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先生とレッスン以外で会おうと思えば会えるはずだ。あのとき先生から食事に誘われたのは、逆に俺が先生の連絡先を欲しいと言って誘っていたようなものだったし、俺は急に先生のことがわからなくなってしまった。
――俺も社会人だろが!
――良いお年をって送るのが礼儀ってもんだろ。
――ああなんか言いたいこと増えてきたなあー。
再びスマートフォンをポケットから取り出して、さっきよりも強く握りしめて日生織人宛にヤケになって返信する。その場で変な顔をしていたかもしれないが気にしなかった。
俺はこれから一人でクリスマスを迎え――年末年始もおなじみのテレビを見て過ごすことになるだろう。
『織人さん! 次回までに練習頑張ってきます!
本当なら先生の家までお見舞いに行きたいところですけど、それは発表会が成功したらの話ですよね。お大事になさってください。良いお年をお迎えください』
年が明けて二回目のレッスン当日。俺はもうとっくに仕事初めを迎えていたのだが、ピアノの練習する時間がなかったわけではない。けれども練習はなかなか捗らなかった。どこをもっと良くすれば上手に弾けるようになるのか、先生から直接具体的なアドバイスが欲しかった。
それはともかく、日生織人のことを文面で「織人さん」と下の名前で表記したことについて、本人からはまだなにも言われていない。俺はいつもより緊張していた。
レッスン室に先に入っててと受付の人に言われ、先生が来るのを待機していたのは今回が初めてのことだ。
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