(1)

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

(1)

 大きな本数冊を抱えた教授の後ろ姿を認め、私は走り寄って「お持ちします」と横取りした。手にするとズシリと重い。一番上の分厚い本は『日本古寺建築』と書いてある。  メガネの奥からギョロッと見つめ「ありがとう海藻(かいも)君」と言った教授は歩調を緩めることもしない。私は三歩ほど後ろからついて行き研究室の前で「教授、お時間御座いますか」と問いかけた。  立ち止まった教授に「そのためにわざわざ重たい本を運んでくれたのだろう」と嫌味を言われたが、ひねくれ教授に慣れっこの私は気にもとめず「どうぞ」と笑顔で扉を開いた。 「もし本当ならそそられる話だ。だが、今まで発見されず残っているというのが解せぬ」  インスタントコーヒーをすする初老の教授は胡散臭い話だとメガネの奥の瞳を光らせた。  仏教建築史研究において右に出る者はいないと自他ともに認める教授だが性格は至って偏屈だ。そのため、教職員から煙たがられているが、不思議と学生には人気がある。  教授は乗り気でないが私は必死だ。新発見ならば学会だけでなく世間の注目を浴びる。ニュースやワイドショーにも取り上げられ私の名は知れ渡るだろう。そうなれば諦めていた准教授の椅子も夢で無くなる。そしてこの偏屈教授が退職した後は……と夢が膨らむ。  妄想していると頬が緩んでしまう。締まりのない顔を見られたら看破されて雷が落ちるかも知れない。  案の定「どうかしたかね」と睨まれた。 「い、いえ、何でもありません」  くわばらくわばら。恐ろしく勘の鋭い年寄りなのだ。私は気難しい顔を作って、 「最初は信用しませんでした。でも衛星写真で調べるとそれらしき建物が写っています」  PCを操作して衛星写真を拡大した。 「これでは断定できん。樹木も邪魔だ、ストリートビューはないのか」  モニターを覗き込んだ教授が冷たく言い放った。  ストリートビューがあれば最初から見せている。ないから拡大した衛星写真になったのだ。そもそも山深いお堂のストリートビューなんてあるわけない。そんなことは先刻承知のくせに、と心の中で悪態をついたらまたも睨まれた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!