藤色の季節

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 私は各務と一緒に、テレビをぼんやりと眺めた。  東京の殺人事件、政治家の不祥事、スポーツの試合結果。色とりどりの情報が映っては消えてゆく。  それでは今週の天気です、とキャスターが言ったところで、各務が咥えていた煙草を灰皿に押し付けた。  ブラウン管が、クリアな日本列島を映し出す。 「週末は晴れるみたいだね。それにしても、藤か。毎年見忘れるんだよな」 「藤の時期は短いもんね。よほどタイミングが良くないと。今回も、行ってみたらもう散ってたりして」 「そうならないことを祈るよ。藤棚と線路は一緒に写せるの?」 「うん、それは大丈夫。まあ、うまく写すのは結構難しいかもしれないけど」  写真を撮りに行こうと誘ったものの、実のところ私の写真の腕は贔屓目に見ても十人並みといったところだから、正直アングルまでは考えていなかった。無難な答えでお茶を濁す。 「どういう構図が良いんだろうね。藤の間から電車が見える感じが良いのかな」 「そこは咲き加減によるんじゃない」 「それはそうだな」  私の心のこもらない適当な返事に、各務が感心したように頷くのが滑稽でもあり、また私の密かな喜びでもあった。  視線を各務の顔からテレビに移すと、画面の向こうはいつの間にかキャスターたちの歓談に変わっている。各務はテレビのスイッチを切った。 「それじゃ、僕ももう帰るよ」  私がそう言って立ち上がると、各務も灰皿を持って立ち上がった。キッチンと部屋の境目にあるごみ箱に、中の灰をあける。  狭い廊下ですれ違う瞬間、ごく自然な動作で、各務が私の唇に彼の唇を重ねた。  ほんの一瞬の出来事。  あの夏の日以降、この奇妙な儀式はすっかり私たちの習慣になっていたが、そのことについて彼と言葉を交わしたことは一度もない。  私はもう随分前に、この瞬間について考えることを放棄していた。  尋常なことではないのは勿論わかっていた。だが、取り立てて問題にするようなことでもないと、そんな風に思ってもいたのだ。  この一瞬を除けば、私たちの関係はいたって普通の友人なのだ。  どういうわけか、私はこの行為に嫌悪感を覚えることはなかった。だからといって、この先にあるものを追求したいと思うこともなかった。  各務の真意を知りたいと思ったことがないわけではないが、それを問いただす勇気を私は持ち合わせていない。  ただ、美しい恋人との仲睦まじい様子を見る限り、各務がその席に私を座らせたいと思っているのではないだろうということだけはわかっていた。 「じゃあ、また土曜日に。何か変更があったら、また連絡するよ」 「うん、よろしく」  まだ少し肌寒く、しかし確実に夏へと変わりつつある空気の中に、一歩足を踏み出す。  春ももう終わりだなと、一月以上前に衣替えを済ませた桜の木を見上げた。  
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