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表通りの一区画に少し洒落た雑貨店が存在する。店内には昔から変わらない小物類から、最新の文具まで取り揃えてあった。
日生はミニチュアの置物を眺めていた。その隣に置いてあったのは、もう一回り大きめの箱型のオルゴールだった。試供品が並列されていたので、どんな曲なのか蓋を開けて鳴らしてみる。オルゴールのこじんまりとした可愛らしい音色が物静かな店内に響き渡った。
――この曲……春吉君が弾いてる曲だ。
心の中で彼を下の名前で呟いた。オルゴールの裏面には『人形の夢と目醒め』と英字で小さく刻まれていた。
「彼へのプレゼントかい?」
オルゴールの音色がだんだんゆっくりとなってぴたりと止んだ。聞いたことのある男の声がして振り返る。
「どうして……なんでここにいるの?」
「ここに来れば君に会えると思ったんだ……。君の教室も近いしね。前に話したいことがあるって言ったんだけど、覚えてる?」
「…………」
日生は口籠ってしまう。表面的な彼の冷たい笑顔から逃れたくて視線を落とす。メールの返信をしなかったことすらどうでもいい。別れ話ならとっくにもうしている――と考えていたのだが、彼に言い寄られてしまう。
「彼女へのプレゼント、なにがいいと思う?」
「それをどうして僕に訊くんですか……」
日生の口調が丁寧語に戻る。木戸宮也実と距離を置きたいからであった。
「ほら、第一印象っていうのがあるだろ? 彼女を変えたのは君かもしれないし……君の彼女の印象が知りたいから訊いてみたんだけど?」
木戸宮は周囲を見渡しながら、流暢な言葉遣いで返事を交わす。
「第一印象……ですか」
手に取ったオルゴールを眺めながら呟いた。
――元彼のこの僕に彼女の第一印象を聞いたところで、なにが変わるっていうんだ。
――也実の考え方は本当によくわからないな……。
「この間の英雄ポロネーズ……とても良かったよ」
木戸宮はオルゴールの隣に置いてあった数冊の譜面ノートを眺めながら言った。
「……ありがとうございます」
日生は木戸宮の顔を見ずに返事をした。彼の心無い言葉に動じず淡々と返事をした。昔の日生だったら、彼に飛びつくように素直に喜んでいたかもしれない――そう一瞬頭を過ぎった。彼女と付き合っていた頃の『彼女の印象』はというと、目の前にいるこの男に奪われてしまった……ということだけはっきり身に沁みている。
――彼女を変えたのがこの僕だとしたら……。
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