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ティアラ。それは物語において、たった一人の王子様を待つお姫様の象徴だ。美しくて、綺麗で、我慢強くて、ようやく訪れた王子様に愛される女性の象徴。
クソ喰らえ。
ノロマな王子様に愛されてハッピーエンド? そんなの、私は幸せになれない。
「ティアラと名付けた私の親は、何を考えていたと思う?」
運転席でハンドルを握る田中誠に尋ねる。訝しがるようにチラリとミラー越しに私へ視線を投げた彼は、ボソリとつまらない言葉をこぼした。
「……さぁ、何でしょう」
普通じゃない人生を送って欲しかったんだってさ。小学生の頃、道徳の授業で聞くことになった親からのしょうもない答えを口の中で転がして呑み下す。
父は佐藤一。母は鈴木桜。名簿を読み上げる先生から名前を呼び間違えられることも、自己紹介をして名前を問い直されることもない人生だったはずだ。その他にも私にはわからない何かの想いがあったのだろう。
両親は、私をティアラと名付けた。
変な名前だね。カタカナの名前なのに外国語話せないの。ティアラってお姫様がつけているものだよね。名前の割に可愛くない。容姿と名前が合ってない。そんな言葉に晒された私は、両親が望んだ通りに普通じゃない人生を送ることになった。
お小遣いやお年玉はファッション誌、メイク道具、洋服、靴、バッグ、美容院へ消えていった。バイトで稼げる年齢になってからは整形もした。
お姫様みたいにかわいい。そう持て囃されるようになって、ようやく気づいた。
私は、そんなもの望んでいない。
「ティアラさん、着きました」
「ありがとう。時間は?」
「打ち合わせ開始まで三十分です。急ぎましょう」
田中の言葉を聞きつつドアを開けて車から荷物を降ろす。キャリーケースを引っ張りながら廊下を走り、二人でエレベーターに乗り込んで一息つく。
エレベーターを降りた先には田中以外のスタッフさんが待機してくれている。彼らに荷物を任せて私は会議室へ向かう。ライブ前の最終打ち合わせだ。外せない。
「あなたには似合わない名前ですね」
「え?」
「ティアラと名付けられた理由を考えていたのですが、そう、思ってしまいました」
何の話だ。三秒かけて車の中での会話を思い出し、随分と遅い田中の回答に笑う。運転中に集中していて考えられなかったのか、時間を費やして考えてくれたのか。
「どうして似合わないって思うの?」
「あなたは愛されるお姫様じゃなくて、人を愛して笑顔にするアイドルだ」
チンと音がして、エレベーターが目的の階層にたどり着いたことを知らせた。
「ティアラ! 誕生日おめでとう!」
「ティアラちゃあああん!」
「ティアラ様〜! 生まれてきてくれてありがとぉ〜!」
ライブのオープニング。ポップアップでステージに出た瞬間、ドームが揺れた。
「みんな! 会いに来てくれて、ありがとう!」
更にヒートアップする歓声の中、サイリウムの海を走って、歌って、笑って、みんなと目を合わせた。手を振って、キスを投げて、ハートをつくって。キラキラと輝くその瞳が嬉しくて、次々とファンサービスに応える。
私の目に入るようにとデコレーションされたうちわは、誕生日を祝うものばかり。こんなにもたくさんの人が、私に生まれてきてくれてありがとうと叫んでくれる。愛してくれている。
だけど、私は愛されるだけじゃ幸せになれない。
「愛してるよ!」
歌って、踊って、愛して、そんな私を見て、誰かの涙が止まったら。笑顔になってくれたら。
私は幸せだ。
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