの兵士達や虎達が、絶命して行った。  だが、悟られてしまった。  あと一歩のところで、ハルスサの命を奪えなかった。  その事をショークは苦々しく思っていた。  瞬間移動をしてから、ハルスサは草原を駆けていた。実はこの瞬間移動はなかなか労力も体力も使う。相手に見えないところに移動してからは、常に普通に駆けている。その駆けているハルスサの元に、馬を走らせた少年コウマサンが追いついた。  ジュウギョクと戦った少年コウマサンは、意識を取り戻していたのである。  コウマサンはショーコーハバリに悟られぬように、逃げ出していたのだ。  そして、その馬をハルスサに与えた。 「うむ」  と言い、ハルスサは馬に乗る。  自身の前にコウマサンを座らせた。  そうして、駆けた。  コウマサンはハルスサに、戦力となり戦えと言われる一方で、やすやすと死んではならぬとも言われていた。 「お前の無事、嬉しく思うぞ」  そう言われ、コウマサンは微笑んだ。  すると彼らを追い、火傷を負った男ヤマショウケイが小さき馬に乗り、走って来た。  トーキャネと同じく、大きな馬には彼は乗れない。  彼が乗るに相応しい馬を、ハルスサに用意してもらっていた。 「大殿!ご無事でしたか!」  そう言った能力者の部下に 「お前も無事か。良かった」  とハルスサは言った。  ここまでか。  ハルスサはそう思う。  やはり勝てなかった。  そして、生け捕りにも出来なかった。  口惜しい。あの男と戦うために、あの男を手に入れるために、自分はここに来た筈だ。  だが、この敗北を予期していた自分もいる。  いつかは必ず勝利する。  そうして、俺の配下とする。  あり得ぬ望みと笑ってしまう自分がいるが、それでも、この希望を捨てたくは無い。  カゲヨミとショーコーハバリとを、左右に置ける日が来るのならば、天下をこの手にするよりも、それは自分にとっては、とても価値のあるものにハルスサには思えた。  シャンルメが不在の隙を狙い、攻め込んで来たハルスサに怒りを感じていた。  だから、逃げ惑う兵士達を、今度は皆殺しにしてやるつもりでいた。  だが、大地に降りてきたショークは、正直どこか、空しさに似た疲れを感じていた。  逃げ惑う兵士達を全員殺した。  そう言っても、シャンルメは喜ばない。  そう思い、静かに彼らの退却を見守ってしまったのである。  今回も、勝利などとは言えぬ戦になった。  結局、ハルスサの首を取る事は出来なかった。  悔やみながらも、ショークは何より、シャンルメの元に戻らねばと思った。  まずはギンミノウに戻り、自身の部下達を国に戻した後、急ぎ、トヨウキツの屋敷へと向かった。  するとなんと、戦を終え、ショークがトヨウキツの屋敷に着いたその時、シャンルメは破水した。  まるで、彼の帰りを待っていたかのように破水し、シャンルメはショークの帰りを喜ぶ間もなく、その場にいた者達は全員、驚き、慌てふためいた。  シオジョウとトヨウキツは湯や布や、もろもろの物を用意し、2人でシャンルメの両手をしかと握った。  ショークは2人の妻に両手を握られたので、その手を、シャンルメの頬や髪に添えた。幾度もその、汗と涙をぬぐった。  子供を産む時の、呼吸の仕方をトヨウキツに習い、その呼吸を、シャンルメは懸命にした。  初めは規則的ではあるが、緩やかな呼吸だった。  陣痛が激しくなり、その呼吸が変わる。  規則的な呼吸を真っ赤な顔で汗を流しながら、懸命に続けた。 「目を閉じないで、口も開けたまま、呼吸を続けて」  そう言われ、シャンルメは目と口をしっかりと開いた。  目を強く閉じると内出血する恐れがあり、口を強く閉じると、歯や舌を傷つける事もある。  規則的な呼吸を賢明に続け 「もっともっと、お腹に力を入れて!」  とトヨウキツに言われた。  2人の妻の手をしっかり握りながら、賢明にお腹に力を入れ、呼吸をする。  懸命に呼吸をしていたのだが、あまりの痛さにシャンルメは、その呼吸が続けられなくなった。  戦場で怪我を負う事も多い自分だが、こんな痛みは体験した事がない。  とにかく痛く苦しく、呼吸などうまく出来ない。 「うまく出来なくってもいい。それでも、とにかく頑張って続けて!」  そうシオジョウに言われ、シャンルメは賢明に呼吸をしようと、泣きながら耐えた。  苦しんでいるシャンルメに、ショークはただ、彼女をじっと見守り、汗を拭き、その頬や髪を撫で 「大丈夫だ。大丈夫だ。シャンルメ」  とくり返しくり返し言った。  それ以外の言葉が、何も言えなかった。  この世界、帝王切開は無い。  子供を産む事がうまく出来ずに、亡くなってしまう女性も多いのだ。  ショークはシャンルメの涙や汗を拭いながら、そして、大丈夫だと賢明に言いながら、ここまで大変ならば、万が一にもシャンルメがそのために亡くなってしまうのならば、何故、子を作ろうなどと言ってしまったのかと、後悔に似た思いを抱えていた。  彼は我が子は幾人もいたが、出産に立ち会ったのは初めてである。  出産は大変だ。出産は命がけだ。  そう言葉にして聞いてはいたが、実際に目で見るのとは違う。  シャンルメは必死に泣きながら耐え、我が子を何とかこの世界に、誕生させてあげなければ、と思った。  やがてシオジョウがハッと 「頭が……頭が出て来ました!」  と大きな声で言った。  生まれて来る子供を抱きかかえるために、シオジョウは場所を移動し、 「頑張って、頑張って!」  と繰り返し言った。  今までシオジョウに握られ、塞がれていたシャンルメの右手を、ショークは強く握りしめた。 「シャンルメ、あと少し、あと少しだ!」  そう言われ、シャンルメは泣きながらも、荒く途切れ途切れになりながらも、賢明に力を込め、その呼吸を続けた。  トーキャネは、その部屋の近くに来ていた。  そう、カツンロクに頼み込み、戦が終わったその足で、屋敷に来させてもらっていたのだ。  トーキャネは廊下でジッと、中の様子をうかがっていた。  もう、随分長い事苦しんでおられる。  お館様は大丈夫なのか。  出産は命がけだと言う。  お館様が亡くなってしまったら……  それを思うと涙が止まらず、必死で祈った。  お館様のお傍にいれて、声をかけられる、にっくき男が心底羨ましかった。  おれには外で、見守る事しか出来ぬ。  やがて、赤ん坊の元気な泣き声が響いた。  我が子の泣き声が響いた時の、シャンルメの胸に湧いた、その時の感動は、とても言葉には言い表せないものがあった。  生きて我が子が誕生した事への、神々への深い感謝がシャンルメの胸に満ち満ちた。  シオジョウとトヨウキツはヘソの緒を切り、その子を湯で洗った。  トヨウキツは 「女の子ですよ」  と微笑んで言い 「安産でしたね。本当にいい子だこと」  と言った。 「安産!?」  と言ってショークは驚いた。 「長い事苦しんでいたぞ!これが安産なのか!?」  そう言ったショークに 「わたしは半日以上、生まれるのにかかりましたよ。出産をすると言うのは、本当に大変な事なのです」  とトヨウキツは言った。 「そうなのか……貴方を尊敬するよ……」  そうシャンルメは力無く言って 「母上も尊敬する」  と続けた。 「こんな思いをしてわたしを産んでくれたのか。双子を産むのは大変だっただろう。おまけに、こんな思いをして産んだ子供が捨てられてしまい、どのようなお気持ちだったのか。それを思うと胸が潰れる思いだ。もっともっと母に、感謝を伝えれば良かった。母上にも父上にも、この子を見せたかった」  そう言いながら、湯船で洗った我が子をそっと優しく抱きしめ、シャンルメは泣いた。 「ありがとう。ありがとう。生まれて来てくれて」  そう言いながら、我が子を抱きしめ、 「皆も、本当にありがとう」  と小さく言った。  廊下で声を聞いていたトーキャネも、これが安産なのか。と正直驚いた。  そして、本当に身勝手な思いなのだが、生まれた子供が女の子で、良かったと思っていた。  にっくき男そっくりの男の子なんぞが生まれていたら、おれはその子を可愛くなど、思えなかっただろう。  女の子で良かった。お館様に似ていてくれたら、なお嬉しい。  そんな風に思っていたのである。 生まれた子供を寝かせ、トヨウキツが見守る中で、シャンルメはショークとシオジョウと話し合いをした。産後のために体調が思わしくない。  それを2人も分かっているため、シャンルメがいつでも横になれるよう、褥での話し合いになった。 「ハルスサが再び攻め入って来るとは思わなかった。あの敵は、何を考えているのか分からぬ」  そう言い、 「前回よりも多額の身代金を吹っ掛けてくるだろう。払ってはならぬぞ」  とショークは続けた。 「いや。前回、身代金を払ったからと言って、攻め込んで来た訳では無いと思う。わたしは身代金には応じるつもりだ」 「だが……それでは……!」 「それよりも、2度とハルスサが攻め込んで来ないように、何か策を考えよう。その策を考えた上で、ちゃんと身代金を払いたい。わたしが民だったら、そんなに身代金を値切られたら、領主に大切に思われていないのかと思ってしまう。少しは値切る必要があるのかも知れないけれど、身代金を払わない事が良策だとは思えない」  そこに、シオジョウは口を開く。 「ええ。使うべき手は1つです」  そう言ったシオジョウにシャンルメもショークも、ジッと息を呑んだ。 「ハルスサの宿敵である、カゲヨミと同盟を結びましょう。ハルスサがどれだけ非常識な男であろうとも、父上とカゲヨミとを、同時に敵に回す事はあり得ません」 「カゲヨミ……うむ。将軍に良く聞く名だ。ハルスサと激闘を繰り広げている男だな。しかしその男は、同盟に応じる男なのか?」 「はい。応じる男です。同盟を結んで欲しいと言えば、まず結んでくれる男です」 「何?そんな男と、ハルスサは何故、幾度も幾度も激戦を繰り広げているのだ?」 「それは、ハルスサもカゲヨミも、互いに激戦を繰り広げたいと、望んでいるからです」 「意味が分からん」 「実際、ハルスサが今回攻め込んで来たのも、意味が分からないと言えるでしょう。2人は我々のうかがい知れない価値観で生きているのだと思います。ただ、うかがい知れない価値観とは言えど、分かる事としては……この2人は、強き者が好きです。強き者に敬意を払うのです。だからカゲヨミと同盟を結び、同盟者として大切にしてもらうには、まずカゲヨミを倒さなければなりません。勿論、完全には倒さず、良い勝負を繰り広げなければならない。そうしなければ、同盟者として、大切にしてもらえないでしょう。数ある何となく同盟を組んでいる者の、1人になる訳にはいきません。この同盟は、固く結ばれている。そのような同盟を結ぶため、戦を仕掛けましょう」 「ちょっと待て。同盟と言えば、普通ならばあちらから姫が嫁いで来るか、こちらから姫が嫁ぐか……では無いのか?」 「父上、カゲヨミは姫を娶りませんし、姫もいません。何故ならカゲヨミは、衆道家だからです」 「衆道家……ええと、男の人が好きな人だっけ」 「そうです。だから気を付けなければならないのは、シャンルメ様は世間では男と言う事になっていて、最近では天下一の美貌などと、言われている事です。まさかとは思うけれど、もしや衆道家として狙っているのかも知れない」 「そんな相手とシャンルメを会わせるのは、正直嫌だな」 そうショークは苦い顔をした。 「その気持ちは分かります。けれど、カゲヨミと戦いカゲヨミと同盟を結ぶ。それ以外にハルスサの脅威から国を守る術は無い。それは仕方の無い事です」 「分かった、シオジョウ。同盟を結ぶ時には、必ずショークと3人で会う事にする」  そう言ってショークを見つめ 「それなら安心でしょう?」  とシャンルメは言った。  身代金を払うための話し合いに、多分またあの2人がやって来るだろう。  最近、カズサヌテラスは、病から復活したらしい。  そう聞いていたハルスサは、その場に同席したくて仕方がなかったのだが……  自分の身を案じ、部下達を行かせた。  勿論、ほとんど顔を覚えていないカズサヌテラスに会いたかった訳では無い。  帰って来た部下達は、口を揃えて、 「いやあ。驚きました」  と言っていた。  ショーコーハバリが例によって身代金を値切って来た。すると、カズサヌテラスが、そんなに値切らなくていいと言って、2人が喧嘩になったらしい。  貴方のお気持ちは嬉しいが、わたしは自分の民を大切にしたいから、そんなに値切られたくはないと言うような、そんな事をカズサヌテラスが言い出し、言い合いになったと言う。  すると、そのうちカズサヌテラスが泣き出して、ショーコーハバリがそれを抱きしめて、仲直りをして、結局その時の金額を、払ってもらえる流れになった。  また、408人の身代金にしては、充分すぎる額を払ってもらっていた。 「しっかし、あの2人は本当に確実に、衆道の仲なんでしょうなあ。お熱い事だ」  と言った1人の部下に 「そうかな。俺には自分の子をなだめている親みたいにも見えたけどなあ」  と、もう1人の部下が言った。  まあ、どちらにしても、どのような仲なのだとしても、ただならない程大切にしている相手だと、ハルスサはそのように思った。  そもそもギンミノウのナヤーマ城が、いかに鉄壁の守りの城であろうと、その城を息子に任せ、イナオーバリを守りに来ていた事からも、いかにショーコーハバリがカズサヌテラスを、大切に思っているのかが分かる。おまけにあらぬ疑いをかけられても、それでも彼は、イナオーバリを守り続けた。  それ程までに大切に思うような、同盟相手は俺にはいないなと、ハルスサは思った。  同盟相手に限らず、そんなに想う相手はいるだろうか。そのようにも思った。  やがて、部下の1人は 「しかし大殿、俺は本当に肝が冷えました。ショーコーハバリは、カズサヌテラスの病のところを狙い、攻め込んで来た大殿が許せずに、今回の戦いは逃げ惑う兵達を、1人残らず殲滅するつもりだった、などと言うのですぞ。しかし、大殿との激戦に疲れ、それが出来なかったと言うのです。お願いですから、あの敵に攻め込むような事は、もうお辞め下さい。激戦を繰り広げる宿敵は、カゲヨミだけで充分でしょう。これは、俺のお手打ち覚悟で、お願い申し上げます」  自分が殺されても良いから、ショーコーハバリとは戦うなと、そう言い出した部下に 「分かった。お前の命は奪わぬが、俺はよっぽどの事が無い限り、奴とは戦わぬ事にする」  そうハルスサは返した。  だが部下達は、誰1人安心しなかった。  よっぽどの事。それがあるのが、この大殿。そして戦乱の世なのだ。  絶対に戦わぬ。そう言って欲しかった。  部下達はこっそりとため息をつきながら、その場を後にした。  本当なら、子供の名前を付けるために、大御神の社に生まれた子供を連れて、ショークと3人で行きたかった。大御神の社の神主達と子供の名前を相談して、ついでに、そのお社の素晴らしさをショークに感じてもらおうと、そんな風に計画していた。  この世界の人々は、一生に一度は大御神の社に行く。一生に一度だけであろうと、そのお社に向かうと言う事を、人々は固く決意している。  ショークは、行った事が無いと言っていた。  子供が生まれたこの時に、その、一生に一度の大御神様への参拝を彼にしてもらう。親子3人で出来たらいいな。そんな風に思っていたのだ。  だが、カゲヨミと本格的に戦闘を始めなければならない事となり、そのような事は到底出来なくなった。子供の名前をどうしようか、自分達で決めねばならぬ。大御神様のお社には、また次の機会に向かわねば。  子供の名をどうするかを、シャンルメは迷った。  ショークとシオジョウとトヨウキツと話し合い、チュウチャと名付けた。  神々への信仰、人々への愛情、それを持つ可愛らしい女の子。  まあ、言うなれば、そんな意味の名である。  この世界では、女の子は生まれた時に付けられた名で一生を過ごす。  男の子だけ元服をする時、新たな名を付ける。  シャンルメの、シャンルメと言う名は、生まれた時に母が付けてくれた名で、カズサヌテラスは13歳で元服をする時に、父が付けてくれた名だった。  どうしても、シャンルメと言う名が好きで、元服をしても、母がその名で呼んでくれた事が嬉しく、その様子を見ていたので、いつしか父も自分の事を、カズサヌテラスとは呼ばなくなった。やはりシャンルメが自分の、真実の名だと思っていたのだ。  チュウチャは女の子だから、生涯、チュウチャと言う名で生きる事になる。  その名を気に入ってくれたらいいな。  そんな風に、シャンルメは思った。  カズサヌテラスが病から復帰し、戻って来た事に、兵士達も民達も心から喜んだ。  そうして……信じがたい事ではあるが、ギンミノウの毒蛇ショーコーハバリは、イナオーバリのカズサヌテラスだけは、本当に大切に思っているようだ。と人々は彼を、信じるようになった。  雨降って地固まる事は、この事。  ギンミノウとイナオーバリの同盟は、これを機に真に、強固な物となったのである。  チュウチャを連れて、キョス城に戻ったシャンルメを見て、トーキャネは喜んで大泣きした。  とっくにその赤ん坊を見ていると言うのに、本当に嬉しそうに喜んでくれた。  シャンルメとシオジョウが2人で抱きかかえるようにして、チュウチャを運び、皆に見せた。 「奥方様に似ておられますなあ」  と言われた。勿論、シオジョウの事である。 「いや、隔世遺伝と言うやつかな。俺は総大将に似ているような気がするな」  そう言ったトスィーチヲに 「なんて事を言うのだ!」  とトーキャネは怒った。 「こんな愛らしいお子に……こんな愛らしいお子に……なんて事を言うのだ!!」  トーキャネがあんまり怒るんで、トスィーチヲは 「お前は相変わらず、訳の分からん男だなあ」  と笑っていた。 シオジョウにチュウチャを抱きしめてもらい、シャンルメは一同の前に立った。 「皆、長らく心配をかけてすまなかった。わたしは、もう大丈夫だ。そして……わたしの不在の中、カイシの侵攻を受けて、大変な思いをしただろう。真に申し訳なく思う」  シャンルメはそれから、二度とカイシに攻め入られぬために、エニイチヲのカゲヨミと戦う。戦って勝利をして、そして同盟を組んでもらう。と言う、その作戦を臣下達に語った。  カゲヨミと言う男は、真に義の男である。  シオジョウはカゲヨミと言う男を、分かっているが、分かっていない。  確かにこの男は、強き者が好きだ。  だが、力無い弱き者が同盟を結んでくれと、戦をして助けてくれと言って来た時に、それを断るような事は、まず絶対に無い。  義のために生き、義のために戦う。  助けを求められて、それを断る事など、この男にはあり得ない。例え一文の得にならなくても、である。己では無く困っている人々のために、一文の得にもならない、命がけの戦いが出来る男。  それが、カゲヨミと言う男なのだ。  ハルスサも天下への野心は無いが、この男はそれ以上に、天下への野心など無い。  将軍ギトウテルと、誰よりも仲の良い大名であるのは、この男が将軍への曇り無き忠誠を誓っているからである。  この男は将軍に頼み込まれて、上洛をしている。  上洛をすると言うのは、大変な事である。  多くの者が、将軍にすり寄り、官位などをもらいたくて上洛を目指すのだが、都に上洛をするためには軍隊が必要である。軍隊を率いて、都に上がらなければならない。  だが、都へと続く道筋を、周辺諸国の中を、軍隊を率いて進んで行くのは大変な事である。  その周辺諸国と、これは上洛のための軍隊であって、貴方達の国を攻め込むための軍隊では無い。だから攻撃をしないでくれ。と言う、約束をしていなければならないのである。もし戦などしていたら、当然、その約束は結びようがない訳なのだ。  自身を守るために軍隊が必要なだけでは無く、このたいした軍隊を率いられる武将とは、誰々なのであると、都の人々と将軍に知らしめるためにも、軍隊を率いる事は、どうしても必要なのだ。  実は軍隊を率いなくても、上洛を出来る大名が、ただ1人だけいる。  そう、言わずとも知れた、ショークである。  ショークはギンミノウだけの存在では無い。  都に巨大な大屋敷を持っている。  それだけでは無く、妻の商家を守るための軍事的組織をとても巨大な物にしてある。都に上がれば、巨大な軍事的組織がそこにある。自身の手足となって自身の軍隊となって、動く組織がそこにあるのだ。  百戦錬磨。一騎当千の男である。  ギトウテルの暗殺を未遂で防いだ時、ほとんど自身の技だけでそれを防いだのだが、しかしそれでも、今言ったように、上洛には軍隊が必要だ。だが、ただの旅の僧侶としてひょっこりと都に顔を出しても、たった1人で単身で都に来ても、それでも彼はギンミノウの毒蛇その人ありと、将軍と都中の人に対して、宣言する事が可能なのである。  彼が国盗りをして大名になる前に、都に巨大な軍事的組織を作ったのは、「上洛をたやすく行える大名になるため」と言うのが、とても大きな理由である。  将軍暗殺の噂を聞いたその日のうちに、ギンミノウのショーコーハバリとして都に顔を出し、将軍の暗殺を未然に防ぐ。そんな事は彼にしか出来ない。  カゲヨミはそうはいかない。  だが、1度都に苦労をして顔を出した時に、その無欲で勇敢で義に厚い人柄が、将軍に惚れ込まれ、将軍に頼み込まれて、その後も2度も、つまり合計3度も都に軍隊を連れて、上洛している。  本当は都にいて欲しい。  そう、再三言われていた。  ギトウテルも、野心が底知れぬショーコーハバリよりも、無欲なカゲヨミに守ってもらいたいのである。  戦って欲しい。戦を終えた時に、我々が勝利を収めたのならば、頼みたい事がある。そのお願い事をするために、我々と戦って欲しいのだ。  そのように、ショークとシャンルメは、カゲヨミに決闘を申し込んだ。  カゲヨミは、いいだろう。正々堂々と戦おう。と返答をよこした。  話し合いの結果、エニイチヲに近い、広い草原のようなところに彼らは集まった。  冬が訪れようとしている、少し肌寒い草原には、ひらひらと小さな雪が舞っていた。  カゲヨミも自身と同じように、乱取りを嫌う人だと言う事を、シャンルメは聞いていた。  それどころか、シャンルメは兵達に禁止していない、倒した相手から物を奪うような行為すらも、カゲヨミは禁止していると聞く。  清廉潔白。その言葉の非常に似合う男であった。  カゲヨミは4人の能力者を連れていた。  偵察隊を配置し、彼らの情報を何とか得ようとしたが、どのような能力を持っているのかは分からなかった。ただ、1人、とてつもない剣豪がいる。  剣を振るい戦う。切れぬ物は無い。壊せぬ物は無い。だが、その剣を他の者が振るっても、たいした攻撃にはならぬのだと言う。まさに能力者だ。  ショークはその男を、不思議に思った。  その剣術を使うと言う、人々に知れ渡った能力で、自分ならば必ず下剋上を起こす。のし上がる。  だが、その男はただの剣豪として、尊敬する主の元で一生を終える事を選んだ。  そして、その尊敬する主にカゲヨミを選んだのだ。 「その男は俺が倒す」  そう言ったショークに、シャンルメはうなずいた。 「貴方がその男と戦うのならば、わたしがカゲヨミを倒すつもりでいるべきだな」  そう言ったシャンルメに 「その男を倒したら、すぐにでもカゲヨミに向かう」  とショークは言った。  2人を見つめながらシオジョウは 「カゲヨミは何よりも、空を飛ぶ男です。空において、カゲヨミは最強であると聞いた事があります」 「空を……わたしも風の翼を用い、飛ぶ事が出来るが……果たして相手になるだろうか……」  そう少し不安げにシャンルメは言った。 「空を飛ぶと言う事を成せる必要は勿論ありますが、地上からの攻撃も考えておく必要があるでしょう。何しろ、空を飛んだら無敵と言われている男です。あらゆる方法を模索しなければならない」  そう言ったシオジョウに、シャンルメは深くうなずく。そこにトーキャネは背を正し 「おれ達がお館様をお助けいたします。何としても、カゲヨミを倒しましょう」  と言った。  草原で、能力者らしき男と向き合った。 きっと、おれと同じ熱の神だ。  そう、トーキャネは相手を見て感じた。  何故だろう。それが分かった。  同じ能力者同士、感じるものがあるのだろう。  しかし、違う。何かが違う。  おれと同じ能力だが、何か、違うものを感じる。  そう思っていると、男は巨大なバケツで水をまいた。何をしているのだろうと思うと、その水は固まり、氷の剣となった。そして地にまかれた水はそのまま、氷の床となる。その床が、長く続く道のようになった。そこを凄い勢いで、滑るように突き進んで来る。両手には先ほど作り出した、氷の刃を持っていた。  なるほど。おれと同じ。  だが、おれとは逆なのか。  冷気を操る、氷を作る能力者な訳だ。  迫り来る敵に手を翳した。  トーキャネは、熱風返しで相手の氷の刃を溶かす。  その溶けた氷が水になり、男は大量に水をかぶった。 「つめてっ!やりやがったな!」  と言いながら、男は何度も氷の刃を向けてくる。  そのたび、トーキャネはその氷を溶かす。  幾度やっても、終わらない。  トーキャネも熱の攻撃をするのだが、相手は冷気の能力者。その攻撃が無力化されてしまう。  お互いに、お互いの攻撃が効かないのだ。 「らちがあかん!」  とトーキャネは思わず、声にして言った。 「ああ、そうだな」  と言って、男は笑った。 「実はお館様に、戦う相手を殺すなと言われている」  男はそう言った。 「なに?お前もなのか。おれ達もだ。なるべく殺さずに戦えと」  そう言ったトーキャネに 「うん。何かお願い事があるから、戦いたいんだよな。そんな相手を殺したらいかんぞって、お館様は言うんだよ。本当に立派なお方なんだから」  そう言いながら男は笑い 「あんまり水をかぶったから、かぶった水をどかして凍らせるのは難しいんだ。このまんまじゃ俺は、風邪をひいちまう」  と言った。トーキャネは 「うん。ならば、おれの熱風でお前を乾かそう」  と言いながら、男に熱の風を当てた。 「おお、ありがとう。ならばな……もう少しちゃんと戦わんかと怒られてしまうそうだが、世話になったんだから、俺の負けでいいぞ。たまには、こんな戦いもいいだろう」  そう言って、男は笑った。  その戦いぶりを横目で見て、シャンルメは思う。  今までの戦いとは違う。  カゲヨミは、わたし達を殺さないでおこうと思ってくれている。そうしてわたし達も、カゲヨミ達を殺さずに戦おうとしているのだ。  その事に、少しだけ気持ちが楽になる。  だが、それでも強敵には変わりない。  心して向かわねば、と思った。  もっとうまく生きていたのなら、その男は天下に名を轟かせていただろう。それ程の剣豪だった。  切れぬ物は無い。壊せぬ物も無い。  一太刀で相手を必ず殺す。  男と向かい合い、ショークは言った。 「お前を殺す方法は簡単だ」  そう言って薄く笑う。 「ああ。お前の能力は知っているぞ。闇の波動、だな」  そう言った剣豪の男に 「その通りだ。真下からの技だ。どうやって剣術で、それを防ぐと言うのだ」  ショークは言う。その言葉に 「確かにその通りだ。闇の波動を向けられたなら、俺には死しか無いだろう」  そう言いながら、男も笑った。 「だが俺達は互いを、出来る事ならば殺さずに戦わなければならない」 「ああ、そうだ。だがお前程の男に殺されるのならば、俺にとって不名誉にはならぬ。いざと言う時には、その闇の波動を向けよ」 「ああ、分かった。だが、出来るならばお前を殺さず降参させてみせよう」  そう言って、ショークはまず、闇の刃を男に向けた。  四方から闇の刃で刻みつける……筈が、その闇の刃すらも、男の剣は切り裂いた。  切り裂かれた闇の刃が飛び散るように、辺り一面に、切り刻む闇が拡散する。飛び散る闇の刃により、剣豪もショークも傷を負い、血を流した。 「これはまずい。これでは飛び散った闇の刃で、絶命してしまう。そんな死に方は、誇れる死では無い」  そう言ったショークに 「うむ。この戦い方はまずいな」  と剣豪の男は笑う。  ならばと言い、ショークは懐から石を出した。 「歴史の闇に葬られし者、暴獣、召喚!!」  なんと3つの石を放り投げ、3頭の鋭い牙と爪を持つ獣は、一斉に剣豪の男に向かって行く。  巨象や翼竜では無く、暴獣を同時に出現させたのは初めてだ。  男は3頭と賢明に戦い、刀を振るう。  さすがにその凶暴さに、手を焼いているようだった。  だが、切れぬ物は無い剣豪。  1頭、2頭と倒して行った。  その広い草原には、2人の男と召喚された獣しかいない。  もしも近くに誰かがいたなら、先ほどの闇の刃、そして暴獣により死していただろう。  剣豪の男とショークは、まさしく一騎打ちをして戦っていた。  ショーク達が戦うところから、ずいぶんと離れたところにシャンルメ達は立っていた。だが、広い広い草原であるために、ショーク達の様子がシャンルメからも見てとれた。  そのシャンルメ達と向かい合うように、カゲヨミの元から、2人の能力者が来た。  遠く、彼らとシャンルメ達は見つめ合う。  1人は、美少年とでも言うべき外見の青年だった。純朴な美しさがある。  その隣に細身で小柄な男がいた。  小柄な男は、ハルスサとは少し違う、瞬間移動と呼べる速度での素早い動きを、得意としている男だった。 「俺が相手から髪などを奪って来る。それで、攻撃をしてくれ」  そう言ってから小柄な男は、 「しかし、自分を傷つけないと、相手を攻撃できないのか?そんなやり方じゃなく相手を攻撃できないと、自分の身が持たないぞ」  と言った。青年は 「分かっている。だけど、わたしは相手を傷つけると言う罪を、その場で自身に背負っているのだ。いつか、カゲヨミ様にとって、絶対に殺すべき相手の髪を握り、自身の命を絶つつもりだ」  と言った。実は青年は相手の髪や爪などを手に持ち、その状態で自身を傷つけると、同じ傷を相手につける事が出来ると言う、不思議な能力を持っていた。  そして、治癒の能力者でもある。  自身につけた傷は癒やしたとしても、相手の傷はそのまま残る。  そして今言ったように、いつかは自身の命を失い、カゲヨミのために尽くそうと思っていた。 「そんな事、カゲヨミ様は絶対に喜ばないぞ。お前はカゲヨミ様を分かっていない」  呆れたように小柄な男は言った。  そう言ってから、男はハッとするようにシャンルメを見た。そして 「凄い!物凄い美少女がいるぞ!」  と目を輝かせて言った。 「美少女じゃない。美少年だろう。カズサヌテラスは中部東一の美少年とも、言われていた人だ」  青年ヨロクツグはそう言った。  すると男は 「以前、美少女を攫って来た時は、人攫いをするなと激怒された。でも、あんな美少年を攫って来たなら、カゲヨミ様は今度こそ、きっとお喜びになる」  などと言い出した。 「何を言ってるんだ!」  ヨロクツグは激怒する。 「そういう事じゃ無い!人攫いなどと言う行為をする事をお怒りなのが、何故分からない!お前は、お前こそ、カゲヨミ様を分かっていない!」 「自分の身が脅かされるのが怖いのか?」  そう聞かれたヨロクツグは 「そういう問題じゃ無い!」  と、顔を赤くして大きな声で言った。  言い合いをする2人の声は聞こえなかったが、一体この2人は何を喧嘩しているのだろうと、シャンルメは不思議に思った。  すると、物凄い勢いで、小柄な男はシャンルメの元に来た。その体をぐいっと捕まえ、そんな小柄な体のどこにその力があるのか不思議に思うほど、しっかとシャンルメを抱え、凄い勢いで飛ぶように逃げた。 「お館様……!」  トーキャネは驚き、不自由な足で追いかけ、すぐに転んでしまった。 「シャンルメ……!」  剣豪の男と向き合っていたショークは、それを遠目に見た。驚き、バッと手を翳し 「少し待ってくれ!」  と、剣豪の男に対して言った。 「俺にとって、何よりも大切な者の身が脅かされている。お前と勝負を付けている時では無い!」  そう言い、 「我が手に戻れ!」  と暴獣達に命じた。  そして、翼竜を召喚させ、その背に飛び乗った。  そのまま、シャンルメと男を追って行く。  物凄い勢いで、シャンルメは遠くへ行ってしまう。それを追う事をショークは苦心した。  シャンルメはヨロクツグの元に連れてこられた。 「いけない!」  そう言って、ヨロクツグはシャンルメを掴む小柄な男の手を振りほどかせた。 「駄目だ!人攫いなど、わたしが許さない。そして、カゲヨミ様が許さない!」  驚いてシャンルメはヨロクツグを見た。  いや、そもそも連れてこられた事に、本当に驚いていた。  一体全体、どう言う事なんだろう、と正直思っていたのだ。  そう思っているところに、ショークがやって来た。 「シャンルメ!!」  その姿を見て 「ショーク!」  とシャンルメは翼竜に乗るショークを見上げた。  すると、ヨロクツグは 「本当に申し訳ない。今すぐにでもお戻りいただく。無理矢理連れて来て、すまなかった」  と、シャンルメに頭を下げた。 「いえ……一体、何があったんだろう、とは思ったけれども……」  シャンルメは薄く笑う。  すると、そこに剣豪の男がやって来た。 「何があった。誰よりも大切な者は無事だったか」  そう言いながら、男はショークに近づく。 「ああ、無事だった。勝負がまだだったな」  そう言い、身構えたショークに 「いや……」  と剣豪は薄く笑う。 「そもそも、闇の波動を向けられたら、俺が死すと分かっている上での戦い。戦わずして俺は負けている。そして、こいつらもだな。戦う前におかしな事をして、内部分裂している。これは駄目だ。この勝負はもう、お前達の勝ちだろう」  剣豪はそう言い、 「カゲヨミ様に向かっていいぞ」  と笑って言った。 「何を言っている!」  ヨロクツグは怒ったように声をあげた。 「彼らがカゲヨミ様に向かったからとて、カゲヨミ様が負けるような事があるとは、思わぬだろう」 「それは、勿論思わぬ」 「ならば、構わぬでは無いか」 「し、しかし……」  戸惑うヨロクツグに 「お前が戦う事、自分を痛めつけて戦う事、カゲヨミ様は胸を痛めておられる。彼らは我らにお願い事があって、戦いを望んでいるのだ。そんな相手と戦うために、お前が自分を痛めつけるな」  そう、剣豪の男は言った。 「何だか良くは分からぬが、カゲヨミに向かって良いとはありがたい。行かせてもらうぞ」  ショークはそう言って笑んだ。  笑んだショークにヨロクツグは 「待て」  と言った。 「貴方は傷を負っている」 「戦場で傷を負うのは当たり前だ。それがどうした」  そう言ったショークに、ヨロクツグは手を翳し 「カゲヨミ様は正々堂々とした真剣勝負を好む方だ。相手が傷を負っている時には、癒やしてやって欲しいと言われている」  そう言い、ショークの負った傷を癒やした。 「しかし……貴方はそれ以上に、古傷が信じられない程ある人だな」  そんな風にヨロクツグは言った。 「面白い男がいるものだな。自分に向かって来る前に傷を癒やせとは」  そう言い、ショークはカゲヨミを見上げた。  そう、カゲヨミは空に、まるでそこが大地であるかのように立っていた。  立って、こちらを見下ろしていたのだ。 「行くぞ、カゲヨミ!」  ショークはそう叫んだ。 「歴史の闇に葬られしもの、翼竜召喚!」  そう叫び、石を踏みつける。空を飛ぶその竜を出現させ、カゲヨミに向かったその時、空の上でカゲヨミは笑んだ。  片手をサッと振ると、空中でカゲヨミに向かっていたショークは、何と地面に叩き落とされた。  何とか、着地をしようと体勢を取る。翼竜は地面に叩きつけられ、大きく鳴いた。  翼竜の上で、ショークは叩きつけられた衝撃を感じ、これは下手をすると落ちた途端に死んでしまうな、と思った。  それを見ていたシャンルメは、 「ショーク!!」  と叫んだ。ショークは笑い 「無事だ」  と小さく返した。 「風の翼!」  と叫び、その翼にシャンルメは飛び乗る。 「気をつけろ!落とされるぞ!」  そうショークは言った。  カゲヨミに向かおうとした時、やはりカゲヨミは手を振り、シャンルメも地面に落とされた。  何とか風を起こし、傷を負わぬように着地した。  なるほど。空では最強。  自分以外の空を飛ぶ者を、地上に落とせるのか。  ならば地上にいて、戦わなければならない。  構えるシャンルメとショークの元に、トーキャネ、ミカライ、ジュウギョクが集合した。  それを見て、カゲヨミはまた笑った。 「全ての能力者が集まったようだな。総動員し、このわたしに向かって来い」  ショークはカゲヨミに闇の波動を向けた。  いや、相手を殺す訳にはいかぬ。  闇の波動で殺してはならぬ。脅しのつもりだった。  少し外して、その闇の波動を向けたのだ。  空高くいるカゲヨミに向かい、空に伸びる柱のような闇が襲う。カゲヨミの右腕は闇の波動を受けた。  ショークは内心、しまったと思った。  当てるつもりは無かった。奴は右腕を失ってしまう。  自らの腕を奪った者と、同盟を結んでくれるとは思えぬ。何故逃げぬ。  焦り、波動を受けた、カゲヨミを見つめる。  だが、闇の波動が消えた時に現れた、カゲヨミの腕は全くの無傷であった。 「龍神憑依だ。わたしの防御力は誰にも負けぬ」  そう言ってカゲヨミは笑む。 「龍神憑依?」 「目には見えぬ、龍の鱗に覆われているのだ。その鱗の中で、実は1つだけ、わずかだが攻撃を受け付ける物がある。そこを狙い定めて攻撃をせねば、わたしは倒せぬ」 「そんな事を教えていいのか」  そう言ったショークに 「構わぬ」  とカゲヨミは笑った。  笑いながら、地上にいるショークとシャンルメ達に向かい 「龍の光線!」  と叫び、その技を向けた。  目に見えぬ龍。その両目からの攻撃か。  2つの光が雷のように落ちて来る。  闇の波動で光を相殺する。  その光があちこちに降り注ぎ、相殺はしたものの、シャンルメ達は傷を負った。  自らは乗らず、風の翼を飛ばして攻撃をしようとするが、やはり誰も乗っていなくとも、カゲヨミには叩き落とされてしまう。  地上から、その攻撃を受けつける鱗を察し、攻撃するしか無いようだ。  ふと、トーキャネは思い出す。  ミカライと連携して戦った、かつての戦い。  お前は熱の能力者だから、幻を作った本体が分かる筈だと言われた。  そうだ。攻撃を受け付ける鱗は、恐らく他の鱗とは温度が違う筈だ。  空中のカゲヨミをしかと見て、意識を凝らし、 「お館様、ヘソの下。丹田です。そこにある鱗が熱が違います」  と小さな声でシャンルメに言った。 「ああ、そうなのか」  とシャンルメは微笑み 「ありがとう、トーキャネ」  そう言いながら 「ミカライ、爆撃を作れるか。それをわたしの風で、地上からカゲヨミにぶつける」  と、やはり小声でミカライに言った。  石に剣を刺し作った無数の爆弾を、シャンルメの風で、高く高く飛ばす。  その全てを丹田に投げつけた。  いくつかを当てる。  カゲヨミは少し苦しそうに後退した。 「龍の炎線!」  と叫び、今度は目に見えぬ龍の口からの、炎の攻撃をした。  風の力で地上に降り注ぐ前に、それを散らす。  散らすが、皆わずかに火傷を負った。  ショークは再び、翼竜の背に乗る。  カゲヨミにより叩き落とされるその時に、闇の刃を鋭く、カゲヨミの丹田に向けた。  それを受けぬよう、カゲヨミは空中を飛び、逃げる。闇の刃は宙で炸裂した。カゲヨミはその攻撃を受けずにすんだ。  落とされながらショークは 「しまった」  と小さく言った。 「逃げられたから良かった。俺の闇の刃が丹田に当たっていたなら、奴は絶命している」  そうだ。この戦いは相手を倒すのでは無く、同盟者になるための戦いなのだ。  うっかり、それを失念するところであった。 「俺ではうまく加減が出来ぬ。すまぬが、そなた達で戦ってくれ」  そう言われたシャンルメは、深くうなずいた。  先ほどの、ミカライの爆撃を風で丹田に当てる技。  それを使って行くしか無い。  カゲヨミは再び、龍の光線を向けた。  それを何とかかわし傷を負いながらも、シャンルメはミカライが作り上げた爆撃を、カゲヨミの丹田にめがけた。  1つ、2つ、3つと、爆撃を飛ばす。  そのうちの1つが丹田に命中し、カゲヨミは落とされるようにして地上に落ちて来た。  危ない!  そう思ったシャンルメは風を作る。  下からの風でカゲヨミを支え、そっとカゲヨミは地上へと降りた。  降りてきたカゲヨミにシャンルメは 「これで、お願いごとを聞いてもらえるだろうか」  と言った。 「貴方を倒す事は、我々は目的としていない」  そう言われ、カゲヨミはシャンルメをジッと見た。 「同盟を結びたい。強き相手だと、同盟を結ぶのに相応しい相手だと、思ってもらうために戦ったのです」  その言葉に両目を見開き 「なんと」  と言い、カゲヨミは笑い出した。 「わたしは弱き者に助けを求められて、それを断るような男では無いぞ。貴方達がわたしと同盟を結びたいと言ってくれるなら、戦わずとも喜んで同盟を結ぶ。しかし……戦ってから同盟を結びたいなどと、面白い事を言われたのは初めてだ。とても良き勝負であった。貴方達の事はこれから、心から大切にしていこう」  戦いを終えた後、カゲヨミにそう言われたと聞き、シオジョウは反省をした。  戦わずにすむ戦いを、してしまったのか。  彼女は反省し、まずはカゲヨミに同盟を申し込み、様子を見るべきだったかも知れません。と言った。  けれど、きっと戦闘をした事には意味がある。  カゲヨミに心強き味方と思ってもらえたかも知れない。そんな風にシャンルメはシオジョウに言い、ショークと2人で同盟をしかと結ぶためにと、カゲヨミの指定した、小さき城へと向かった。  カゲヨミの領土にある小さき城で、シャンルメとショーク、カゲヨミは向かいあった。  同盟者になるとは言えど、本拠地には入れられまい。自分もそんな真似は、シャンルメ以外の同盟者にはしない。いや、そもそも自身の領土になど入れぬかも知れぬ。そんな風にショークは思った。  3人は広間の中で向かい合った。  ジッと見つめ合った後、カゲヨミは 「噂には聞いていた。貴方達2人の事は」  と言った。 「噂……と言うのは……」  そう聞いたシャンルメに 「2人は、愛し合っていると」  そうカゲヨミは答えた。 「同盟者になるための、儀式のような答弁とでも思ってもらいたい。それが真実であるのかを、素直に言ってくれ」  ショークは何と答えていいか分からなかった。  すると、シャンルメはカゲヨミを見つめ 「ええ。真実だ。わたしはこの人を愛している」  と真っ直ぐに答えた。 「やはり」  と言ってカゲヨミは笑った。 「わたしにもかつて貴方のように、愛する男の隣に立ち、戦っていた事がある。その男を失ってからは……わたしが強くなりすぎたために、わたしを抱いてくれるような存在は、いなくなってしまった」 「そうなのか……それはお寂しいだろう。ああ、でも、わたしはこの人を失った後、他の誰かにこの身をゆだねるような気持ちは、一切無い」 「そうなのか。一途なのだな」 「それなのにこの人は、自分が死んだら他に男を作れだなんて、酷い事を言った事がある」  その言葉に笑い出したカゲヨミに、ショークは 「ちょっと待て。これは、同盟者の会話なのか?何の話をしているんだ。一体」  と言い出した。 「お恥ずかしいなら席を外せばいい。わたしはこの、話し合いがしたい」  そう薄く、カゲヨミは笑う。  美貌の男だ。儚さは無いが、かつで抱かれた事があると聞いても納得の行く、凜々しさを感じる美形と言える男だった。  衆道家だとは分かっているが、こんな男とシャンルメを2人にしたくは無かった。それで 「いや……」  と言い、ショークは言葉を濁した。 「我々を2人にしたくないようだ」  とシャンルメを見つめて、カゲヨミは言った。 「貴方の想い人は、少しヤキモチ焼きか?」  そう聞かれてシャンルメは 「そんな事は無いと思う。普段はそんな事は全く無い。わたしが他の男性に、全く興味が無いからかも知れないけれど……」 「なるほど。でも、衆道家のわたしと2人にするのは心配なようだ」  そう言ってカゲヨミはシャンルメを見つめ 「貴方には妻がいるだろう。その妻とは褥を共にしているのか?」 「褥は共にしているけれど……」  と言って言葉につまってから 「実は、子供が出来るような事は、していない」  そう小さく、シャンルメは答えた。 「ああ。それもわたしと同じだ。先日生まれたと言うお子には、何か事情があるのだろう」  そうカゲヨミは微笑んだ。 「わたしは女性に興味が無い。それを困った者達が、近隣諸国で一番の美貌の女性を連れて来た。そして、褥を共にして、その女性の裸を見た時……」  カゲヨミは息をついた。 「なんと、美しいのかと思った。この美しさに比べ、自分は何と醜いのかと思った。そして、心から美しいと思ったにも関わらず、その体を抱きたいと言う感情は、全く起こらなかったのだ。わたしは生まれつき自分には欠陥があるのだと、その時思い知った」 「それは……欠陥だとは思わない。人には様々な人がいる。神様が人を様々な人にお作りになった事には、きっと意味があると、わたしは信じている」 「うむ。そうだな。それを欠陥と言ってしまうのは、貴方にも欠陥と言うのと同じだ。失礼した。しかし、その時わたしは絶望したのだ。自分と言う者に対して」  そう言ってカゲヨミは外に目線をやり 「ヨロクツグ」  とその若者を呼んだ。 「そんな処にいないで、入っておいで」  そう言われた若者はしばし戸惑い、 「失礼します」  と言って、入って来た。  美しいが、華やかな印象のカゲヨミとは違い、どこか純朴な印象のある若者だった。  先日戦い、攫われそうになった自分を助けてくれた人だと、シャンルメには分かった。 「貴方は……」  と言い、ヨロクツグと言われた若者にシャンルメは深く頭をさげ 「先日の戦いの場では、ありがとう」  と微笑んだ。  シャンルメの微笑みを見て、ヨロクツグは困ったように笑い 「こちらこそ……」  と言った。 「今のわたしの恋人だ」  そう言ったカゲヨミに、シャンルメは首を傾げ 「貴方を抱くような人はいないのでは?」  と聞いた。 「そう。だから、わたしがこの子を抱いている。抱くも抱かれるも、わたしは同性としか無いのだ。自分のおかしさは分かっている。わたしが女性と交わらない、同性とも決めた相手とわずかにしか交わらない事を、例えば、戦いの神にその身を捧げているのだなどと、言う者もいるのだが……そのような、褒められた事では無い。わたしとて、美しき女性が抱けるのであれば、我が子を育てられる。一族にとって、それが良い事は分かっているのだ。だが、それが出来ない」  そして、ヨロクツグを見つめ 「お前が心配していたような事は絶対に無いよ。この人はお前のように、とても一途な人だ」  と言った。 「心配とは?」  と聞いたシャンルメに 「あ……貴方のような、天下に名を轟かせたような美貌の方に会ったら、その……」 「わたしが貴方を好きになってしまうのでは無いかと、心配していたようだ」  そう言われ、シャンルメは笑い 「それは無いだろう。だって、貴方はわたしを自分に似た者として、気に入ってくれている気がする。その気持ちが、恋になる事はない」  と言った。そしてシャンルメは 「貴方を抱いてくれるような人が、いればいいのにと思う。貴方はそれを望んでいる気がする」  などと言い出した。 「うん……そうだね……」  と遠くを見つめたカゲヨミに 「ハルスサは?」  とシャンルメは聞いた。  その言葉にカゲヨミは驚き 「ああ……実は少し思った事がある。この男は恐らく、臆さずにわたしを抱けるだろうと」 「そうだよね。何となくそんな気がして」  そう微笑んだシャンルメに 「しかし……衆道の気はあるのかな……それは分からない」 「そこは確かに問題だ。でも、あなた方はお似合いな気がする」  ハルスサと言う男、実は衆道の気はある。  どちらかと言うと女性の方が好きなのだが、戦場では自らを戒め、戦力となる男性を抱いていた。  ジュウギョクと戦ったコウマサンが、戦場での相手である。  宿敵として惚れ込み、その美貌を認めてもいるカゲヨミとならば、何かのキッカケがあれば2人が恋仲になる事も、充分にあり得る話であった。  そこまでの話し合いを黙って聞いていたショークは 「ちょっと待て」  と言った。 「いつまで、そんな話を続けるんだ」  怒ったような、困ったような口調だった。 「ああ。ごめん。そうだよね。貴方は困って、ずっと黙っていた」  そう言ったシャンルメに 「いや。彼に謝るのはわたしの方だろう。いや、実はお噂をお聞きして、2人にはずっと会いたかったのだ。戦をしてから、良き勝負をしてから、同盟を結びたい。そのお気持ちも嬉しい。良いだろう。同盟を結ぼう。この同盟は、何よりも堅く結ばれたものとなる。万が一ハルスサがまたイナオーバリに兵を挙げたら、わたしが必ず彼を倒す。わたしと貴方達で挟み撃ちにする。それで良いのかな?」 「ええ。もちろん」 「貴方達は、天下の覇者を目指していると聞いた事もある。もしも貴方達が将軍を廃し、天下を手中にしようとするのならば、わたしは同盟者であろうとも、貴方達と戦う。何故ならわたしは将軍への、曇り無き忠誠を誓っているからだ。だが、貴方達が将軍を守り、その上で天下を静謐にしたいと望むのなら……わたしはその戦いにも、馳せ参じよう」  カゲヨミと戦うような事は、無い方が良い。けれども、将軍……その存在には、これから、自分とショークはどう向き合う事になるのだろう。  そう思いながら、 「ああ、ありがとう。貴方と言う味方を得れて、本当に心強い。これからよろしく頼む」  そう手を差し伸べたシャンルメに 「そいつとは握手をするな」  とショークは言い出した。  ビックリしたシャンルメに 「いや。男として認めてくれた、と言う事だ。良いだろう。では何卒、よろしく頼む」  とカゲヨミは微笑んで言った。  ショークは何も言わなかった。  エニイチヲのカゲヨミの城から、厩を目指す道すがら、何だか、怒っているみたいに黙っていた。  何が、そんなに嫌だったのだろう。  そう、シャンルメは不思議に思った。やがて…… 「わたしは分かって無かったんだな、って思った」  そう言ったシャンルメにショークは、 「何がだ」  と、ようやく口を開いた。 「ずうっと、男として育てられているのに、なんで男じゃ無いんだろうって。男に生まれていたら良かったのに、と思っていた。それは本当に間違っていた。カゲヨミと出会って話して、分かった」  そう言ってジッとショークを見つめ 「女に生まれたから、貴方と愛し合えた。愛する人の子供まで産めた。男として生きて来た苦労なんて、何だって言うんだろう。わたしを女として産んでくれた母上に感謝している。わたしを女として地上に遣わしてくださった神々に、本当に感謝している」 「ああ……」  とショークは呟き 「俺はあの男は嫌いだ」  と言った。 「そもそも俺は、衆道家が好かん」 「それは貴方が幼き頃美少年で、狙われたから……なのかな?」 「いや、自分には理解不能で、どうにも好きになれん」  そう言ったショークに 「そんな風に言うものじゃないよ。でも、嫌がって黙りこくってしまっても、怒らずにいてくれてありがとう。貴方は嫌いかも知れないけれど、わたしはカゲヨミが好きだ。ただ……申し訳ない気がした」 「何がだ?」 「わたしを同じ衆道家だと思っているから、気に入ってくれているんだ。なのに、本当は女である自分が、とても申し訳なかった……」 「自分は本当は女であるなどと、カゲヨミには言うな。それは、言ったらいかん事だからな」  そう言われ 「うん……言ったら彼はきっと、傷つくよね」  そう寂し気に、シャンルメは言った。  厩にたどり着き、2人はそれぞれの馬に乗り、ギンミノウのナヤーマ城へと帰った。  イナオーバリはさらに遠い。  一度、ナヤーマ城に馬を止め、入った。  まだ少し、何かを怒っているように見えるショークに、シャンルメは首を傾げた。そして 「ハルスサとの戦いは、本当に大変だったと聞いた。もうそんな戦いは無いのだから安心して欲しいのに、まだ、何か心配事があるの?」 とショークに聞いた。 「いや。奴は衆道家だ。そなたに気がある訳では無いし、気があったとしても何も起こらぬ。分かっているのに、何やら胸がもやもやする」  そうショークは吐き捨てるように言った。  チュウチャを連れ、シオジョウがナヤーマ城に入っていた。  チュウチャに会うと、シャンルメは微笑んでその子を優しく、けれどギュウっと抱きしめた。 「いい子にしてたか?」  などと言い、 「トスィーチヲがね、この子は貴方に似ていると言っていたんだよ。それを聞いた隣のトーキャネが怒りだしたんだ」  とショークに言った。 「俺に似ている……それは困るな。そなたに似た方がずっと美人だぞ」  そう言いながら、シオジョウを含め3人で茶を飲みだしたのだが……  何やらこの2人、様子がちょっとおかしいな、とシオジョウは思っていた。  喧嘩をしている訳では無さそうだが、いつもに比べ、父の態度が何となくそっけない。  それに対して、一生懸命喋っているシャンルメも、何だか気になる。  どうしたんだ。同盟はうまく言ったのか。  それを聞きたいのに、その話をなかなかしない。  どうしたものかと、シオジョウは思っていた。  するとシャンルメは 「貴方が今までで一番、危機を感じたのは……やはり先日のハルスサとの戦いなのか?それとも、以前のジョードガンサンギャとの戦いの時かな?」  などとショークに聞きだした。 「最も危機を感じた時か……ふむ。子供の時かも知れんな」 「えっ。村が乱取りに遭った時かな」 「いや。寺院に預けられていた時だな。俺が子供の頃は、背の低い美少年だったと言う話はしただろう」 「うん。そうだよね。モテていたんだよね」 「そうだ。言い寄って来る馬鹿者や、寝込みに覆いかぶさる馬鹿者がいたのだが、ある日、覆いかぶさって来る者がいたから、木刀で叩きのめしてやったのだ。そいつの腕と右の額に傷を付けてやってな」 「うん」 「すると翌日に会った、子供に学問を教える教師の男がな、腕と右の額に傷をつけておったのだ」  そう言ってショークは笑い出した。 「いや、あの時は肝が冷えた。まさか、俺の事を生意気な思い通りにならぬガキだと、叩きのめして来たり、他の者と共謀して俺を痛めつけてやろうなどと、して来るのでは無いかと、さすがに危機を感じた。まあ、その男はそこまで性根が腐ってはいなかったらしく、事なきを……」  そこまで言って、ショークは言葉を失った。  何とシャンルメは、両目からボロボロと涙を流していたのだ。そうして 「酷い!酷すぎる!!」  と言った。 「子供達を守る筈の大人が、そんな酷い事をしようだなんて、許せない!しかも、貴方に今までで一番の危機に感じる程、怖い思いをさせて……そんな事をする人間は、絶対に許せない!!」 「シャンルメ……いや、これは、つまらぬ武勇伝と言うか……笑い話なのでは無いか?」  そう聞いたショークに 「笑える訳ないよ!!」  とシャンルメは泣きながら言う。 「そんな酷い目に遭ったなんて、貴方が可哀相だ。衆道家が嫌いになるのも当然だ!!」 「いや。そんなに泣くような話でもなかろう。第一、俺は男だぞ。女がそのような目に遭ったのならともかく……」  そうショークが言うと 「関係ないよ!!」  とシャンルメは強く言う。 「現に貴方は、凄く怖い思いをしたんだ。怖い目に遭った人が、酷い目に遭った人が、女だろうが、男だろうが、そんな事をする人は、絶対に許しちゃいけない!被害者がどんな人であっても、そのような行為は絶対に許せない!貴方が……貴方が……」  そう言って本当にボロボロと涙を流し 「貴方が可哀相だ……!」  と言った。泣いているシャンルメに、ショークはしばし呆然とし、やがて強く抱きしめ 「泣くな泣くな。俺は無事だったんだ。泣くな」  と言った。  それでもシャンルメは、なかなか泣き止まない。  そのうち、チュウチャが泣き出した。  ようやくシャンルメは涙を止め、チュウチャを抱きかかえた。ショークに背を向けて、乳をあげる。 「俺になら、乳房を見せてもいいだろう」  と言われ 「駄目」  と、まだ少し涙声で返し、衣服を直してから 「母上が泣いてビックリさせたね。ごめんね」  などとチュウチャに言った。  実は、この世界では、女性はあまり肌を見せる事を戸惑わない。授乳をする時などは、周りに男性がいても、堂々と行う女性も多かった。  シャンルメが男性には肌を見せないと徹底しているのは、裸を見られたら困る、男として生きてきた女性であるからかも知れなかった。  シャンルメがチュウチャと2人になりあやしているところで、シオジョウは父に話を聞いた。  同盟は成功だ。思いの他、カゲヨミはシャンルメを気に入っていた。  だが、奴はどうやら、シャンルメを同じ衆道家だと思い、そのために気に入っている様子で、俺はそれが気に入らなかった。  お前みたいな、妙な奴と一緒にするな。  この娘は、俺の可愛い妻だぞ。  そう思うと腹立たしくてだな。  うまく、同盟の成功を喜べなかった。  そう聞かされたシオジョウは、なるほど。と思う。  しかし先程の、父の妙な武勇伝……  こんな怪僧に見える坊主の、昔は美少年だったなどと言う自慢話など、正直、大概にしろとしか思わないのだが……あの話にあんなに泣き出すシャンルメは、本当に本当に、この父の事が好きなのだなあ、とシオジョウは思った。  シオジョウはシャンルメが都で2度も、怖い思いをしている事を知らないから、ただ、そんな風に思ったのも無理はない。  涙を見せたら、ショークがいつものショークに戻ったので、シャンルメは喜んだ。そして、またマシロカの寺で会おうと言い、別れを告げた。  赤ん坊を連れているから、馬には乗れない。  シオジョウとチュウチャと共に、馬車に引かれた輿に乗り、イナオーバリへと帰還した。 チュウチャは夜泣きの多い子供だった。  夜、泣き出して、シャンルメを起こした。  むろん、カゲヨミとの戦の間は乳母が育てていたし、シオジョウには、そのまま乳母に育てさせればいいのにと言われたが、乳が張ると飲ませたくなるから、自分で出来る限り育てたい、と伝えていた。  夜泣きにも起こされるのだが、実は気が付くと、夜中にパチッと目を覚ましている。  泣きもせず何をするでもなく、ぼんやりと起きている事のある子供で……どうしたのだろう。泣き出さないか。などと思うと、それもまた心配で寝付けない。夜、眠れない事が多くなった。  久しぶりにマシロカの寺で会ったショークは、シャンルメがあまりに疲れているので、とても心配した。 「職務にも忙しくて、何よりチュウチャが寝かせてくれない事が多くて……ああ、でも今日は特別に、シオジョウと乳母が見てくれてるから……」  と、シャンルメは言った。  シャンルメは、どう見ても疲労困憊していた。  それなのに、久しぶりに会ったのだから、今夜は頑張るから。などと言うので 「いや。今日は休め。俺の腕枕で寝ろ」  とショークは言い、その言葉に安堵し、シャンルメはまるで、気を失うように寝た。  翌朝、せっかく会いに来てくれたのに、寝ていて申し訳ないと言ったシャンルメに 「そなたの寝顔が見れただけで、充分幸せだ」  とショークは言った。  すると、その言葉にシャンルメは 「本当にありがとう」  と言って、泣き出した。  泣きじゃくるシャンルメをしかと抱きしめ、別れた後、ショークはギンミノウに帰らず、そのままトヨウキツの屋敷へと向かった。  すでに子育てを、ひと段落しているトヨウキツに、シャンルメに代わり、チュウチャを育ててくれないかと頼みに行ったのだ。  ショークが突然来た事、直接頼みに来た事に、トヨウキツは驚いた。そして 「それでもご自分で育てたいと、シャンルメ様はおっしゃる気がするけれど……でも、出来る限りはわたしが、チュウチャ様をお育てしましょう」  そうトヨウキツは、微笑んで言った。  職務にも忙しく、チュウチャの世話をする事も大変だったシャンルメは、自覚は無かったが、疲労で倒れる寸前までいっていた。その彼女にトヨウキツが、チュウチャを屋敷で預かる。お休みの日だけ貴方が来て、育てて欲しい。と言ってくれた。  そして病に伏していて、ようやく復帰したと言う事になっているのだから、週に3日は休みを取れと、トヨウキツにもシオジョウにも言われた。  領主がそんなに休んでも良いのだろうかとは、少し思ったが、信頼できる部下達に任せ、週に3日の休みをもらう事にした。その休みの間、チュウチャを見ていられるのが、本当に嬉しかった。  トーキャネが城下町にいてくれる事が大きかった。彼が城の、目と鼻の先に住んでいる事で、3日の間は彼を城主のような立場に出来た。  城持ちになれと言う誘いを、断ってくれていて本当に助かった。自分も何だか勝手な人間だなあ、とシャンルメは思った。  実を言うとトーキャネは、職務に忙しい上にチュウチャを自分で育てようと奮闘するシャンルメを、とても心配していた。何度か、無理をなさらぬように声をかけたのだが、ただの部下である自分にはそれ以上は出来ない。シャンルメがチュウチャをトヨウキツの屋敷に預け、休みの間の3日だけ自分も屋敷に移り、育てると言いだして、本当にホッとしたのだ。  自分がただの世話係のままならば、その休みの3日の間も、一緒にトヨウキツの屋敷に行けるのに……城を守っていなければならない事に、何故おれは出世頭になどなってしまったのかなあ、と思った反面、お館様のためにこの城を立派に守ろうと、そのように固く誓ったのである。 シャンルメは、少しずつ元気を取り戻した。  職務に服している、4日のうちは乳が張ってしまうと、何だかつらく、そして申し訳なくも思った。  トヨウキツは勿論、乳母も用意してくれていた。  幾人かの乳母が、チュウチャに乳をやっていたのだ。  チュウチャが育ったら、チュウチャはトヨウキツを母上だと思ってしまうのでは無いだろうか。  いや、そもそも……  チュウチャにとって、シオジョウはどのような存在になるのだろう。  わたしを母上と呼ばせる。  そう思っていたけれど、他の皆は何と呼んでもらえばいいのだろう。  そんな風にシャンルメは悩んだ。  それならば……とシオジョウは 「シャンルメ様は母上。呼び分ける時はシャンルメの母上。わたしはシオジョウの母上。トヨウキツさんはトヨウキツの母上……で、いいのでは?」 「そ、それしかないかなあ。何やらみんな長いよね。小さい子が覚えられるかなあ」 「大丈夫でしょう。それにしても、母上が3人もいるなんて。凄いお子さんですこと」  そう言って、3人は笑った。  シャンルメは避妊のために、薬を飲みだした。  出産のためにトヨウキツの屋敷に籠り、そのためにショークが城を守りに来て、ショークが民に疑われひと悶着があり、おまけにハルスサが攻めて来た。そんな事は二度とあってはいけない。  もう子供を産むような事は、無いようにしないと。そう言って、薬を服用するようにした。  だが、この世界の避妊薬は、ピルのような完全な物では無いので、服用しすぎると具合を悪くするし、飲んでいるからと言って油断は出来ない。  少量ずつ飲め。俺も最後までいたさぬようにする。  そう言って、ショークは例の薬屋に頼みその薬を取り寄せてくれた。  薬屋の者達は、そんな薬を取り寄せるだなんて、いよいよ生臭坊主だ。などと言ったらしい。  それでも縁のあるあの薬屋が、一番良質な薬が何でも、そうして安く手に入るのだそうだった。  シャンルメは、わたしが飲む薬なのだから、自分で買うと言った。貴方がそんな恥ずかしい思いをして、買う必要は無い、と。  するとショークは、そなたがそんな薬を入手している事が噂になったら困るだろう。何より、そなたがその薬を飲むのは、俺のためなのだ。買わせてくれ。と言ったので、シャンルメはその言葉に従う事にした。  ショークの思いやりが、何だか嬉しかったのだ。  離乳食が始まった。  シャンルメは勿論、料理などした事は無い。  けれど、その食事を任せておくのではなく、自分で作りたいと言い出し、トヨウキツの屋敷の料理番の者達に習った。  自分の作った離乳食を食べてくれた時、飛び上がらんばかりにシャンルメは喜んだ。  それから、少しずつ料理をするようになった。  3日の休みの間に少しずつ料理の仕方を覚え、ショークがやって来た時に、それを出した。 「俺はあまり美食は好まん。こんなに豪勢な物は出さなくていいぞ」  と言われたのだけれど 「いいから食べて。誰が作ったと思う?」  そうシャンルメが聞いて 「誰?……と言うと……」  顔を上げ、微笑んでいるシャンルメの顔を見て 「そなたか!!」  ショークがそう言うと 「そう」  と嬉しそうにシャンルメは笑った。  美食を好むような事は、贅沢を好む事への一歩だ。そう思って、自分を戒めていたのだが、 「こんなにうまい物は口にした事は無い。ああ、言っておくが、口先だけでは無いからな」  などと言って、彼は全てを口に入れてくれた。  子供の成長は、本当に早い。  ハイハイが出来るようになって、本当に喜んでいたら、はーうぇ、ちぇーうぇ、などと言うようになった。 「これは、わたしを母上と、貴方を父上と呼んでくれているんだよね?」  とシャンルメは言って、3人はチュウチャを真ん中に座らせ、本当に嬉しそうに寄り添い合った。  子供を育てる場所を、トヨウキツの屋敷にしていて本当に良かったと、シオジョウは思った。  さすがにこの3人が、こんな風に寄り添い合っているところを見られたなら、どんなに鈍い者でもその関係性に気づくだろうと思ったのだ。  チュウチャは立ち上がるのも早かった。  チュウチャが始めて立ち上がる瞬間に、シャンルメは居合わせられなかった。  トヨウキツが面倒を見ている間に、何気なくひょいっと立ったと言うのだ。  居合わせられなかったのは寂しいけれど、でも、我が子が立ち上がり、歩けるようになった時、シャンルメは本当に嬉しく感激し、職務でも無いのに、珍しくショークに声を届けた。  チュウチャが立ったんだよ、と伝えたのだ。  普段は大事な急用以外、声を届けないようにしている。戦を共にしなくなって、心の声での会話は本当に減っていた。  彼は毎日忙しいだろうと思っていたのだ。  でも、その声を届けた時、彼は本当に喜んでくれた。  シャンルメはチュウチャが食事中に暴れたり、周りを汚したりしても、ニコニコしてそれを片付けていたのだが 「食事の作法には、生まれが出ると言います。食事の作法は、きちんと覚えさせなければなりません」  とシオジョウが言い出した。 「おそらく、シャンルメ様は性格上、厳しく叱れない方でしょう。わたしが厳しくいきます」  と言って、怒る役目はほとんど、シオジョウが受け持つようになった。  嫌われ役を任せてしまって、なんだかとても申し訳ない気がした。  チュウチャが食べ方をうまく出来ない時、片付けが出来ない時、暴れすぎた時などに、シオジョウは注意をした。  だんだん言葉を覚えていったチュウチャは 「ショージョーのハーウェ、きらい!」  などと言い出したのだが 「駄目だよ。チュウチャ。シオジョウの母上はね、貴方の事を本当に思っていて、それで厳しく言ってくれているんだよ?」  そうシャンルメは、チュウチャに言った。 「嫌いで結構です。1人は嫌われている大人がいた方が、子供は健やかに育ちます」  などとシオジョウは言っていた。  子育てをする一方、カイシに攻め込まれた村々が復興するためにシャンルメは奔走した。  村々に直接回った時には、また、人々は驚いて涙を見せ、ひざまずいて喜んでいた。  いいから顔をあげてくれと言っても、誰もあげなかった。泣きながらひざまずいていた。  そして再び、村人であった事のある、そして乱取りの被害にも遭った事のあるトーキャネが、村に必要な支援をする役割を、引き受けてくれた。  トーキャネの存在もまた、とんでもない出世頭として、人々に深く愛されるようになっていたのだ。  そしてシャンルメは、本当に戦に行かなくなった。  カゲヨミと固く同盟が結ばれた事により、カイシのハルスサは勿論、宿敵であるジョードガンサンギャなども、兵を挙げなくなったのだ。  大きな戦が無い間に、チュウチャをしっかり育てると2人で決めた。  戦は領土を広げるために、ショークが1人で行った。次々に制圧し、領土を広げて行った。  ギンミノウは領土を広げ、今や天下の誰もが、その国を知り、恐れるようになった。  相手を殲滅するような、戦い方をしてくる。  だが、勝利したならば、なんとその敗戦国に恩恵をもたらす。  それを知っている多くの国々が、ショーコーハバリに戦わずして屈した。  この男と戦う恐ろしさと愚かさを、人々がよくよく理解をしていたからである。 ショークは自身の強さに、あぐらをかかぬ男であった。どこまでも強くならんと、奮闘する男であった。  築いた財で今まで以上に、世界各国から化石を取り寄せた。ハルスサとの戦いで翼竜も巨象も数頭まとめて召喚し、剣豪との戦いでも暴獣を3頭召喚したが、いっそ2、3頭などとは言わず、集団で戦わせられまいか、広い草原でその数を、どれだけ出現させられ、使えるかを試した。  実戦でもそれを試した。試された相手国はたまったものでは無いが、しかし、殲滅に近い戦い方をするのは、その手を使っても使わずとも、変わりない。  どうやっても暴獣にだけは乗れないが、巨象は暴獣よりは大人しく扱いやすいし、翼竜も幻の竜にしては性格が大人しい。自分を背に乗せた物を筆頭に、集団で空中戦を出来ないものか、それも試みた。  そして、海の向こうから、水の中を泳ぐ事を得意としている物と……巨象と比べても比べようもない程に、巨大な物を取り寄せた。  水竜と巨神獣と名付けた。  巨神獣はナヤーマ城程には大きく無いが、ナコの城とは、そう変わらない程に巨大だった。  かつてこの世界の主として存在した幻の獣は、戦に置いて、奥の手とでも言うべき物だ。  例えば、次にハルスサと戦う事があるのなら、絶対に奴の首を獲る。  そのために、俺は強くならねばならぬ。  誰よりも強くならねば、天下の覇者にはなれぬ。  幻の獣を使う鍛錬と実戦で、彼の体の傷はますます増えた。 その傷を見て、シャンルメは、ナガナヒコの治療を受けて欲しいと頼んだのだが、ショークは、こんな物は男の俺には、傷のうちに入らん。奴はそなたが傷を負った時のために存在する男だ。などと言っていた。  ショークが領土を広げ自身を鍛える間に、シャンルメはチュウチャを育てていった。  チュウチャはシャンルメが城に戻る時、泣いた。 「母上、行かないで」  と言って泣くのだ。申し訳ない思いがした。  チュウチャが6つになるまでは、週に3日の休みを続けよう。6つになったら、チュウチャも城に移ってもらおう。そんな風に思っていた。  職務に服している状態で傍に置くのは、まだ難しいように感じたのだ。  時に遊びたがり、時にぐずる子を傍に置いて、城で職務をする事は不可能なように思えた。  それをするには、周りに迷惑をかけるであろうし、何よりチュウチャが不憫に思えた。  子供の成長は、本当に早かった。  チュウチャは大人達に囲まれているからか、言葉を覚えるのがとても早かった。  実は、イチキタユとは、文のやり取りをしていた。  都から帰ってしばらくした頃、彼女から文が届き、それが嬉しく、ちょうど子を宿した時だったので、「実は子を宿した」と言う内容の返事を送った。  マーセリには子がいない。報告していいものか。言うべきな気がするけれど、悪いような気もする。  そうイチキタユへの文に記したら、数日後にマーセリから、「おめでとう。でも、赤ちゃんが生まれるまでは油断をしないで、くれぐれもお身体に気を付けてね」と言う内容の文をもらった。  本当にいい方だと、心から思った。  それからも、妊娠出産子育て。その様々な出来事を2人に文に記して送った。  イチキタユには色々な話を出来たのだが、マーセリには何をどこまで話せばいいのか、彼女の心を傷つけないのか、悩みながら文に記した。  もちろん、チュウチャが産まれてからは、チュウチャの話も良くし、イチキタユの子供達がどのような子供達なのかも詳しく聞いた。  彼女は、11人目の子を授かった。  子供は11人だが、その父親は7人で、誰とも結婚のような事はしていないのだと言う。  妊娠中も、無理のない範囲で曲芸をする。  赤ん坊が生まれたら、一座の全員で育てる。  自分とは全く違う人生を歩んでいる、この人生の先輩の話を聞くのは、本当に面白かった。  チュウチャがもう少し育ったら、絶対にまた会おうと約束をしていた。  そんな時シャンルメは、ショークの事を「奴は戦が強いだけだ」などと、陰口をたたく者がいると知った。今までは中部東だけの存在だったから、何とか領主でいられたが、こんなに領土を広げたら、奴は自分の首を絞めるだろう。こんな莫大な領土を治められるような技量はない。そう言うのである。  その言葉を聞きシャンルメは、確かにショークは生まれつきの領主では無い。その人が天下を治めると言う事に対して、不安や不満を持つ者はいるだろう。と思った。  ならば、戦の事は彼に任せても、政治向きの事は、自分が奮闘しなければならないので無いか。  子育てで共に戦に赴かないこの時期に、自分が彼の役に立てるのは、それだけのような気がした。  サカイをある意味では抑えている、ヤシャケイとの同盟が大きかった。 彼のおかげでサカイと言う、経済においては首都以上の力を持つ国に対して、発言力や影響力を持つ事が出来たのだ。  ヤシャケイは、同盟者を大切にする男だ。  絶対に、恩恵を受けさせてくれる。  かつてシャンルメは、そうショークを説得したが、ここまでの恩恵が受けられるものかと、実はシャンルメも驚いていた。  自分を気に入ってくれた事も大きいが、もしかするとミカライのおかげかも知れない。  気位の高い奥方は、今ではそこまで気位の高いそぶりを見せなくなったようだ。ミカライを夫として好きになったのではないか。と言う話だった。  そしてそのために今度は、彼が女性に近づくのを、極端に嫌がるらしい。  どちらにしろ苦労をかけているな。と思い、もしも仕えているわたしが、女だなどと知れたら大変だな。ミカライのためにも秘密を固く守らないと。とシャンルメは思った。  勿論、首都に対しては、ショークが妻マーセリと共に、巨大な組織と財を築いている。  だから、首都への影響力は本当に大きい。  だが、イチキタユと文のやり取りをするようになり、シャンルメはショークが、どれだけ都で恐れられて、恨まれているかと言う事を知ってしまった。  それに対して、ショークに何か言う前に、マーセリに文を記した。  何とか彼が、都でそこまで恐れられ、恨まれている存在では無くなるためには、どうしたらいいだろうか。と相談したのだ。  するとマーセリは、彼の築き上げた組織が、それだけ恐ろしいと言う事もあるだろうけれど、わたしの商売のやり方がひょっとすると、敵を作りやすいやり方だったのかも知れないと反省した。これからもっと、味方を増やせるようなやり方に、変えさせてもらう。と言ってくれた。  シャンルメはせっかく都で影響力を持つのなら、都の多くの人を味方につけたい。そう思っていたのだ。  そして、その気持ちをマーセリにも伝え、彼女にもそれを納得してもらえたのである。  そんな時に、事件と言うべき戦が起きた。  新たに平定した領土の中で、小競り合いと言える、小さな戦が起きたのだ。その小競り合いを止めるために、ショークは兵を挙げた。  すると彼がその地に着いた頃、さらに他の3か所で、また小競り合いのような、戦が起きたのである。  共謀であったようだ。一度に4か所を相手取る事は、さすがに彼にも出来ない。  あっと言う間に最初の小競り合いを収め、そして次の戦場、小競り合いの場へと向かう。  しかし、幕僚達はここで大きな危機に気付く。  食料だ。7日分の兵糧しか持って来ていない。  兵士達は乱取りをすればいい。総大将が飢えて死ぬ。  まさかこの小競り合いを共謀をした奴らは、それを知っていたのか。この総大将がけっして略奪で、乱取りで得た食料を、口にしない事を。  ショークと幕僚達は自分達から最も遠かった地に、ナヤーマ城に残っていた精鋭達を向かわせた。そして城を守っていた者達に、兵糧を持ってこちらに向かってくれ。とも言った。事情を察した彼らは、大急ぎで向かって来た。だが行く手を阻まれて、たどり着くのに時間がかかる。  幕僚達は言う。カズサヌテラスに助けを求めて欲しいと。そう、あの同盟者は戦場を豊かにする程の兵糧を持参する者である。  ショークは病から回復したばかりのシャンルメに、こんな小競り合いの戦に参加させる訳にいかない、と言った。  彼からの助けが、声が、聞こえた訳では無い。  だが、ショークが戦に手間取っている事を知ったシャンルメは、ここは自分が出陣しなければならないと思い、兵を挙げた。  まだ、チュウチャはその時、3つだった。  戦が何かも分からない娘に、母は戦に赴く。しばらくいなくなると告げると、行かないでと言って、わんわん泣いた。  とりあえず、3人の母が皆いなくなってはあまりにチュウチャが可哀相だと、トヨウキツとシオジョウは戦には連れて行かなかった。  連れて行かず、イナオーバリから最も近かった土地の、その小競り合いを何とか治める。そこを平定し、次の場所に向かおうとしている時に、残りの2か所の平定が終わったショークに合流した。もう1カ所は、彼の精鋭達が平定していた。合流した時に、何よりも兵糧に困っていた事を、幕僚達に聞きシャンルメは知った。  7日分の食事を何とか12日持たせた。町にも繰り出し、買い足しもして乗り切ったが、これが続いてしまえば、兵士達は乱取りをすれば良くとも、総大将が飢えていた。  あの方は何故か、略奪で得た食料を口にしない。  もしやと思うが、それを知る者達が、戦で勝てないショーコーハバリを飢え死にさせようと思い、こたびの戦を共謀したのでは無いかと思う。  幕僚達はそう言った。  実際には、そのような事は無かった。ショーコーハバリが乱取りを憎む男であると言う事は、知られてはいなかった。だがそれでも確かに、大変な危機に陥るところだったのである。  シャンルメはショークと話し合った。  母を殺した乱取りを憎む心。  それが世を救い、天獣を呼び寄せ、聖王となる事を、彼に決意させたのだ。乱取りで得た食事を口にしろなどと、言える訳が無い。  ショークはまるで、危機に気づいてもいないかのように、淡々と、普段と変わらぬ様子だった。  ただ一言 「チュウチャはまだ3つだ。俺はまだ、そなたを戦場に立たせるつもりなど無かった。俺のやり方はなっていなかった。俺はこの先のやり方を、もっと考えねばならぬと反省した」  と言った。  そう、つまらぬ小競り合いが起こった時に、自らが兵を挙げてはいけないのだと、彼は痛感した。  もっともっと、自分以外の将を育てなければならない。自身が強くなるばかりでは、ならないのだ。  そう思い、自らの精鋭達を、より強く育てるための鍛錬に、今まで以上に力を入れた。  だが、問題は兵士の数が増え、そこまでの精鋭ではない者達が多くいる事だ。  その者達を、自らの手足となり動ける精鋭達と同じように厳しく調練してしまうと、ついては来れないし、下手したら死者が出る。  戦では無く、戦の調練で死者が出るような将など、人望を失って当然だとショークは思った。  弱き者を強くさせるために、自らが調練を行ってはならない。誰に任せるべきなのか。  そう悩んでいたショークの元に、シャンルメが遣わしたジュウギョクがやって来た。  自分が兵士達を育てる。兵士達を育てるのに、自分と、タカリュウを使って欲しい。そう言われた。  自分の息子に兵士を育てさせろと言われ、ショークは驚いた。あの無能な息子に、そんな事が務まるのかと思ったのである。  しかし、自身が兵士を育てるよりは、妥当な人選だろうと、ジュウギョクの申し出を受ける事にした。  そして驚いた。本当に息子は、兵士達を育てる事が出来たのである。  自身の息子を無能だと思っていた。  だが、どうやら無能では無いようだ。  自分のように「戦が強すぎる」者では無いからこそ、彼は兵士達を育てられるのだ。  適材適所とはこの事だ。俺の息子もなかなかやる。 ショークはそんな風に思った。  出来ればチュウチャが6つになるまで、シャンルメは戦には赴かないようにしよう。  そんな風にショークと話し合った。  シャンルメは自身が戦に赴く時には、シオジョウとトヨウキツを連れて行きたかった。それが可能になるのは、納得をしてもらえるのは、せめて6つになってからだと思ったのである。  だから今のうちにわたしは、政治向きの事をしっかりとやっておく。戦に赴かないうちに政治の基盤を、しっかりとした物にしておく。  そう、ショークに告げた。  ギンミノウとイナオーバリ。両国を合わせると最もこの世界で巨大な国だ。  いや、ギンミノウだけでも、この世界で最も巨大な国の1つだ。そう、ほとんど同じ大きさの、大変な領土を持つ国が、南に1つあるだけである。  この広大な国を治めるために、シャンルメはまずは法律を考えた。法による統治を考えたのである。  盗みと言う行為を罰する。  人を襲い人を殺し、盗みを働く者を許さなかった。  盗むために、少しでも人を傷つけた者には、自動的にその事により、死が与えられる事になった。  その行為を厳しく罰し、何よりも、盗賊と言う存在を根絶やしにしようとした。  戦争において乱取りをしない。それを守っていても、盗賊達を野放しにしてしまっては、いつまでも人を攫い、人を売買する行為が、残ってしまう。  250年前の、奴隷の存在しない世界をもう一度、この世界に復活させる。  そのために強盗と盗賊を、この世界から消す。  すると盗賊や強盗では無く、盗みを働く者はどう罰したらいいのか、と言う問題が出てくる。  スリや空き巣である。  牢に入れる事は出来ない。  何故ならこの世界はあまりにも貧しく、生きる事が困難な者達が、まだ沢山いたからだ。  スリや空き巣を牢にいれ、その牢で食事など与えてしまったら、人々は牢に入り食事をするために盗みを働いてしまう。  何よりも、金品を返させた。  金品を返せぬのならば、何らかの物品や作物で、同等の物を返すように命じた。  その上で、厳しすぎぬ体罰を与えた。  人々が豊かさを手に入れて、「牢に入れる」事が、全ての人にとって罰則になるまで、仕方が無い。  そして「牢に入れる」事が罰則になるような、豊かな者達は、もちろん牢に入れた。  生きるために人を殺すと言う行為が、分からない訳では無い。しかし、それを許してしまっては、世の中を平和にする事など出来ない。  軍隊による乱取り。乱取りによる略奪。略奪から人々を攫い奴隷にして、人身売買をする。  それを根本から、無くさなければならない。  もしも乱取りを許すやり方で、乱取りにより世の中の経済が回るやり方で、統治をしてしまったのなら、この世界が平和になり戦が無くなった時、この世界の人々は困り果ててしまう。  そのやり方では遠い遠い海の向こうの違う世界に、軍隊を向ける事になる。戦をすると言う呪縛から抜け出せない。戦をしなくても人々が豊かに生きられる。その世界を実現しなければならない。  そう熱く語ったシャンルメに、ショークは自身の存在を、この娘の思う、新たな世界には必要の無い存在だと感じた。  母を殺した乱取りを憎む心。その心から、天下を武力で制圧する。それを目指したにも関わらず、世の中を平和にすると言う、その天下布武の先の事を、俺は見えていなかった。  もしも俺が1人で天下を統一していたなら、その次には海の向こうの他の世界に、軍隊を向けたかも知れない。  戦い続ける呪縛から自身とこの国を解放する事は、自分には出来なかっただろう。  この娘は世の中を平定した、その先を見ている。  戦しか知らぬ自分とは違う。  彼女の可能性を、ショークは感じ入った。  この娘を後継者に選んだ自分は、間違っていなかったと思ったのだ。  人身売買を禁止する。それはシャンルメにとって、何よりもなさなければいけない、使命を感じる事であった。だがこの貧しい世界で、生きる選択肢は残さなければならない。  体を売る事により、自身が生きていけるように、家族を養えるようにと、自らその道を選択した女性から、その道を奪ってはならぬだろう。  尊厳を守ろうとするあまりに、生きる術を奪うような事があってはいけない。  だが、無理矢理人々を攫い、自由を奪い、縄で縛り付け、袋に入れて売買する。そのような行為は絶対に許してはならない。  その行為を止めるために、彼女は奮闘した。  多くの娘達を、その窮地から救った。  新たにショークとシャンルメに仕えた兵士達には独身の者が多かったため、率先してこの娘達を妻にし、身請けをさせた。  しかし、兵士の妻になる道だけが、彼女達に与えられた道では無かった。  百姓の夫を得て、農地を開拓する者。マーセリの手引きにより、商人への道を歩む者も数多くいた。  護符などを作る、職人になる娘達もいた。  都で出会い、救えなかった娘を思い出す。  あの女性はどうしているのだろうか。生きているのだろうか。  世界中にいる、女性達を救いたい。  その中に、あの女性も含まれたなら。  シャンルメは、そんな風に思うのであった。  大きな国を治めるには、道路の建設が必要だ。 道の幅を広げ、必要ならトンネルを作り、川に橋もかけ、平坦な道にする。その道路の建設をする事は、大きな国を治めるのに、とても必要な事だった。  しかし、通行が便利だと言う事は、他国から見れば「攻め込みやすい」と言う事にも繋がる。  どこにどのような道を作るか。それをシャンルメは真剣に検討した。  道を作り、そして道を繋ぐ拠点に、城を作る。  城と言っても、ナコの城やスエヒ城、ましてキョス城ほど大きい訳では無い。  だが、山城よりはずっと立派だった。  戦乱に巻き込まれた民が多く、避難できるための城を作ったのだ。そして、小さな城下町をいくつも作る事で、経済も発展させた。  城の建設のために、シャンルメは広い領地を行き来した。子育て中だから、そこまで領土を行き来出来た訳では無いのだが、多くの民は城の建設と、何よりもシャンルメを一目見ようと、祭りのように喜び、駆け付けたものだった。  ショークは彼女の行いが不思議で、何故そこまで城の建設などに、顔を出すのかと聞いた。  するとシャンルメは 「これは奢っていると言われるかも知れないけど……」  と、少し照れたように口を開いた。 「わたしは、天下一の美貌と言われているでしょう。まあ、本当は女だから、男にしては美貌だって意味なんだとは思うけど」 「いや。そなたはおなごとしても、天下一の……」 「お世辞はいいから。でね、そんな噂の領主がいたら、皆、一目見てみたいと思うんだ。見てみて、あれっ、そんなに噂程じゃ無かったね。なんて、話してみたいと思うんだ。だから、皆に城を建設する光景と、何より、わたしを楽しんでもらいたくって。貴方のくれた着物も、戦でしか着ないのは勿体ないなあと思って。民の前で、着飾るようにしているんだ」 「そなたは面白い事を考えるなあ」 「わたしは思う。結局、国の主と言うのは、本当には民なんだ。国に住まう1人1人の民が、本当はその国の主だ。民から人望を失った領主は、その地位を奪われる。カムワみたいに、本当に民から殺されるような特殊な事例だけじゃなくて、民に愛されずに国を大きくし、発展させる事は不可能だ。だから、民を味方につけられるような領主でいたい。それで……これは言ったら貴方に、悪いかも知れないんだけど……」 「うむ。なんだ」 「貴方は毒蛇と言われているし、何だか、印象が怖いんだよね。多くの人が貴方を怖い人だと思っている。兵士達には心から慕われているけれど、愛される領主になるのは難しい。だから、その印象を補うくらいに、わたしが民に対して、その……人望のような物を持てたらなあ、と思ったんだ。それには広く民の前に、顔を出してなきゃいけないと思ったんだ」  世の中を動かすのは金だ。  財力を持った者達が、やはり世を動かす。 楽市楽座。関税から自由になった商売をする場を、シャンルメは広大な領土に、多く作った。  この世界には、座と言うものがある。  そう、同じ商売をする仲間達が集い、そこであらかじめ金を払っておき、その上で、高額な関税を払わずとも商売が出来るようにする。それを座と言う。  その座に参加をせずとも、それでも人々が自由に商売が出来る場所。それが楽市楽座である。  シャンルメはある時、ショークに 「とても難しい提案なんだけど……」  と前置きし 「楽市楽座は確かに、自由な商売が出来る。でも、それは限られた場所の話だ。せっかく新たに領土にした国を結ぶために、道々を建設出来たんだ。実は、貴方とわたしの領土の中では、関所を撤廃出来ないだろうかと思っている」  そう言い出した。 「もちろん、新たに作った道には、どうしても必要な場所以外、関所を作らないようにと言っている。でも、そうでは無くって、今まで関所があったところも全て、撤廃出来ないかなあ、と思って」 「うむ。それは何故だ」 「関所と言う物は、幕府や大名以外にも、寺や神社が勝手に作っている。そのため商売をする者達はとても苦しめられている。経済の発展を妨害していると言っていい。そして、寺社が関所で高い関税を手にする事によって、その財により、わたし達の宿敵のジョードガンサンギャのような存在が生まれたんだ。御仏を信じる者達が、関所により財力を持ち大きくなった事で、勢力に分かれ、戦を起こしている。信心からの戦いなど、起こるべきでは無いと思う」  そう言ってから 「だから、自分達も関所を撤廃する。人々から交通料も関税なども貰わないから、貴方達も撤廃してくれと。そのように、寺社に対して言えないものかと思ったのだけど……」  シャンルメは腕を組み 「だけど、これは相当恨まれるかも知れない。彼らを敵に回す事になる。今でも楽市楽座は、面白くないと思われている。恨みを持った彼らと、本格的に戦うのは怖い。それに……怪しい者が国境を越えて来ないかと言う事を見張るためには、やはり関所は必要なんだ。だから……本当に難しいな。出来る限り、人に恨まれず困った事を起こさず、経済を発展させるためには、どの手を使うのがいいのかと……」  そう言って、頭を悩ませた。  その彼女を見ていてショークは 「俺には考えも及ばぬ事を考える。そなたは凄いな」  と言って笑い 「俺のやり方はどうも敵を増やす。マーセリにも相談してくれただろう。どうやったら、都の敵を減らせるものかと」 「うん。そうなんだ。その話を聞いたと言う事は、貴方はマーセリさんに会いに行ったんだね?ちょくちょく会いに行ってね。貴方達が仲良くしているのは少し妬けるけれど、でも、とっても嬉しいんだ」 「うむ。俺もそなたとマーセリが、親しく手紙でやり取りをしているのは嬉しく思う。しかし何故、俺にでは無く、マーセリに手紙を記したのだ?」 「わたしはヤクザって良く分からない。抗争をしている限り、恨まれたり恐れられたりするのは、多分仕方が無い。でも商売の仕方なら、恨まれないように変えられる筈だ。マーセリさんは凄く優秀で、都での商売の仕方は、ほとんど彼女に任せていると聞いたから、マーセリさんのお力とご判断で、色々と変えてもらうのが、一番いいと思ったんだ」 「うむ。そうだな。それと、俺が器用な人間では無く、人に恨まれんやり方など、どうすれば良いか分からぬ男だと思ったからだろう」  そう言われてシャンルメは 「うん。実はそれもある」  と言って微かに笑う。 「今は戦に赴かないから、今のうちに政治向きの事はわたしがしっかりやっていたい。貴方の事を、戦しか出来ない。あんなに領土を広げたら、自分の首を絞める。そんな風には、もう誰にも言わせない。わたしも奮闘するから」  そんな真面目な話をしている最中に、何故かショークはシャンルメの頬を両手でそっと包み、彼女の唇にそっと口づけた。  驚いて 「どうしたの?」  と聞くと、 「いや。そなたが愛おしくてならぬ。この女と出会えた事は、俺の最上の喜びだ」  そうショークは言って 「口先だけでは無いからな」  などと言った。  そう言えば、そなたは口先だけなどと言う困った女だと、言われた事があったけれど……  そんな事いつ言ったっけ。思い出せないな。そうシャンルメは思う。  そのまま、彼に抱き着き 「わたしも、貴方に出会えた事は人生の全てだ」  そう言って、シャンルメは微笑んだ。  シャンルメはチュウチャを連れて、オオミの子のイツメに会いに行った。  その時、チュウチャは3つ。イツメはチュウチャの1つ上の4つになっていた。  兵糧に困った、戦に赴いた直後の事である。  いずれは自分の元に来てくれる、イツメにしっかりと顔を合わせておこうと思ったのは勿論なのだが、チュウチャに大人ばかりではなく、同じ年頃の子供と触れって欲しい。と思ったからである。  シャンルメに初めてちゃんと会った時、イツメは何やら、もじもじと恥ずかしそうにして 「こんなに綺麗な人、初めて会った」  と言った。その言葉にシャンルメは驚き 「そう言う貴方はきっと、わたしよりもずっと、綺麗な女の人に育つよ」  と言った。 イツメは、嬉しそうにシャンルメを見つめ 「なんとお呼びすればいいの?」  と聞いてきた。 「うん。貴方はシオジョウの妹で、わたしはシオジョウの夫だから、兄上かなあ」  と答えたら、目を丸くし 「男の人なの?」  と聞いてきた。 「いや。女だよ。チュウチャの母親だ」  と答えると 「よく分からない」  と言っている。  それはそうだろう。とシャンルメは思った。  イツメは「(あに)様」と呼ぶようになった。  兄上と呼んでしまうと、シオジョウの弟達と同じ呼び名になってしまう。それは嫌なのだと言う。  兄様は特別な方だから、特別な呼び名で呼びたい。  そんな風に言われ、わたしが実際には女だからそう思うのだろうか。とシャンルメは思った。 「貴方は将来、この方の元に行くのよ。この方のお役に立てるように」  と、オオミはイツメに言った。  すると、イツメはビックリしてから微笑み 「兄様の元に行くの?嬉しい」  と言ってくれた。  チュウチャとイツメは、あっと言う間に仲良しになった。お互いに歳の近い女の子が珍しいのだろう。  2人で会うと、いつまでも遊んでいた。  女の子らしいままごとのような事も、おてんばな木登りのような事もした。  とにかくチュウチャに歳の近い、仲の良い友達が出来た事が嬉しかった。  友達と言えども本当には姉妹である2人は、本当に仲良しだった。  チュウチャは本当に可愛らしい女の子で、ついつい可愛い可愛いと甘やかしたくなるのだが……  あまり大人達が皆で、甘やかしてはいけないな、とシャンルメは思った。  ショークはたまに会う父親として、共に遊び可愛がりたい気持ちは分かるし……トヨウキツが色々と、物珍しい物を買ってあげたい気持ちも分かる。  でも、甘やかすばかりでは無く接してあげないと。  将来、戦場に立つ身の子なのだ。  幼い頃と育ってからの、環境の変化に耐えられるくらいに、時には厳しく育ててあげないと。  それには、どうするべきなのだろうか。  そう相談したシャンルメに 「まかせてください」  とシオジョウは言った。 「わたしがチュウチャに学問を教えます。勉学をすると言うのは、なかなか忍耐力が身につく。そうしてその学問は必ず、将来にとっても利益になります」 「それはいい。シオジョウ。よろしく頼む」  と、シャンルメは微笑んで言った。  なので、チュウチャは3歳からもう、勉強を始める事になってしまった。  まずは、簡単な文字。それと、簡単な数学。  文字と数字から覚えさせていったのだ。  しかし途中で飽きて、暴れ出してしまう。  ぐずって暴れるチュウチャを、シャンルメは一度部屋から外に出して思い切り暴れさせて、遊ばせてから 「もう一度、お部屋に戻って勉強しよう」  と、部屋に帰した。  この部屋は勉強をするところなのだと、そのように理解をしてもらいたいと思ったのだ。  ちょくちょく部屋から出て、暴れて遊びながらも、チュウチャは頑張って勉強をしてくれた。 「本当にいい子だ」  とシャンルメはチュウチャを抱きしめ、トヨウキツやショークにも、彼女がいかに勉強を頑張っているのかと言う事を熱く語った。  すると、チュウチャは色んな大人達からそれを褒められ、勉強をしている時にだんだん、暴れ出さなくなっていった。  そして、チュウチャは元気で愛らしい娘なのだが、一体誰がそんな言葉を覚えさせたのだろうと、本当に不思議に思うのだけど……口が悪い。  なんと、トーキャネの事を 「禿げ猿!」  と呼び出した。  トーキャネは嬉しそうに笑って、 「チュウチャ様、おれは禿げ猿でございますよ」  などと言っている。  ミカライの事は 「デブ!」  と呼ぶ。  トスィーチヲのような外見に面白い個性の無い、普通の見目の良い者は 「おじさん」  と呼ぶ。  そして、何故かジュウギョクの事だけ 「ジュウギョク」  と呼んでいた。  もしかしたら、この娘は面食いなのかも知れない。  そんな風にシャンルメは思った。 そんな、面食いなのかも知れないチュウチャだけれど、やっぱり自分の父親の、ショークは特別な存在であるようだった。  会うと、いつも喜んで 「父上!」  と抱き着いて行くし  特に、遊んでもらえるのが嬉しいみたいで、あり得ない程高い肩車をしてもらえるのが、本当に楽しいみたいだった。  2人が楽しそうに遊んでいるところを見て、シャンルメは本当に幸せを感じていた。  このままの日々が続いてくれないか。  シャンルメはそんな風に思った。  政治向きの事は勿論、彼のために、そして世の中のために奮闘する。  だが、可愛いチュウチャを育てながら、愛するショークの帰りを待つだけの日々が……  そんな日々が、続いてくれたなら。  どこかで、それを強く望むようになった。  それを強く望みながらも、いつでも戦に立てるように、ショークの役に立てるようにと、職務の合間を見て、新たな技を身に着けようと鍛錬していた。  そんなある日、ショークに言われる。 「実は……」  と真剣な顔で彼は 「俺が死んだなら、ナヤーマ城はそなたの居城にして欲しい」  と言ったのだ。 「貴方には嫡男が……」 「いる。だがナヤーマ城は、天下を目指す者が居城とするための城だ。俺の嫡男などが守っているべき城では無い。ナヤーマ城はそなたにやりたい。遺書にもそう書いてはいるが……しかし戦乱の世の中で、遺書などと言う物が、どれだけ効果を持つのかは、正直怪しいな」  ショークの言葉に、シャンルメはどう返して良いか分からなかった。やがて 「貴方の嫡男と、城を巡り争うような事は、したくは無い。今のうちから嫡男と、話し合っておくべきでは無いかと思う」  と言った。 「そうだが、何と言っていいものか。さすがに奴も、分かったとは言わぬ気がする」 「確かに。今全てを話すのが得策では無いかも知れない。けれど、わたしは今のうちから、嫡男とお会いしていた方がいい気がする。ちゃんと2人の間に、信頼関係を築いていた方がいい」 「俺は同席するか?」 「いや……しない方がいい気がする。改めて3人で会うのは、まだ少し早い気がする」  そう言い、2人で会うと言い出したシャンルメに 「いや、男と2人で会ったりするな。都で何があったか、忘れた訳では無いだろう」 「そんな……貴方の嫡男を信用しないのか?ならば彼にとっては妹なのだし、チュウチャを連れて……」 「子供を連れていたからと言って、そなたの身の安全を守れる訳が無かろう」 「なら、ジュウギョクも連れて行く。ジュウギョクは貴方の嫡男と親友だと聞いた」 「ならばシオジョウも連れて行け。3人は子供の頃、良く遊んだからな」  そう言われ、シャンルメはジュウギョクとシオジョウと共に、ギンミノウへと向かった。彼女は娘の姿に身を変えていた。  カズサヌテラスとしてギンミノウへ向かうよりも、その方が移動が簡単にすむと思ったからだ。  改まった場では無い、何よりの証拠だった。  ギンミノウの国境外れの寺で、シャンルメはショークの嫡男であるタカリュウに会った。  娘の姿のシャンルメを見たタカリュウは驚いた。  男のなりでも本当に美しい女性だと思っていたが、娘の姿になると、その美しさが際立つ。  子供を産んでいて、その子が育っているから、そこまで若くは無い筈だが、せいぜい十代半ばに見えた。しいて言うなら、美女よりも美少女だ。  こんなにうら若い女性に手を出すなんて、父もなかなか困った男だな。と思った。  そう思いながらタカリュウは、 「これはカズサヌテラス殿、久しぶりだ!娘の身なり、良くお似合いだ。見違えたぞ!そして、ジュウギョクはしょっちゅう顔を合わせてはいるが、シオジョウも久しぶりだな!」  と言い、目線を落としチュウチャを見て 「おおっ、その子が。父上に似てるなあ!」  と言った。チュウチャは首をかしげて、タカリュウの元に行き 「おじさんも父上に似てるねえ」  と言った。するとその言葉に 「お、おじさん……兄上と呼んでくれないか?」  とタカリュウは苦笑いをして言った。 「うん。兄上」  そうタカリュウに対し、手を伸ばしたチュウチャに 「しかし、父上に似ているか!そうか……そうか!」  と言って、タカリュウはとても嬉しそうに笑った。 「お前は良い子だな。そうか、そうか!」  そう言いながら、チュウチャを持ち上げて、高い高いをした。  やがてチュウチャはぐずり出して、眠りだした。  チュウチャを膝に乗せて、その背をぽんぽんと軽く叩きながら、シャンルメはタカリュウに言った。 「本当なら、ショークの跡継ぎになるべきは貴方だ。けれど彼はわたしを自身の跡継ぎと思い定めている。その事が、貴方に申し訳ない」 「いや、何。俺だって、天獣を呼べだの聖王になれだの言われても、正直困るだけだ。貴方が父の跡継ぎになれるのは、それを言われて困らぬ方だからだろう」  そう、タカリュウは微笑み、 「父の死後は、俺は貴方を補佐するつもりだ」  と言ってくれた。  その言葉にシャンルメは涙ぐみ 「ありがとう。貴方は本当に良い方だ」  と言った。  だが、ナヤーマ城を受け渡して欲しい等と言えば、それは話が違うと言われるかも知れない。  さすがにそこまでは、今言っておくべき事では無いように感じた。  だがこの嫡男は、シャンルメを父の跡継ぎと認め、そして、補佐する気持ちがある。  それが分かっただけでも、良い収穫だと思った。 「貴方も大変だなあ。女性の身で子育てをしながらの領主だ。おまけに聖王を目指している。きっと、その苦労は、俺などにはうかがい知れぬ物だと思うよ」 「いや……その……」  そう言って目を泳がせたシャンルメは 「本当に覚悟が足らぬ。愚かだと思うけれど、時々このままの日々が続けばいいと思う。この可愛いチュウチャを育て、ショークの帰りを待つだけの日々が、続いてくれたらなんて、甘えた事を思ってしまう時がある。それでは駄目だ。わたしは彼の意志を継ぐ者。聖王を目指すべき者なのにね。今の幸せが幸せすぎて……それに溺れそうになる時がある」  そう薄く笑った。 「貴方の父上が、わたしには尊い大切な存在すぎるんだ。彼を失った後の事など、正直考えられない。だから本音を言えば、貴方と話をしに来るのも嫌だった。彼が死んだ後、我々がどうするのかなどと言う話を、したくなかった」 「そうか。父上も男冥利に尽きるなあ。あの父は本当に女性に愛される男だと、自分の母を見て、いつも思っていた。俺の母は父にべた惚れだったんだ。亡くなってしまったが」 「ああ。貴方の母上の話を、少し聞いた事がある。本当に良く出来た妻だったと、彼は言っていた」 「そうか。それは嬉しいな」  そう言って微笑んだタカリュウに、少しシャンルメは胸が痛んだ。そこにチュウチャが目を覚まし、ぐずりだした。 「ああ、チュウチャどうした」  と言って、シャンルメはチュウチャをあやす。  ジュウギョクとシオジョウは、2人の話し合いにほとんど口を開かなかった。  そこにふと、3人は子供の頃3人でよく遊んだと言うショークの言葉を思い出し 「ああ。3人は幼馴染だったんだよね。実はつもる話もあったでしょう。わたしがチュウチャをあやしているから、3人で話をしていて欲しい」  そう言ってチュウチャを連れて、シャンルメは席を外した。  娘と遊びながら、シャンルメは思った。  あの嫡男は絶対に、2人で会ったからと言って、シャンルメに乱暴を働いたりする人では無い。  彼は何故、自分の大切な息子を信頼しないのだろう。  父に似ていると言われ、あんなに喜んでいた。  きっと、父親を愛しているし、誇りに思っている筈だ。その子を何故、大切に思わぬのだろう。  むろん、全く愛情が無い訳では無いだろう。でも明らかに彼は嫡男よりも、自分とチュウチャを想ってくれている。  シャンルメはその事が、彼と彼の母親から、まるでショークを奪ってしまったような気がして、とても胸が痛んだ。  全ての人が、幸せに生きられればいいのに。  そのためには、わたしは何をすべきだろう。  この世界に平安をもたらす。  それがやはり、自分の生きるべき道なのだ。  愛する男性と愛する娘との、ささやかな日々が少しでも送れた事に、神に感謝する。  この子がもう少し育ったなら、わたしも戦に赴こう。  戦い、彼の役に立とう。  この戦乱の世を終わらせるために、奮闘しよう。  シャンルメはそう思っていた。 「気を使わなくても良いのに……別に話など、ねえ」  と言ったシオジョウに 「何?俺と話す話は何も無いのか?薄情な妹だな」  などと言って、タカリュウは笑った。  やがて彼は 「ならば俺が父上の跡継ぎになるから大丈夫だ。などと言えないのは申し訳なかったな。カズサヌテラスが、女性として生きたいと思っているのに対して」  そう言った。  ジュウギョクはその言葉に深くうなずく。 「俺も……どこかで分かっていた。あの方がそれを望んでいらっしゃる事を。その後押しが出来ぬ事が正直つらい。ここ4年以上ほとんど戦に赴かぬが、いずれはまた戦場で戦わねばならない。ショーコーハバリ様が生きているうちはいいが、もしもの時にはあの方が中心になって戦わねばならない」 「ううむ。そうだなあ」  そう腕を組んで考え出した、ジュウギョクとタカリュウに 「シャンルメ様には、ちゃんとご覚悟があります。ただチュウチャがあまりに可愛く、父上が愛おしいので、そのようなお気持ちになる時があるだけです。わたしは今は、嵐の前の静けさだと思っています。その静けさの時が、子育てで大変な時期に当たったのは、良かったと思っています」 そうシオジョウは言った。  ギンミノウからの帰り道。4人で帰る道すがら、ジュウギョクは思っていた。  カズサヌテラスを思っていた。  この方が望むように女性として生きていただくためには、どうすれば良いのか。  もしそれを望んでくださるのならば、俺は今すぐにでも、この方を攫いたい。  謀反でも起こし、カズサヌテラスは死んだ事にして、女性のシャンルメとして、この方を攫いたい。  可愛いチュウチャを連れ子にして、どこかの町で3人で暮らせたのなら……  ただの女性として、幸せに出来たのなら……  そんな妄想をどうしてもしてしまう。  だが、この方はそれを望んでいない。  この方が愛しているのは、あの残酷な恐ろしい男なのだ。  その男を愛するために、大変な重荷を背負い生きなければならない。  いつしかシオジョウへの想いは、遠い日の初恋のような想いになっていた。  彼女を愛おしく思っていた日々もあったが、そして、そのために自分の生きるべき道に、随分と背中を押され励まされたものだが、今でも彼女を一番に想うかと聞かれれば、それは今は違う。  タカリュウに散々からかわれたように、自分は今カズサヌテラスに、敵わぬ想いを向けている。  この方が俺を選んでくれたなら、何があろうとも一生涯大切にするのに。  それを出来ぬ自分が悔しい。  チュウチャの手を握り、シャンルメは歩く。  本当にただの、美しい親子に見えた。  この幸せはいつまで続くのだろう。  そんな風に、ジュウギョクは思っていた。  あとがき  さて。ようやく発表できた5話です。5話は、シャンルメが産んだ子のチュウチャ、そして、少し登場をしたタカリュウの事でもある、「覇王の子」と言うタイトルにしてみました。  今回、カゲヨミと言う男性が出てきました。  モデルである人物が、同性愛者だったと良く言われる人物なので。この人は同性愛者に描こうと決意をした訳なのですが、彼を描く時に実は、弟に反対されまして……  同性愛者の男性に描きたい。  同性愛者な上に、現在にもし生きていたら、性転換をしているだろう人にしたい。  でも、凄く男らしくて戦に強くて、美学に生きている人にしたい。  そう言ったら 「そんな人いるの?そんな人いると思えないけど」  と言うんですよね。弟が。 「わたしはいると思う。自分はいると信じているし、この設定で描きたい」  と言ったんですけど 「いや、無理がある。それはやめた方がいい。こんな設定はどうか。あんな設定はどうか」  と言って来るんですね。弟が。  それに対して、 「ちょっと待ったー!」  と言って。 「そんな人いないかも知れない。そんな事を言ったら、物語と言うのは皆そうだ。物語と言うものは、自分が描きたいと心から思った物を描くべきだ。自分が描きたいものを素直に描くだけだ。唯一気を付けておくべき事は、誰かの名誉を傷つける事が無いようにって事。わたしは、わたしの描いたカゲヨミを見て『ゲイの名誉を傷つけられた』なんて言う方は、いないと信じている。だからわたしの思う、わたしの描きたい、カゲヨミを描かせて欲しい」  と言う事を言ったら…… 「なるほど。確かにそうだ」  と納得してもらえたのですが。  まあ、そんな言い合いが起こるくらいに、珍しくて難しい設定の人物。  それにチャレンジをしたと思っています。  実は女性の方が好きながらも、ハルスサも両刀遣い。カゲヨミとハルスサはお似合いって事なんですが……でもですね、万が一ハルスサとカゲヨミがお付き合いなんて始めたら、話が完全に脱線になっちゃうんで、あり得ないですね(笑)  そしてカゲヨミと言う人物、部下達がですね、カゲヨミが同性愛者な事を、まーったく気にしていないのが本当にいいですよね。 「立派な人だ」としか思っていない。  同性愛者だと言う事を抜きにして、気にしないで、その人の人となりで部下達が評価して、慕っている。そんな風に描きたいし、戦国時代は間違いなく、そういう時代だった、と思っています。  今回色々と、シャンルメがどんな政治をしているのか書きたいなあ、と思いまして。  あれやこれやと、彼女がどんな政治をやっているのかを描いてみたのですが……  ちょっと政治のシーンがですね、多すぎたかなあ。何だか、毎度毎度、小難しくて申し訳ない。  政治がどうのこうのと言う、そういう文章の多さに……うーん……どうにかしっかり描きながらも、簡潔に短く出来ないもんかなあ。なんて思いながら、書いていたのですが……  どうしても所々、細々と小難しい感じになってしまうのは、わたしの癖って奴だなあ。と思っています。  さて。政治のシーンも多かったのですが、子育てのシーンも多かったですね。  そして、出産シーンもありました。  出産子育てを、していないわたしが描いたから 「出産はそうじゃない。子育てはもっと大変だ」  みたいなご意見、きっと、あると思います。  例えばシオジョウがいるから何とかなってるけど、シャンルメってお母さんとして甘すぎる、駄目なお母さんじゃない?と思う方もいるかも。  でも子育てには、正解は無い。  不正解はありますね。  例えば、虐待をするとかは、不正解です。  絶対にやっちゃいけない事です。  その絶対にやっちゃいけない事さえやらなければ、一生懸命子育てをする事は、立派な事だと思う。  完璧な親なんか、この世にいないんだし。  シャンルメの子育ては、つたないかも知れないけど、頼りないかも知れないけど。  でも、子供をとても愛している子育てだと。  少なくとも、完全な不正解の子育てでは無いと。  わたしは、そう思って描いています。  この物語、最初「3話まで」の話が出来ていて。  1話から3話は、同時進行に近い形で書いていて。  4話は後から考えたんだけど、わりと早めにストーリーが出来て。  4話までとりあえず発表しようと思っていたけど、あ、5話も何とか出来そうだ、となったので。  4話までは間髪入れず。  5話もそこまで遅くならずに発表出来ましたが。  実は続きは、「書籍の形」に出来たりしたら、嬉しいなあ。なんて、思いながら書いていました。  そうそう、見てもらえるだけで、とても幸せだけど。  でも、本になれたら最高だよね。って。  まあ、そんな簡単には、適わない夢です。  エブリスタのやり方を良く分かっていなく。  もう5話まで発表していると言うのに、連載物の設定で発表をしていないため、そのうち1話が休載表記になってしまうらしいのです。  途中から連載物の設定にするやり方を、調べてはみたんですが……分からず。 なんか嫌というか、本当に残念ですが、仕方ない。  もう、発表できるだけで、ありがたいですものね。  実は、7話で第1部が、終了予定なんですが……  この7話が、なかなか描くのが大変そう。  じっくりじっくり、時間をかけて作りたいので。  もし6話までの公開が終わったら、違う作品に行きたいかもなあ。と思っています。  前回のあとがきでも、少し話しました。  7話の手前、6話までですね、連載が一段落したら、容量がパンクする前に、ホームページで発表していたガンダムの二次創作「宿業の星」と言う作品を、隔週って感じに、発表させていただこうかな、と思っています。  実は、こちらの作品。機動戦士ガンダムを1話からなぞって、原作とは違う展開になる物語。  最後に「シャアとギレンの対決で終わる」物語。  実を言うとガンダムを観ていて 「なんで、シャアは物語の途中で、ザビ家への復讐を忘れちゃうんだろう?」  と言うのが、不満だったもので。  物語の最後まで、ザビ家との戦いを忘れない。  最後にはギレンと対決する。  そんなシャアの物語になっています。  まあ、そちらはですね、次の6話を発表した後に、隔週で発表しようかな、って思ってます。 6話を8月に発表しまして。  8月に6話が発表できたら、9月から「宿業の星」に行こうかと思っています。  これからも、お付き合いいただけたら幸いです。  どうぞ、よろしくお願いいたします。
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