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 午後になると風が強くなり時折パラソルが大きく揺れる。遠くを望むと波の先端が白く踊り、穏やかだった海が少しずつざわめき始めていた。真っ青だった空は大きな雲が逃げるように動いている。  天気予報は午後から風が強くなって夜には暴風雨になると警戒を呼びかけていた。まだ昼前だというのに帰り支度を始めている家族連れがいる。夫と息子を探すと波打際で遊んでいた。私は立ち上がって二人へ歩み寄った。 「風が強くなってきたわよ」  私の言葉に夫が顔を上げて回りを見渡した。 「天気予報通りだな」  夫が立ち上がると息子は「もう帰っちゃうの」と不満を漏らした。 「台風が来るのよ」と私は息子を立たせて体の砂をパンパンと払い落とした。  夏に過ごすペンションは海辺の山裾に建っている。ここから望む海は絶景で海水浴場は目と鼻の先。子供を遊ばせるには最適だから毎年利用している。スペインのご婦人がオーナーで、古い旅館を買取りペンションに改装して経営している。テレビで放送されると予約が殺到し、今年は無理かなと思いつつホームページを確認すると運良く空いていた。オーナーは八十歳を超えているがまだまだ元気、矍鑠(かくしゃく)としている。  ペンションへ戻るとオーナーはエントランスに並んでいる植木鉢を室内へ避難させているところだった。 「おや、遊び足りない顔してるね。帰りたくないってママを困らせたんじゃないの」  図星を指された息子がバツの悪そうな顔で私の後へ隠れると、オーナーの笑い声がエントランスに響き、チェックアウトの客が振り向いた。  午後は部屋でゆっくり休んだ。ゴロゴロしていた夫と息子はいつの間にか寝ている。私もベットへ身を横たえた。窓を横切る雲は真夏の白い雲ではなく薄鉛色の雲になっていた。目をつぶると波の音が今朝より大きく聞こえた。
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