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レッスン室を出ると彼女が待ち伏せていた。僕は覚悟を決めていた。彼女から別れを切り出してきたことに、不甲斐なさを感じている。それなのになぜだか彼女と目が合うと腑に落ちた。
校舎内のベンチに呼ばれて、とりあえず腰掛けた。
「……別れましょ」
「……やっぱり?」
「やっぱり? じゃないわよ。なんていうか日生君とは最初から合わなかったのよ。木戸宮先生のことは知らなかったことにするわ。でもあたしも先生のことを好きになったの。先生がどんな反応するかはわからないけど、あたしは先生について行くわ……ごめんなさい」
そんな丁重な断りをこれっぽっちも望んでいなかった。彼女の言葉をもう一度頭の中で整理する。木戸宮の反応が気になるだって? 僕も彼女と同じ様に彼に少なからず恋心を抱いてしまったというのに――叶わなかった。つまりそういうことだ。
僕は彼女の前で、声を出して泣き出してしまった。
なんて大人気ないのだろう。
「ううっ……そんなこと言われなくてもわかってる……」
「ちょっ、こんなところで泣かないでよ! あたしが悪者みたいじゃない!」
「あれ……ピアノ科の日生と首席の三田じゃね?」
いつの間にかちらほら視線を向ける生徒が数名いて、僕と彼女の別れ話は、一瞬にして学校中に知れ渡った。
僕にはまだするべきことがあった。泣いてる場合なんかじゃない。彼女と別れたあと、長谷川先生のいるところまで足を運んだ。僕は彼に成績表の件で、一言お礼を伝えようと思っていた。
職員室に彼はいた。
長谷川先生は僕の顔を見て笑いをこらえていた。
「日生君、目が少し赤いね。ふふっ」
「先生、笑わないでくださいよ」
僕に今までピアノを教えてくれていた長谷川先生が教室に戻って来たということは、おそらく木戸宮とはもう会うことはないだろう。さっきまで彼女と話をしていたところを直接見られていたわけでもないのに、僕の姿を見れば一目瞭然だ。僕は少し恥ずかしくなる。
「せっかく課題曲練習していたのに、最後まで聴いてもらいたかったでしょ? 残念だねえ」
「いえ……それはもう仕方のないことです。それより、協奏曲の点数のことで……あのときはありがとうございました」
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