期待

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期待

週明けの月曜日、その朝一番に私たちの事務所では会議が組まれている。 「以上が私からの提案となります」 そう締めて席に戻る桂くんは、同じ事務所でインテリアプランナーをする仕事仲間で、界隈ではめきめきと頭角を現す稀代の天才で、大学の一つ下の後輩で、同居人でもある。 隣に腰を下ろした彼にお疲れ様、と声をかけると、前に立っていた時よりもほんの少し眠そうに緩んだ目元で軽く頷いた。昨日のお昼ごろ、何かが違うと叫び声を上げていたことを思い出す。きっと昨日は私が寝てしまった後も練り直していたのだろう。あとでコーヒーでも持って行ってあげようと思う。 事務所で同時に抱える企画案件は三つまで。主担当として兼任はしない。妥協もしない。お客様の希望に沿うだけではなく、事務所全員が納得する企画を。 普段からそう言って憚らない社長は私たちの大学のいくつか上の先輩で、そんな先輩を慕う人が各方面から集まってできているのがこの事務所だ。AtMakeと名付けられた工務店で、私は家具のデザイナーとして、桂くんはインテリアプランナーとして働いている。 決して大きな会社ではないし受けられるものも限られているけれど、その分お客様に寄り添う企画を丁寧にできるこの会社を、私も、きっと桂くんも、他の仲間たちも気に入っていた。 毎週月曜日、こうして各々が抱えている企画のうち計画段階にあるものをプレゼンして事務所全員で議論するのだ。今週は桂くんが持っていたし、先週は私が家具の提案をした。そうして事務所として練られた案をお客様に提案してやっと企画が動き出す。 この瞬間の、みんなが何か一つのものを創り上げようとする一体感が、私は好きだった。家具を作るのは好きだけれど、それ以上に家具を配置するための場所をつくり、空間をつくり、空気をつくり、そうしてやっと私がデザインした家具が生き生きとした顔を見せてくれるから。 家具のデザインという仕事も、この事務所も、好きで好きで仕方がないのだ。そして、その感性がなぜかぴったりなのがこの、大学で出会った桂雅尚という人だった。 議論が白熱するみんなを、少し引いた位置から眺める。今回は主担当にはならないから、ひとまず静観と決めていた。朝から頑張りたくないという本音もあったりはする。発表が終わって一瞬気の抜けきった顔をしていた桂くんは、社長をはじめとした仲間たちがやいのやいのと言っているのを熱心に聞いて、時には反論してともうそれは生き生きとした顔をしていた。 かっこいいなぁ、と思う。 仕事に誠実な人は好きだ。だから社長も好きだし、同じ家具デザイナーの先輩も好きだ。それでも所詮その程度で、何か抜きんでて桂雅尚という人物を選ばなければならない理由を、私はまだ見つけられていない。 まあ、でも。 「一緒に住めるくらいには許せてるんだよな」 「ん、琴吹、なんか言ったか?」 「いえ、あ、まってその配色じゃないほうが」 「琴吹さん詳しく」 桂くんをはじめとして、きらんと周りの目が光る。こうして琴吹藍佳という一人の人間の感性に期待されているこの感覚も、とても好きだ。私が私でいられる瞬間だった。 静観はどこへやら。口を出し切ってまた白熱していく議論を、今度こそ静観と思い眺める。ふと反対隣を見ると同じように静観を決め込んでいた土師さんの「何やってんの」と笑う目とぶつかった。こう笑われているけれどきっと土師さんも同じ状況になったら同じことをしていると思う。言わないけど。 いつの間にか、影が短く濃くなっていることに、何気なく持ったペンで気がついた。また、仕事に追われる一週間が始まる。 〈期待 fin.〉
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