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降水確率30%、とはいえ朝の時点では晴天、風に湿気も感じなかったので荷物になるからと傘なんか持って来なかった。
授業が終わった頃には陽射しが陰っていたけれど、ちょっと委員会の仕事をしてる間も段々と怪しい雲行きになってたけれどまだ余裕でしょいけるいける。
そう思っていた時期が私にもありましたさ。うーん見積もりが甘い!
委員会を終えて学校を出ること十分、ぽつりぽつりと額に当たり始めた水滴はぱらぱらとその数をふやし、あっという間にぱたぱた雨音を立てながら視界を遮り始めた。
大慌てで雨宿り出来そうな場所を探して目に付いた公園の屋根付きベンチへ飛び込むと、そこにはひとり先客が座っていた。
クラスメイトの男の子だ。既に一度帰宅したのだろうカジュアルめの私服姿に少し大きい傘を持っている。
「ありゃ、どしたのこんなとこで」
彼は私を一瞥すると愛想良く片手を上げた。
「よう。ちょっとな、バイトの待ち合わせ」
「ああ、部活辞めたんだっけ」
そういえば戦力減になるって監督がぶつぶつ言ってたっけ。彼は頷いて、少し気まずそうに視線を逸らす。
「お、なによ。クラスメイトに隠し事かあ?」
ちょっと可愛くない笑みを浮かべた私に一瞬だけ視線を戻して、照れたようにまた外す。うふふ、なによその反応は。
実は前から少し彼のことが気になっていた。見た目も人当たりも良いし誰かとくっついてるって噂も無い。今までは部活が忙しそうにしてたから友人たちとも放課後の付き合いが少なくてきっかけが無かったのだろう。優良物件だ。
しかしそんな私の打算はとりあえず一掃された。
「いや、透けてるから」
「……ア、ハイ。オキヅカイアリガトウゴザイマス」
顔から火が出そう。今なら目玉焼きだって作れちゃうわね。私はたまたまカバンに入っていたジャージの上着を羽織って身を守った。季節柄少し蒸し暑くなるけれども濡れ透けには代えられない。
すっかり気まずい空気になってしまったけれども、このタイミングで傘も無しに飛び出すのはきっと明日から気まずくなるから出来れば避けたい。途方に暮れて屋根の外へ視線を向ける。
雨は可もなく不可もなく。しとしとぱたぱた降り注ぐ。
「雨、好きじゃないなあ」
特に彼に言ったつもりでもなく呟いたその言葉に、けれども彼は視線をこちらへ向けていた。
「うーん……雨宿りしてるとさ」
ぽつぽつと気持ちを言葉にする。
「もうそこの外は雨が降ってるワケじゃん? なんか壁に拒まれてるっていうか、息苦しさがあるんだよね。それに雨音」
「雨音?」
「そう、雨音」
目を閉じて耳を澄ませば、規則的とも不規則とも言い切れない微妙な雑音として意識へ流れ込んでくる。
「いつも聞こえてくる音が全部塗り潰されて、なんだか違うところにいるみたいに感じるの。どう?」
私が目を開いて視線を向けると、彼は「ああ」と納得したように相槌を打って目を閉じる。
「今ここには、いつも当たり前にあるはずの音も風景もないんだよな」
彼もまた目を開いて雨の向こうを見通したいかのように目を細める。
「雨宿りの閉塞感、孤独感。俺も感じたことあるよ。確かにある」
微笑みを浮かべてこちらを見た彼の隣に腰を下ろすと「だよねえ」と毒にも薬にもならない相槌を打って雨を眺める。
人通りの少ない公園のベンチで雨の壁に囲まれて、雨音は喧騒の気配を消し去ってまるで密室にいるよう。少しおしりを寄せて肩を触れ合わせるとじんわりと彼のぬくもりが伝わってきた。
「今は、ふたりだけどね」
ちらりと見上げれば彼は「えっ」と声を上げ目をまんまるにして固まっていた。猫かな?
「ふたりだから」
もう少し強く肩を押し付けて這い上がるように顔を近付ける。
「孤独じゃないし、寒くもないし、それにお得かも」
ゆっくりと囁くと「な、なにが?」なんて取り繕った平静で半端な笑みを浮かべて聞き返してくる。困ってるかな? 満更でもないかな?
彼のことはそんなに意識していたわけじゃないけど、胸が凄く高鳴ってる。心音が雨音を打ち消してしまうほどに。
「こうやって気軽にふたりきりになれるのって、素敵じゃない?」
我ながらびっくりしてしまうほどの手のひら返しね。でもきっとこんなことは全部自分の気持ち次第なんだ。今はここで彼とこうしていられるこの雨に感謝したいくらい。
「い、いやあ、その……なんだ」
しどろもどろと口にしていた彼は、ふとなにか思い出したように口を閉ざした。視線は遠く、たぶん雨の向こうよりもっと遠くを見ている。そんな気がする。
「そう、だな」
彼はなにを思い出したのだろう。なにを見たのだろう。はにかんだような表情のなかにきっと私はいない。
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