33人が本棚に入れています
本棚に追加
<2・団。>
ドグマ団地153。それが、件のエレベーターがある場所だった。
埼玉県のギリギリ南部に位置するA市。あまり知られていないが、埼玉県は北部と南部の格差がかなり激しかったりする。南部から東京に行き来するのは電車も多くて非常に便利なのだが、北部の方へ行くとなるとかなりルートが絞られて来たりするのだ。あとは、東京方面へ行き来するのは便利なのに東西へのルートが存外少ない。南部の住民は車を持っていなくてもさほど移動に困らないのに対して、北部の場合は自動車ありきで動いている地域も少なくないのだった。
幸い、今回私達が向かったA市はまだ東京に近い方である。電車を三回ばかり乗り換えれば、一時間ほどで到着できる場所だった。――市の規模に対して、ドグマ団地のあたりだけは随分と寂れた印象であったが。
「駅から二十分も歩いてないのに、この寂れっぷりは何……?」
私は思わず団地の前で呻いてしまう。駅前周辺はコンビニもパチンコ店もある、ちょっと派手な町といった印象だったのに。西口から少し歩いたばかりでこれである。
いくつも古い家が立ち並んだ奥に、ボロボロの団地の棟が規則正しく並んでいる場所があった。側面部の上の方にはそれぞれA棟、B棟、などのアルファベットが掲げられているが、どれも苔が生えていたり文字そのものが剥げてしまったりしている状態。元々白かったのであろう文字が、苔のせいで緑色になってしまっているものもある。
しかも、壁はあちこちうっすらと罅が入っている。オバケ団地じゃん、と私が思ってしまうのも無理からぬことではないだろうか。
「こんな状態で、人住んでんの?」
「新しく建ったK棟とかその辺は、もう少し建物がマシなんだってさ」
スマホで位置を確認しながら、真里菜が言う。
「古い棟ほどボロくていわくつきで、人が全然住んでないんだって。なんでそんな団地なのに、新しい建物をばんばん建てるのかマジイミフってかんじだけど……まあそのへんは建築とか不動産とかの知識ないからわかんないや」
「公営団地なんだっけ、ここ」
「そうらしいよ、多分」
多分かい、とつっこみたくなる私。事前の下調べを全部真里菜に投げてしまったので、人のことをどうこう言う権利はないのだけれど。
「確かに、まったく住んでないわけではないみたいですね」
琴音が奥の公園の方を見て言う。建物の間と間には、小さな公園のようなスペースもある。せいぜいベンチと小さなブランコがある程度だったが、少ないながらも親子連れや通行人の姿が見えた。自分だったらこんなオバケ団地、いくら安くても住みたくないですけど――と私は心の中で思う。
「問題のエレベーターは、B棟にあるってさ。すぐそこだよ、行ってみよー」
既にテンション駄々下がりの私をよそに、真里菜は随分元気である。琴音が既にカメラを持って撮影を始めていた。声が入ると困るので私も黙るしかない。団地の入口で元気よくナレーションをする彼女を見つつ、再度思ったのである。
――なんか、入りたくないな、ここ。
そう思う理由は、自分でもよくわからなかったけれど。
最初のコメントを投稿しよう!