青春の日々

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 合宿の最終日、朝食の席で会った各務は普段と何も変わらない様子だった。私の方は内心ではそれはもう混乱していたが、なんとかそれを押しとどめて、何でも無い風を装っていた。  それでもやはり各務と話すのは気まずく、結局その日一度も彼とは言葉を交わさなかった。しかし、前日の宴会と連日の電車移動の疲れで会員達は皆口数が少なかったから、特に怪しまれることもなかった。  合宿の後、私はすぐに自動車免許を取るために新潟の山奥に軟禁されて、そのまま実家に帰省したから、夏休みの間各務とは一度も会わなかった。  合宿から帰ってすぐの頃は、各務に次会う時はどんな顔をすれば良いのだろう、等と悩んだものだが、夏休みも終わる頃になると、あの日の出来事は、飲み付けない酒か初めての煙草かが見せた幻のように思われてきた。  きっとあれは、本当に何もない事だったのだ。ただちょっと、何かの弾みで普通よりも顔が接近しただけに過ぎなかった。そうに違いない。  そう考えれば、あの後の各務の態度も説明がつくではないか。  秋学期が始まった時には、それが私の中の真実になっていた。  だから、秋学期になってサークル室に一人で雑誌を読む各務を見つけた時、私はいたって自然に彼の隣に座った。  各務の手元からは、煙が立ち上っている。それを見て私もポケットから煙草を取り出し、火を付けた。各務がちらりと私の手元に目をやる。  娯楽の少ない軟禁生活の間に、煙草はすっかり私の生活の一部になっていた。 「まだ誰もいないの。珍しいね、福本さんがいないなんて」  私が声をかけると、各務は手元の雑誌から顔を上げた。 「福本さん、バイトはじめたらしいよ。なんでも、春学期のあんまりにもひどい成績が親に見つかって、仕送りを減らされたとか」 「へえ、福本さんがバイト? 想像できないな。何のバイトしてるんだろう」  本当にね、と各務は笑って、また雑誌に視線を落とす。よく見るとそれは部費で買っている鉄道雑誌で、各務の前には夏休みの間のバックナンバーが置かれている。津山あたりが持ってきたのだろう。  私もその内の一冊を読もうと手を伸ばしたところで、各務が私の手を掴んだ。  その瞬間、私の身体に電流が走って、合宿での一幕が蘇る。  煙草の匂い、冷えた風、私の腕をつかむ各務の手の温度、そして唇の感触。  そう、あれは、幻などではなかった。  振り返った先には、各務の顔がある。  開け放たれた窓から入って私たちの髪を揺らす風は、すっかり涼しくなっていたけれど、まだ夏の熱を残している。  各務の薄茶の瞳に射し込んだ、秋の夕日が目を灼く。  私は眩しくて思わず目を閉じた。その瞬間、柔らかなものが唇をかすめたのが分かった。  目を開けて映るのはいつもと変わりない各務の微笑みで、それはすぐに横顔に変わった。  そして気付けば私の腕は自由になっている。  もう一度雑誌に手を伸ばす。各務は雑誌に視線を落としたままだ。  ドアのすぐ外で足音が聞こえて、思わずびくりと肩を震わせた。
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