アンモラル(教師視点)

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 一体俺の何が彼の琴線に触れたのか。  たしか何度も行為中に言われたけれど、タイミングが悪すぎてよく覚えていない。  ただ、とてつもなく甘い台詞を吐かれて。  恥ずかしい言葉と熱い肉体で、身体の内側を犯される感覚ばかりを覚えてしまって、今では思い出すのも躊躇われる。 「──っぃ、先生っ?」 「……っ!」 「もう、どうしたの。考えごと?」  覗き込まれる顔。  思った以上の至近距離にサカキがいて、驚いてそっと顔を背けた。 「……あぁ、悪い。何でもないんだ」 「もしかして、風邪とか? 調子悪い? この間の雨、すごかったもんね」 「……いや、違う。大丈夫だから」 「本当に?」  彼は不良ではない。  髪だって染めていないし、制服もちゃんと着用している。  どちらかと言えば優等生寄りの品行方正な生徒だ。  心配そうにこちらを見つめる表情は、こんなにも無垢で穢れがないように見えるのに。  かさついた唇や真っ白なワイシャツから覗いた汗の浮く首筋に、あの雨の日の記憶が想起された。  いや、だめだ。考えるな。ここをどこだと思っている、自分。  逢瀬を重ねると言うと禁忌的で美化されそうな表現ではあるが、ここは学校で、資料室で、いつ誰が来るかも分からない場所だ。  豪雨の日は車の中だった。  いつもは俺の自宅か、少し遠いところで。  学校で性行為をしたのは、最初の一度だけだった。  それがどうしてこんな急に、よりによって放課後の静まり返った校舎で思い出すんだ。 「……もう、勘弁してくれ」 「え、なに?」 「……すまない。なんでもないから」 「先生?」  夏が近付き、熱く籠るような体温と同じくあたたかな手で、頬に触れられる。  そこからじわりと肩が震え、顔が熱を持って、飛び火する。 ……けれど、こんなところでは。  最初に手を出されたのは自分だが、本当はきっと、彼を甘受してはいけなかった。  もっと本気で抵抗して、説得する必要があった。  教師で、大人で、それ以前に男なのに。  こんな一回り以上も歳が離れた子どもに、熱を上げるなんて。  日が長くなって、まだ空は晴れている。  眩しいのと、おぼろげになる頭でぼんやりとサカキの顔を見上げたら、普段は凛とした彼の目が優しく細められた。 「……先生、なんか発情してる?」 「……は?」 「ここ最近思ってたんだけど、こないだの雨のときもそうだったよね。しかも、だんだん間隔が狭くなってる。ねえ、それって俺のせい?」 「なに、が……」 「素直になってよ。どうせ俺しか見てないんだから」  喉が乾くような気持ちになって、うまく話せない。  こちらをじっと見つめる瞳は、いつも純粋で、真っ直ぐで、綺麗で。自分にはなくて。  流れるところまで流されたら、きっともっと楽なのだろうか。  ずっと後悔している。  自分に対しての嫌悪感も。それは多分、これからも変わらない。  朝のニュースで言っていたのだが、今週でやっと梅雨明けなんだそうだ。  今日だって雲ひとつない快晴で、サカキの後ろの窓にはまだ、澄んだ空が広がっている。  青い空と白いシャツに、目眩がした。 fin. 220623
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