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打算婚のすべて
『寧々、全然幸せそうじゃないね』
結婚して15年目。
育児にようやく余裕ができ、寧々は高校時代の友人と時々飲みに出かけたりできるようになった。
寧々の旦那の康介は快く行っておいで。と言ってくれた。
優しさなのか、信頼なのか、興味がないのか、聞きたくないのか、
康介のほうが自由に生きているからなのか、
よくわからないが誰と遊びに行くのかどこへ行くのか、聞くことは一度もなかった。
康介と寧々は大学時代同じゼミで、同い年とは思えない康介の落ち着きと、何となく感じてしまった康介の将来性と、マッチョで包容力のあるところに一気に惹かれ、若気の至りかお互いがまだ中身を深く知らないうちに寧々は結婚を急いでしまった。
大学卒業後、上京し康介は大手企業に入社。
すぐに寧々と結婚した。
彼的には寧々のことは本当に結婚したい相手だったかというと、そうではなかったのかもしれない。
そこそこに容姿端麗で、自分と結婚したいと素直に気持ちをぶつけてきた寧々の想いと勢いに負けて結婚したのだろう。
そんな夫婦はこの世にたくさん存在する。
寧々は確かに康介のことが好きだった。
康介は一生寧々の生活を金銭的に困らせないと言っていた。
それが愛だと。
それが本当に愛なのかもしれない。
しかし寧々が描いていた夫婦というカタチは、お互いに支えあって、尊重しあって、子どもができたら一緒に楽しく育てて、辛いときは2人で助け合って乗り越えて、お互いずっと愛情表現ができて、、というようないかにも恋愛脳の考えそうな愛だった。
康介は大手企業を数年で退職した後起業し、その数年後には更なる栄光をつかんだ。
起業してしばらくは金銭的に少しはピンチがあったのだが結婚当初から宣言していた、寧々と家族を養うということに関しては何とかして守っていた。
寧々も不安に思いながらも彼のことを信じていたし、
根拠はないが絶対に成功すると本気で思っていた。
しかし子育てが一番大変だった時期に康介は、家を守るのは女の仕事だと、昭和の頑固親父のような一点張りで家に帰ってこない日も多く、寧々の話にも全く聞く耳をもたなくなった。
これまでの人生であまり苦労をしてこなかった寧々は、体重が30キロ代にまで落ちていた。
円形脱毛症にもなった。
ただその時きっと最も辛かったのは康介だったのだろう。
その時期にお互いを思いやることができなかった。
康介の横で寧々の笑顔は消えていった。
そこから寧々と康介の関係は破綻しはじめた。
子どもたちが伝染病に順番に罹り、最後に寧々が罹ると、嫁が変な病気に罹りやがった。と怒りを隠しきれない様子で職場に電話を入れたり、
胃腸炎で嘔吐の嵐の時は子どもにまでこんな所に吐きやがって。と暴言を放った。
そして俺はどんな病気にも罹らない。すごいだろ、
最強だろうと威張り腐る始末。
看病していないのだから当たり前だ。
そんな彼を選んだのは寧々で。
2人の子どもを出産したのも寧々で。
強制されたわけではない。寧々が決めたことだ。
打算婚だったのかもしれない。
いや、おそらくそうだ。
打算婚は本当に心を壊してしまう。
康介が悪いわけでも、寧々が悪いわけでもない。
運命の相手ではなかっただけだ。
そういう人を選んでしまったのだ。
自分のマインドは変えられるけど、
相手のマインドを変えることはできない。
15年間専業主婦の寧々に子どもたちを養う力はなく、金銭的以外には幸せな結婚生活を送れないまま一生を終えるのだろうと半分諦めていた。
寧々もワンオペ育児の合間を縫って資格をとったり、自宅でネイルサロンをはじめたりしたが、
康介は寧々のすることに否定的だった。
『お金にならないだろ。俺の収入で充分すぎるのに何故働く必要がある?』と罵った。
確かにそうだ。現実は厳しいのだ。
そしてそこに甘えてしまっているのは寧々なのだろう。
寧々は箱入り娘で育ったし、
大学まで出させてもらったのに就職もせずに結婚したためか本当に甘い。
隙もありすぎるし、驚くほど素直。
服装も甘いテイストで、スイーツが好きで、
友人は多いがどちらかと言うと控えめで、
老若男女になぜか愛されるキャラクターだ。
彼氏も中学生の時からずっと途切れていなかった。
学生時代勉強は意外とできたが、いわゆる世間知らず。
周りにはあのコほんと悩みとかなさそうでいいな、、2人の子どものママになっても、いい年齢になってもそう言われるようなタイプだ。
高校時代の上京組である独身の友人たちに、飲んだ勢いで普段はあまり言うことのできない康介への不満話をしてしまった。すると、
『俺の大学時代の先輩で寧々とフィーリング合いそうな人いるよ!既婚者だしさ、きっと寧々と仲良くなれるし、先輩だからアドバイスとかもくれると思うし、よかったら紹介するよ』
とちょっと真剣に言ってきた男友達がいた。
きっと流行りのダブル不倫てやつのススメ?
なのかもな、、、ちょっと。。。
と疑ってかかったのだけれど、結婚して上京しすぐに妊娠したので、子ども達の繋がりではない人との出会いは少し新鮮だったのかもしれない。
紹介された真(シン)は高学歴のエリートでハイスペックなのに控えめで、とても優しい人だった。
単身赴任中の商社マンで、寧々より5歳年上で本当に落ち着いた立ち振る舞いのできる男性だった。
比較的自由なライフスタイルのためか主婦の寧々が都合のつきやすい平日のお昼でも、短時間でも美味しいランチをしながら色々な話を聞いてくれた。
子育てについての些細な悩みまでも全て聞いてくれて、控えめに丁寧にアドバイスもしてくれて、
本当にヒーローのようだった。
ただ真は既婚者。
彼は奥さんとの夫婦関係は破綻していて奥さんには彼氏がいて、こうして単身赴任しているのも希望を出したからなのだと言っていた。
別に変な関係を望んでいる訳ではないし、寧々はあまり彼の家のことを気にしないようにしようとしていた。
寧々はずるいのかもしれない。
普通なら不倫する男性の常套句だと思うのだろうが、寧々は真のことをなぜか疑うことはしなかった。
少しずつ、寧々の結婚生活は完全なる諦めの領域に達し、ストレスを感じることも減っていった。
真に救われたことは一生忘れないだろうとも思った。
寧々は康介とは関係が破綻していても、カタチだけでも幸せな環境で暮らせているし、自分には子どもたちとたくさんの友人、親戚家族がいるし、
このまま真とも気の合う友人でいられたら、、
もうそれで充分だと思っていた。
『寧々ちゃんに話があるんだ。』
10回目のランチの時、真がそう言った。
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