後編

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レッスン最終日。レッスン室に入ると日生先生は、いつも通りの柔和で明るい表情をしていた。 俺は楽譜を立てかけ、グランドピアノの蓋を開ける。先生が鋭い声で俺を鼓舞してくれた。 「いよいよだね、発表会!」 「とりあえず、全通しで聴いてみてください!」 俺は気合いを入れて演奏をした。二ページ目の人形が夢見る場面――なだらかに。目醒める場面は歯切れよく。三ページ目――人形が踊り出す場面は右手の軽快なメロディーに合わせて左手が楽しそうにリズムを奏でる。 人形が人間へ憧れて踊り出す喜び。俺は先生に憧れて初めは操られていた人形だったけれど、今は操られずに自分の意思を伝えることができる。人形の夢――俺が先生に恋をした気持ち。それが叶えられるのなら――。 先生は真剣な眼差しで俺の演奏を聴いてくれた。 一音も間違えることなく弾き終えた。 「どう……ですか?」 「すごいよ春吉君! 完璧だよ!」 先生が拍手をしている姿を見て、つい大袈裟だなあと照れ笑いしてしまう。 「そういえば、発表会のプログラムって決まってるんですか?」 「ああ、前に渡せればよかったんだけど……ってなんかデジャヴかな? あははっ」 「あっ、発表会のお知らせを言いそびれたときですよね。ふふっ先生ったら笑わないでくださいよ」 先生につられて思わず笑ってしまった。先生は俺の隣の椅子に腰掛けると急に顔を近づけてきた。そのまま俺のおでこに先生のおでこが重なり合う。 「せ……先生?」 「……成功しますように」 先生は俺のおでこに押し当てながら発表会の成功を祈ってくれていた。一旦俺から離れると、今度は背中に腕を回して抱き寄せてくれた。少しぎこちなかった気もしたが、俺は思わず息を呑んだ。 「この前は練習させなくてごめんね」 「あっ……いえ……」 先生は俺を抱擁から解放させると、積極的にキスをしてきた。俺はこの行為を褒められているのだと思い、素直に受け入れた。前よりも回数の多いキスに多少悶絶してしまう。 「お、織人さん、落ち着いて――っ!」 「今こうしてないと、やる気出なくなるかと思って」 キスを終えた後の先生の表情はどこか満足げだった。
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