序章。

7/7
前へ
/7ページ
次へ
世界フェイズ②【世界樹の丘にて】〜はじまりのエピローグ 或いは終わる世界へのプロローグ〜 〜とある世界で語られた、名もなき絵本作家による、始まりと終わりの童話〜 何も無い、誰もいない。そこは小さな、とても小さな島でした。 地面は黒く、渡る風は冷たく。 島を見下ろす空は暗く、分厚い雲が広がるばかり。 島を囲む海は凪ぎ、時として嵐を誘い、島を洗います。 その度、猛る嵐の波は仄暗い海の底から白い砂を運び、島へと運びます。 小さな、とても小さな島に、白く輝く浜辺が生まれ、 島と溶け合い混ざり、茶色の土になりました。 ある日の事、小さな島に空から一閃、切り裂く雷が地面を穿ちました。 眩い光を伴って、穿たれた地面は焼け焦げ、その底は最初の黒い地面が剥き出しです。 雷はその後も空から落ち続けます。 島の上だけでは無く、海の上にも。時には空を覆う雲を切り裂くように、横薙ぎの閃光が走ります。 島は、その恐ろしい光景に小さく、物言わぬ身を小さく震わせていました。 どれ程、時が流れたでしょうか。 雷に怯えて、寒さに震えていた島に温かな光が降りてきます。 切り裂かれた雲の合間から。やがてその光は雲を払い、世界を満たしてゆきました。 ただ冷たく渡るだけの風は、その包み込まれるような暖かさを喜び、歌います。 ただ黒く、冷たく暗いだけに見えた海は蒼く、透き通っていたのだと、島は初めて気がつきました。 島は初めて、この世界の広さを知ったのです。そして、 『ボクはこの広い世界で、たった一人』 なのだと、知りました。 それを【孤独】と呼ぶのだと言うことを、小さな島は未だ知りません。 だって初めから、島があるだけだったのですから。 ただ今は、降り注ぐ光の暖かさに一人、微睡んでいるのです。 誰一人、訪れることのないこの場所で。 ある日の事、小さな島は海の方で、何やら飛び跳ねているものを見つけます。 不思議なもの。それは海から空へと飛び上がり、濡れた体がキラキラ光り、また海へと帰る。 島にはそれがとても綺麗だと、美しいと思いました。 『ボクのところにも、来てくれないかな?』 島はそう思いました。 その呟きを聞いていた風が、島に囁きかけます。 『あれはね、【魚】って言うらしいよ。昔、海に落ちた雷が、海の水とお日様の光と混ざって生まれたんだよ』 君は物知りだね。島は風にどうしてと聞きます。 『雷は、私に知識をくれたんだ。世界を隅々まで渡るために』 そうなんだ。じゃあボクには何を?島は、少し残念そうに呟きます。 『そうか、君には見えないんだね。よし、私が手を貸してあげよう』 風はそう言うと、一際強く拭きはじめ、一粒の砂を空へと高く舞い上げました。 その砂を通して、島は初めて自分の今の姿を見るのです。 はじめてみる、大きく広く。はるか遠く、海の上に広がる自分の姿を。 その大地を覆い尽くすように、青々とした草や色とりどりの花が。 『綺麗だね、君は。雷は君にも命の種をくれていたんだよ』 風が舞上げた砂に囁きました。 命。その言葉の意味を、かつて小さな島だったもの、『大地』は知りません。 ただ、自分の大きさを知り、この身の内に何か熱いのものがあると、感じるだけでした。 やがて風はゆっくりと大地に降りていき、砂を優しく一つの丘へと下ろしました。 『ここが、始まりの場所。世界に初めて雷が落ちた場所だよ』 風は、またねと一言残して、吹き抜けていきました。 ここには何故か、草も花も生えていませんでした。 ただ、黒く焦げた大地と熱があるだけ。 少しだけ、大地はその光景を見て【寂しいな】と思いました。 その時、何かか細い声が聞こえたような気がしました。 風では、ありません。その黒き熱で焼けた土からの聞こえる声。 『……ああ、やっと届いた。キミを呼ぶこの声が。私は雷。生まれたばかりの世界に命を広げるために来た』 世界を渡る、風の友に感謝しよう。やっとキミに会えた。 光を失い、今はただ残り熱と共に地面に焼きついた雷が、大地に語りかける。 『私の意識が全て消え去る前に、逢えて良かった。生まれたばかりの大地の精よ』 キミがもし、寂しさに打ちひしがれ、一人でいることに耐えられなくなったら、生み出すといい。 キミはもう感じているはずだ。その小さく、大きな体の内側に宿る熱を。 それはキミ自身。この世界に満ちる草や花、海を泳ぐ魚たちのように生きる、一個の命としてのキミだ。 『一個の命、みんなと、同じ?』 同じでは、無いかもしれない。魚は海に、花は大地に。 それぞれ根付いた場所で、それぞれの形を得ることだろう。 差し詰めキミは、広い大地に根ざし、天高くのびゆく大樹となろう。 『大樹?』 大地は問いかけます。 望めば世界の果ても、海の底をも見渡し、その身が宿す木の実は、全ての命の願いを叶えるだろう。 キミが望むなら、自由に世界を歩き、触れたいものに触れ、見たいものを見ることも出来るだろう。 『あの海の魚にも?花って言うあの綺麗なものにも?』 そう、キミがそう望みさえすれば。 雷の言葉に、大地は生まれてはじめての願いを口にしました。 『……この世界に、全ての命の願いを叶える、実りの大樹を。そしてボクに世界を渡る自由な体を』 『……我が大願、いま此処に成就せり!我を遣わせし主よ。此処に新たに生まれし命の大地に千年、万年の繁栄と祝福を!』 雷は高らかに吠え天を仰ぎ、そして最後に残った熱と共に消えていきました。 雷が消えた丘には、天高く伸びる太く力強い幹と、丘全体を覆うように広がり、緑豊かな枝葉を持った大樹。 その根本に、ひとりの少年が佇んでいました。 『……これが、ボク?』 少年は不思議そうに自身の手を見、体を見、足、地面と視線を移し、最後に自身の立つ世界を見渡しました。 ただただ広く、その広さに対してとても小さい自身の体。 生まれたばかりの少年は、地面にゆっくりと跪き、両手で自身の顔に触れました。 その手によって目が覆われ、世界が暗く閉ざされます。 少年はその【世界を見るための二つの眼】から、何やら冷たいものが溢れてくるのを感じました。 顔を覆っていた手を下ろし、再び世界見る少年には、世界がとても歪んで見えるのです。 それは、それはとても【寂しい】モノのように見えました。 少年は、訳もわからず初めて、大声をあげて泣きました。 この世界の千年、万年の繁栄と祝福の代償にして、少年にはそれと同じだけの孤独と寂しさが与えられたのです。 でも、それでも生まれたばかりの少年には、それがどう言うものか、どこから湧き上がって来るのかわからないのです。 ただただ、その小さな体から湧き上がるものに急かさられるように、ただ大声で泣き続けました。 すると、少年の目の前に一個の木の実が落ちて来ました。少年は驚き一瞬、泣くのをやめました。 『……泣くのをおやめ、愛しい大地の子。私をお食べなさいな』 そう語りかけてくる、金色に輝くその実を少年は恐る恐る手に取り、促されるまま、初めて『一個の命』を口に含みました。 ガリリと噛んだその先から、口に広がる優しい甘みと瑞々しい果汁が、少年の体に広がります。 そして、金色の実は少年に教えるのです。 『キミは、キミと言う存在は、今は確かに一人かもしれない。でも、決して孤独なのではありません』 ご覧なさい、と促されるままに少年は顔を上げます。 そこには少年より大きな体と角の生えた雌鹿が、心配そうに見つめていました。 それだけではありません。その下には小さなリスや兎が、草のあいだからは虫が。 いつの間にやら足元に広がる草と花、その上を舞い、少年の周りを飛ぶ蝶が。 ……皆、あなたを心配しているのです。泣きやまぬ、あなたのために。 雌鹿がゆっくりと近づき、少年の涙を拭うように優しく頬ずりしてきました。 その暖かさを感じながら、少年はまた涙を流します。 それは先程までの冷たい涙ではなく、初めて命の温かみに触れた、喜びの涙。 でも、少年にはわかりません。何もかもが、初めてのことだったのですから。 分からないまま泣き続け、少年の周りに集まる動物達は増え続け、 そしてその暖かさを感じながら最後に初めて笑い、動物達と共に初めての【眠り】つくのでした。 千年の孤独、万年の孤立。それは未だ、最初の1日を終えたばかり。 少年は初めて夢を見ました。 仄暗い海の底の、そのまた先に突き立つ、黒き槍を。 時折、赤黒く脈打ち胎動する、その暗き槍を。 少年は不思議そうに手に取り、引き抜く。 そんな夢を。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加