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 電車の窓から景色を眺めていると大きなビルは少なくなり二階建てのアパートや民家が目立ち始めた。立っている人が多かった車内は、座席の半分くらいしかお客さんがいない。もう二時間以上揺られている。ゲームも飽きてきた。 「ねえ、まだあ」とお母さんに体重を掛けると、スマホ操作を邪魔されて「チョット、間違っちゃたじゃない」と押し返された。  ぼくはもう一度「あとどのくらい?」と訊いた。  お母さんは「もう少しよ」と答えた。同じ答えを訊いたのはこれで三度目だ。  外の景色とゲームにも飽きたぼくは座席に深く座った。前を見ると知らないお婆さんと目が合って、ニコッと微笑まれた。何となく恥ずかしくなって目をつぶった。 「さあ起きて。次の駅で降りるわよ」  いつの間にか寝てしまったみたいだ。前の座席に座っているのはお婆さんでなくネクタイをした男のひとだった。  ぼくはひとつあくびをして、目をこすりながら窓の外をながめた。  家はポツンポツンとあるだけで遠くまで見渡せる。 「うわっ、田んぼと畑ばかりだ」  その言葉にお母さんの目がつり上がった。 「しょうがないでしょう、もう今までのような生活は出来ないの!」  つい大声を上げてしまって、お母さんはバツが悪そうに前の座席の人を見るが、男の人は聞こえない振りをしてくれていた。  でもぼくは、そんなつもりで言ったのではないとほほをふくらませてしまった。  電車が駅に近づいてスピードが落ちると家が増えてきて、駅周辺はそれなりに賑わっている感じがする。テレビで見た田舎の無人駅を想像していたので少し安心した。  ぼくは重たいリュックを背負い、電車を降りてキャリーバッグを引くお母さんの後をついて行く。キップを渡す時に駅員さんに猫柳荘の場所を尋ねたら親切に教えてくれた。でも「あそこで暮らすのかね」と言われた。お母さんが「はい」と愛想よく答えると、駅員さんは何とも言えない複雑な表情で「気をつけなよ」と付け加えた。
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