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黒猫
彼は昔、陰で黒猫と呼ばれていた。それは美しい黒髪を形容したものではなく、もっと下卑た発想からだった。
「おれ、下げマンなんだってさ」
特有の気怠さでシーツの海に揺蕩う彼は、たばこの合間にそう呟く。なにか話したいのだろうと察した私は、ただ宥めるように美しい髪を梳いてやった。
「だからあんたも、そのうち死ぬよ」
「人はいつか死ぬだろう」
「でもその若さじゃない」
黒猫が横切ると不吉なことが起こる。そんな迷信で不吉なのは猫とされがちだが、実際は全くのデタラメだ。もともと黒猫はあんこ猫と呼ばれ、縁起のいいものとされてきた。それにそっぽを向かれるという行為が不吉なのである。
「お前は前の男たちが本気で好きだっのか?」
「そう思ってたよ」
「じゃあ、私は?」
そう尋ねてみれば、彼はちらりと私を見上げた。かと思えば、ぷいっと視線を別の方へと移動させ「さぁね」と答える。その気まぐれさはまさに猫だ。
「まぁ、それは追々でいいとして。私だったらこうするね」
彼の顎を掴み私の方に向けさせると、その目に、そして彼の本能に語りかける。
「【俺に危害を加えることは許さない】」
本気でコマンドをしたわけじゃない。それは彼にもわかったようで、一瞬目を見開いたものの可笑しそうにくすくす笑い出す。
「それで防げたら苦労しないんじゃない?」
「いいさ。ただのおまじないより効果はある」
それよりも効果があるのは、君がずっと私のそばにいてくれることだ。私の幸運の黒猫。
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