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***
それはとある秋のこと。
「どこか悲しい顔をされていますね」
そう声をかけてきたのは僕と同じぐらいの年齢の男だった。長身で、顔は女みたいに中性的で…。だが特に気になったのが、なぜ急に僕に声をかけてきたかという事だった。
その日大学からの帰り道で、すぐに彼女の待つ場所に向かわなければならなかった。
「何か僕に用ですか」
「あなたの思い出を私に譲っていただけないでしょうか?」
その男が次に発した言葉は確かそうだった。
「譲る? 僕の思い出をですか?」
「はい。今なら私に譲っていただければ、あなたの欲しいものをなんでも用意します」
僕はその時、危ない宗教か、セールスの勧誘かと思った。
「なんでも?」
「はい! なんでもです」
「本当に何でも?」
「はい! ただし…」
男は僕に背を向けて、こんなことを言い出した。
「一つ条件があります」
「やはりな! そうだと思ったよ! どうせあれだろ! 人の思い出を適当に聞いておいて、こちらの欲しい物を渡したら高額な金を請求したりするんだろう!」
「いえいえそんなこと……」
「見え透いた嘘をつくなよ! 悪いが僕はあんたのような人と、こんなところで話しているほど暇じゃないんだ!」
「響さん…」
男は知るはずのない、僕の彼女の名前を口にした。
「なんで…あんたが響のことを知っているんだ…」
「それは言えません」
男は不気味に笑って、「話をもとに戻しますね」と僕のまわりをくるくると回り始めた。
「ただし…それはあなたから…」
そこで僕はこの男の話が長くなりそうだったので遮って、「ちょっと待ってください。場所を移しませんか? こんな道中だと通行者の邪魔になります」と周りを気にした。
男は微笑んで「そうですね。場所を移しましょうか理さん」と一言だけ言って、私に背を向けて勝手に歩き出した。
「あんた…本当にいったい何者なんだ? どうして僕の名前まで知っていいるんだ」
「それは私が修復屋だからです」
これが修復屋と初めて出会った時の話だ。
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