46人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
一体俺の何が彼の琴線に触れたのか。
たしか何度も行為中に言われたけれど、タイミングが悪すぎてよく覚えていない。
ただ、とてつもなく甘い台詞を吐かれて。
恥ずかしい言葉と熱い肉体で、身体の内側を犯される感覚ばかりを覚えてしまって、今では思い出すのも躊躇われる。
「──っぃ、先生っ?」
「……っ!」
「もう、どうしたの。考えごと?」
覗き込まれる顔。
思った以上の至近距離にサカキがいて、驚いてそっと顔を背けた。
「……あぁ、悪い。何でもないんだ」
「もしかして、風邪とか? 調子悪い? この間の雨、すごかったもんね」
「……いや、違う。大丈夫だから」
「本当に?」
彼は不良ではない。
髪だって染めていないし、制服もちゃんと着用している。
どちらかと言えば優等生寄りの品行方正な生徒だ。
心配そうにこちらを見つめる表情は、こんなにも無垢で穢れがないように見えるのに。
かさついた唇や真っ白なワイシャツから覗いた汗の浮く首筋に、あの雨の日の記憶が想起された。
いや、だめだ。考えるな。ここをどこだと思っている、自分。
逢瀬を重ねると言うと禁忌的で美化されそうな表現ではあるが、ここは学校で、資料室で、いつ誰が来るかも分からない場所だ。
豪雨の日は車の中だった。
いつもは俺の自宅か、少し遠いところで。
学校で性行為をしたのは、最初の一度だけだった。
それがどうしてこんな急に、よりによって放課後の静まり返った校舎で思い出すんだ。
「……もう、勘弁してくれ」
「え、なに?」
「……すまない。なんでもないから」
「先生?」
夏が近付き、熱く籠るような体温と同じくあたたかな手で、頬に触れられる。
そこからじわりと肩が震え、顔が熱を持って、飛び火する。
……けれど、こんなところでは。
最初に手を出されたのは自分だが、本当はきっと、彼を甘受してはいけなかった。
もっと本気で抵抗して、説得する必要があった。
教師で、大人で、それ以前に男なのに。
こんな一回り以上も歳が離れた子どもに、熱を上げるなんて。
日が長くなって、まだ空は晴れている。
眩しいのと、おぼろげになる頭でぼんやりとサカキの顔を見上げたら、普段は凛とした彼の目が優しく細められた。
「……先生、なんか発情してる?」
「……は?」
「ここ最近思ってたんだけど、こないだの雨のときもそうだったよね。しかも、だんだん間隔が狭くなってる。ねえ、それって俺のせい?」
「なに、が……」
「素直になってよ。どうせ俺しか見てないんだから」
喉が乾くような気持ちになって、うまく話せない。
こちらをじっと見つめる瞳は、いつも純粋で、真っ直ぐで、綺麗で。自分にはなくて。
流れるところまで流されたら、きっともっと楽なのだろうか。
ずっと後悔している。
自分に対しての嫌悪感も。それは多分、これからも変わらない。
朝のニュースで言っていたのだが、今週でやっと梅雨明けなんだそうだ。
今日だって雲ひとつない快晴で、サカキの後ろの窓にはまだ、澄んだ空が広がっている。
青い空と白いシャツに、目眩がした。
fin.
220623
最初のコメントを投稿しよう!