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ドアの開く音とともに、島田の声がサークル室に響いた。
「こんにちは、って、まだ二人だけか」
各務は自然な様子で島田に軽く手をあげた。島田は私の向かいに座る。彼の腕は、二の腕の半ばくらいのところで黒と白にはっきりと分かれていた。
「久しぶり。焼けたね。どこ行ってきたの」
自分でも驚くほど、自然な口調だった。
「どこだと思う?」
島田はにんまりと笑うと、まるで日焼けを強調するかのように、腕をテーブルについて身を乗り出した。
「湘南とか?」
「そんな近場じゃないよ」
「じゃあ、ハワイ」
「そんな金あるわけないだろ。国内だよ」
横で各務が小さく笑った。
「それなら、沖縄とか」
「お、正解」
「ずいぶん豪勢だね。何泊したの」
「一か月。って言っても、旅行じゃなくてバイトだけどな。リゾートバイトってやつ」
「へえ、そんなのがあるんだ」
「知らないのかよ。お坊ちゃんは世間知らずだなあ」
島田がからかうように笑った。これくらいのことでいちいち腹を立てるような私ではない。
「バイトと言えば、福本さんって」
そう言いかけた時、突然音を立ててドアが大きく開かれた。
全員が弾かれたようにそちらに目を向ける。
そこには、機嫌が悪いという段階を通り過ぎて、もはや殺気立った様子の福本が立っていた。
無言で部屋に入ると、いつもの定位置にどっかと腰を下ろす。流れるような手つきで煙草に火をつけた。
私たちは顔を見合わせて、助けを求めるようにドアを見た。さしもの島田もこの状態の福本に声をかけるような度胸はないらしい。
私たちにできるのは、ただ静かに津山の到着を待つことだけだった。
救世主が到着するまでのたった五分が、永遠のように感じられた。
「こんにちは」
そう言ってドアを開けた津山は、自身に向けられる視線と福本の様子から全てを察したらしく、呆れたようなため息をついた。
津山はまるで何事もないかのように各務の向かいに座ると、私たちに穏やかな笑みを向けた。
「皆、夏休みはどこか行った? 僕はね、帰省のついでに日帰りで岐阜に行ったんだけど」
津山は声を弾ませながら、鞄から小さなアルバムを取り出す。津山がページめくるのに合わせて、私たちは彼の土産話に耳を傾ける。しばらくすると、畑がそこに加わる。さらに彼は自分の鞄から5冊のアルバムを引っ張り出して、机に広げた。
その中の一枚を、津山が引き延ばして壁に貼りたいと言い出した。畑はどこか照れくさそうに笑うと、じゃあ来週、みんなで夏休み中に撮った写真を見せあって、壁に貼る写真をもう何枚か選ぼうと言った。
何もかも全てが、あまりにもいつも通りだった。ひと月近く私を悩ませて、今もどこかにわだかまりを残すあの謎めいた行為は、この日常を、少しも損なわせることはないのだ。
そう考えると、唇に残る感触も、その意味も、全てがひどくあっけなく、取るに足りないもののように思えた。
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