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 二郎はいい子だって店のキャバ嬢みんな言ってたよ。男の声は鼓膜に響く自分の心臓の音でよく聞き取れなかった。いい子。その言葉だけは認識できた。いい子なら俺の言うことわかるよね、お母さんが金を返してくれないのがいいことなのか悪いことなのか、ちゃんとわかるよね。二郎は答えられなかった。ただ二郎は知っていた。“普通”に生きるのには金がいる。だから母親はこの人に金を借りたのだとわかった。そしてこの男だって金がなければ“普通”には生きられないのだと思った。  お母さんまだ帰って来ないんだよね。男が言いながら二郎の太腿を撫でるように触った。全身熱いのに体の芯が一気に冷え込んだような気がした。怖いと思ったが動けなかった。お母さんいないならしょうがないな。男が自分の腰のベルトを外した。いい子ならちゃんと言うこと聞けるよね?  大丈夫。俺は大丈夫だから。お母さんが帰って来るまでうちで待てる。宿題もする。知らない人に何をされても何をさせられても我慢できる。誰にも言うなと言われれば秘密にする。痛くてもつらくても自分で何とかする。大丈夫、俺は大丈夫だから。自分に言い聞かせた。俺は頑張れる。いい子だから。  山田二郎はいい子である。悪い大人がそう言うのだから間違いない。
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