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(6)
なぜ夢とオーナーの話が同じなの? 私は恐ろしくなった。
「どうしたんだい。夢の中の出来ごとと同じで驚いているのかい」
「えっ、なぜ……」絶句して次の言葉が出なかった。全身に鳥肌が立った。
「ふふっ大丈夫、最後まで聞けばすべてがわかる……そうすべてがね」
オーナーの手にするグラスのワインが揺れる。ローソクに照らされたワインは一層赤みを増し、いやでも血の色を連想してしまう。オーナーの言葉はあくまで優しい。その優しさがとびきりの恐怖に感じてしまう。
「生き残った男と子供は小屋に閉じ込められ火で焼かれた。断末魔の悲鳴は残された女たちの耳にも届いた。その女たちは村の男に何日も犯され続けた。気が触れた女、病気になった女、妊娠した女も居た。誰の子かも分からない。望んで出来た子でもない。お腹に宿った子は悪魔の子なんだ。妊娠していようがいまいが男どもは代わる代わるやってくる。絶望した女たちは監視の目を盗んで海に身を投げた……月のきれいな夜だった」
私は何も言えない。まるで私が責められている感覚だ。
「私は誓った、復讐すると。仲間を殺し私たちを犯し続けた村人の子孫を必ず探し当て根絶やしにしてやると」
突然オーナーが立ち上がり私に襲い掛かった。
「キヤャー」
倒れた私にオーナーが馬乗りになった。逃げようとするが体が動かない。老人とは思えない物凄い力だ、助けてと叫んだが声にならない。
「おまえの見た夢は私たちの復讐の序曲にすぎない。窯から聞こえた声は業火に焼かれた仲間の無念の叫びだ」
オーナーのやさしい顔が瞬時に老けこんだ。ブロンドに染めている白髪は抜け落ち、眼窩は落ちくぼみ、瞳は腐って私の顔に落ちてきた。頬はこけ、深い皺は縦横に走り、口角は耳まで裂けて肌は土灰色になった。死人の顔だ、たえられない異臭もする。
「三百年だよ、根絶やしにするのに三百年の時が流れた。だが、これでやっと終わる。お前とお前の子供を殺せばすべてが終わる」
えっ! 私が村人の子孫なんだ。
「やっと気づいたようだね。お前の先祖は三百年前に私たちを犯したんだ! やめてと泣いて頼む私たちの願いも聞き入れず、何度も何度もだよ」
すでに肉体は滅び、怨念だけで三百年生き続けている魔物だ。
因果応報という言葉が頭に浮かんだ。自分の先祖が取り返しのつかない事をしたなら報いを受けるのもしょうがない。でも息子だけは助けたい、それが親心。
「私はどうなってもかまいません。でも息子だけは助けてください。お願いします」
「駄目だ! お前の先祖はやめてと泣いて頼む私たちの願いをきいてくれたかい? 私たちに労りの言葉の一つでも掛けてくれたかい? 欲望のまま私たちを犯し続けただけ、勝手なこと言うんじゃないよ。文句があるなら地獄で待っている先祖に言えばいいさ」
もう駄目だ、全身から力が抜けた。
オーナーの、いや魔物の手が私の喉を捉えた。瞳の無い眼窩は漆黒の闇、光さえも飲み込もうとする闇が私を睨んでいる。
その時、微かに床が振動した。振動は徐々に大きくなった。轟音と共に建物が大きく揺れはじめた。壁に大きな亀裂が走った、歪んだ天井が落下した。泥水と土石が侵入し私は食堂の端へ押し流された。泥土が体を押しつぶした。息が出来ない。思いっきり泥水を飲んでしまった。
夫と息子は大丈夫だろうか。私は死んでもかまわない。でも息子に罪はない、息子だけは……。復讐は私の代で終わりにして欲しい。あの世で頼んでみよう。
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