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――俺は何を勘違いしていたんだが……。
――今年のクリスマスこそ恋人らしいことしたいな。
一月早々一周回ってクリスマスに想いを巡らせるなんてどうかしてる、と心の中で笑い飛ばす。
「それじゃ、チェックしてくれたところに気をつけて弾いてみますね。ではまた二週間後に……」
先生に「さよなら」と言ってレッスン室を後にした。
またしばらくの間は仕事に追われる日々が続くだろう。
手の込んだ練習を続けた先には、輝かしい発表会が待っていると信じて――。
一週間後、日生は母校に来ていた。
ここへ来たのにはある人に会うためだった。
校舎の庭のベンチも相変わらず設置してあり、昔とあまり雰囲気は変わらないようだった。
日生は職員室の扉を開けて、長谷川が居ないか確認を取った。若い女性から彼は今レッスン中だと聞かされた。
「失礼しました」
職員室で若い女性が、日生織人が来たと少し驚いていた。周囲の人を巻き込んで騒ぎ立てていたようにも思えたのだが、日生はその場を通り過ぎて長谷川のいるレッスン室の方まで向かって行った。
丸窓をちらっと覗き込んで見ると彼の姿はあった。
――いつ終わるかな……。
腕時計を見ながら、少し唸る。九十分間ここに立ち止まっているわけにもいかず、日生は思い切ってレッスン室をノックした。室内のピアノの音色が止まった。
丸窓に日生の姿が映るのが見えた。それに気づいた長谷川はドアを開けて、日生をレッスン室に迎え入れた。
「久しぶりだね。元気にしてたかい? まあ入って」
「お邪魔します」
二人が挨拶を交わすと、生徒が椅子から勢いよく立ち上がり、日生の姿を見た途端に声を上げた。
「こ、こんにちは! 初めまして」
「初めまして。これからも練習頑張ってね」
「幸田さん、今日のレッスンはここまででいいかな? 彼と二人で話したいことあるからさ」
長谷川は頭を掻きながら、生徒に向かって告げた。
彼は察しが良かった。日生は生徒に「ごめんね」と軽く謝った。幸田と呼ばれた生徒は「はい」と言ってレッスン室を出て行った。長谷川と日生の二人だけになる。
「日生君、急だね。またなにか悩みでもあるのかい?」
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