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「ちなみにピアノの先生は女性?」
「男だけど……なんで?」
「そっかあ。いや、年の近い人ならいっそのこと付き合っちゃう可能性もなくはないかなあって思ってさ」
「あたしらももういい歳だしねえ。どっかにいい男いないかなあ」
彼女たちが少し上の空になりつつあったので、食べ終わったらもうそろそろ解散しようと思った。
「春っちは付き合ってる人いねえの?」
「あー……うん。いるうちに入るかなあ……あはは」
軽く誤魔化そうとした。さっきの流れでピアノの講師と付き合っていると正直に話せたらと思ったのだが、なぜか先生と二人だけの秘密にしたくなった。
「え? いるの!?」
「じゃあさ、結婚したらまた連絡ちょうだい」
「う、うん……」
――ここにいるみんなは俺のこと悪く思わないだろうけど……織人が恥ずかしがるだろうな、きっと。
彼女の勢いに乗せられて俺は照れくさくなってしまう。彼女がぼやいていたように、日生織人とは同い年であって講師と生徒の関係で付き合っていることは確かだ。先生のことを思って、家に帰ったらまた練習しようと意気込んだ。
みんなとピアノの発表会でまた会う約束をして、俺は別れた。帰り際、立ち止まってスマートフォンの通知を見ると、先生からだった。
メールの一文には、年明けの最初のレッスンを一回休みにして欲しいと書いてあった。
――先生……。発表会前なのにどうしたんだろ。
思えばせっかく付き合い始めた者同士、クリスマスの話さえ出てこなかった。先生は本当に俺のことが好きなのだろうか? 俺はなぜか今になって不安になってしまった。自主練の時間があるべきなのかもしれない。だけど、発表会までに先生にピアノを聴いて欲しくてたまらなかった。先生が休暇を取る理由を聞きたくても、なんて訊いたらいいかわからず、俺はそのままスマートフォンをコートのポケットにしまった。
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